第8話 生意気な彼は王子様、ですが?

 腹の立つガキですが、私は年上なのでぐっと我慢することにします。

 さて、この子どもは一体誰なのでしょうか。私は自分の記憶を探ってみます。とはいえ、スキャンダルに詳しい井戸端のご婦人と違って私は世間に詳しくありません。

 

 先程の推理、そして最高の階級を示す「マヒト」の襟章を見るに、おそらく王族であることは間違いないと思うのです。

「ジーク、ジーク様……うーん」

「おばさん、やっぱ外国人か? 俺、国じゃ結構有名人なんだけど」

「いえ、王族であることは見れば分かるんですが……どの立場の方だったかなと」

 

 私が思い出せずにうんうんうなっていると、お師匠さまが助け舟を出してくれました。


「リリス、誰だった?」

「ああ、お師匠さま。この人、誰か知っていますか? 私どうしても思い出せなくて」

「んんー?」

 

 お師匠さまも、その方の顔をまじまじと見つめます。


「ああ、あれじゃない? モルフィーネが話してた王子様だよ。ジーク、だっけ?」

「あ、そうですそうです。王子様でしたか。ささ、どうぞお入りになって。外は寒かったですか? 暑かったですか?」

「え? そんだけ? え?」


 王子様は目をパチクリさせていました。


「もっと驚くべきでしたか?」


 私は聞いてみます。私としては、死んでいなかったならどうでもいいのですが、どうもこういう人たちは自分の身分に驚いて欲しがる傾向があります。


「いや、そういうわけじゃねえんだけど……反応薄いなって」

「王子様だからなんだって言うんですか? 人間であることに変わりはないですし」

「……俺は興味ないからいいけどよ、親父の前でそれ、やらないほうがいいぜ?」

「王様になんて謁見する機会もありませんし……言いつけるつもりですか?」

「そうだと言ったら?」

「ここでの出来事は忘れて帰ってもらいます」

「こわっ!? やべえ、王族の権威に屈しない人間を俺は初めて見たぞ……」


 箱入り娘ならぬ箱入り息子ですか。私のタイプではないですね。

 まあ、彼もさぞ苦労したことでしょう。この聖堂の外、見た感じすごい寒そうだったので。私は彼に毛布をかぶせ(どこからともなく出てきました)、暖炉(どこからともなく)の前まで案内して差し上げました。


「そうだおばさん」

「……はい、なんでしょうか」


 我慢ですよ。


「ここに、すっげぇかわいい女の子がいるっていうから来たんだけど」

「はい?」


 図書館に来る動機……ってことなんでしょうか。これが。


「いやだから、ここの司書さんがすっげぇ可愛いって噂になっててさ」

「はあ……」

「俺もそろそろ結婚しなきゃいけない時期だし」

「ふむふむ」


 生意気そうな王子様は、さも当然、といった顔で言い放ちます。


「だから、顔がよかったら結婚しようと思ってここまで来たんだけど」

「お師匠さま、コイツ面食いのクズですよ」

「あーおいちょっとまってくれよ! いや、たしかに面食いかもしれないけどさぁ! 顔がいい女、いいじゃん!」


 やっぱり、私は彼のことが好きになれませんでした。


 

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