第二四話 重症患者の胸の内(2)
『あれは何だと思ってた? ただ自分の身に起きた不幸を嘆いてるだけだと思ってたか? あんたらを突き放すよーな、
幼馴染み君が顔を上げたのを視界の端で捉えたが、何かを口にする前に機先を制する。
『でも少なからず、だ。大半を占めているわけじゃない。んでもってその少なからずは、大半のほうを対処すれば大抵は丸く収まるんだよ』
『……どうすればいいんだ?』
そこで一度、言葉を切るおれ。
ここから先は幼馴染み君の意志を確認する必要がある。
『それを言う前に一つ、あんたに確認してーんだけど、あんたはどこまで茅野の人生に食らいついていく覚悟があるんだ?』
躊躇いは一瞬だった。
『そんなの決まってる。ずっとだ。そう約束したんだ』
ずっと一緒にいようね、だっけか。
ずっと一緒にいられればそれでいい……んだっけか。
『同級生にバカにされた小学生の時とはレベチの覚悟が必要だぞ』
おれがそう言うと、幼馴染み君はこちらの言っていることが理解できていないような呆けた顔を見せたが、それも一瞬、幼馴染み君は微かに羞恥心を滲ませながら声を荒げた。
『何で君がそれを知ってるんだ!?』
場所は病院のエントランス。
診察の受付に来た
幼馴染み君がばつの悪そうな顔になって押し黙る。
あのラヴノベルが実話だということが確定した瞬間だった。
非難の視線はおれにもいくらか向けられていたが、大声を出したのは自分ではないので意に介することなく、おれは続けた。
『あいつがどーしてあんたに一方的に別れ話を突き付けたか知ってるか?』
『……いや』
まぁ、うん、そこからだろーな。
『自分が重い病を背負う身になっちまったせいであんたに迷惑を掛けることになるからって、自分から身を引くことを選んだからだ。……浅いねー、交際関係を解消したからって完全に絶縁できると思ったのかねー。ほとんど生まれたときから一緒にいる相手を』
『…………』
おれも永久や美夜との縁を何度切りたいと思ったことか。
まぁその理由は今回の茅野ほど高尚なものじゃないわけだけど。
せめて外で子供扱いペット扱いするのやめてもらえねーかな!
『まぁ何にしろ、あんたを想っての選択だったわけだ。苦渋のな』
今それを知った幼馴染み君の胸中にはどんな感情が渦巻いているのか。
まさに苦汁を嘗めたように歪んでいるその面持ちを見るに、何となく想像はつくというものだった。
『で、そんなあんたが実際にそんな顔してたらあいつはどう思う? あぁ、やっぱり迷惑掛けてるんだなって思うんじゃねーの?』
おれがそこまで言葉にしたことでようやくしょげたツラを収め始めた幼馴染み君に、おれは言う。
『だから笑えよ。たとえどれだけ茅野のことが心配でもトコトン笑え。実際にどんな苦労を背負うことになったとしても何も苦労してることなんかねーってトボケきれ。あんたが茅野に対して負うことになる心配も苦労も全部押し隠せ』
ウチの母親みてーにな。
『ちょっとやそっとじゃ治らないよーな病を抱えることになっちまったのは、確かに突然降って沸いた不幸かもしれない。サポートも必要だろう。でもそれを過度にこれ見よがしに態度や振る舞いに出すのは、相手のためにならねー』
あるいはそれは、そこまで本人に忖度するのは過度に甘やかしているということになるのかもしれない。でも、療養のために生半可じゃないハンデを強いられることになるんだ。それだけで十分だろ。
『でも、それって難しくないか? 少しも顔に出さず、それでもサポートしていくっていうのは』
ふむ、まぁ若葉マークをつけ始めたばかりの初心者にはわかりずれーか。
だったら――と、そこでおれはこう提案したのだった。
『重症患者との接し方の、意外な一例を教えてやるよ』
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