最終話 駄作と傑作(2)
ともかくこれで、短い付き合いだったが茅野ともお別れだ。
思えば偽装交際とか、おれとしても稀有な経験をしたもんだ。
こんだけ濃い入院は久しぶりだった。
「ま、あんま意固地にならないこったな」
置き土産とばかりにおれが言うと、返ってきたのは不満げにひそめられた顔。
「キミは自分の病気のせいで身近な人間に面倒を掛けることに負い目はないの?」
そう投げ掛けられて、おれはウチの家族の、永久や美夜の振る舞いを思い出す。
美夜に関して言うと、食事は必ず自分が作り、その手でおれに食べさせようとする。栄養管理は完璧だ。おかげで味気ないったらねー。
ちょいちょい風呂も一緒に入ろーとしてきやがる。おれももう中三だし、あいつももう高一だぞ? それで
家を出るタイミングが一緒になれば、おれに靴を履かせようとしてくるのも日常だ。「ミコト、あんよ」とか言って、もはや完璧に子供扱いであることは疑いようがない。
夏に外出すれば、長時間陽射しに晒されるのを
あいつはおれがどれだけ拒んでも懲りることなく、手出し口出しをし続ける。
「負い目はねーが色々やめろとは思ってる」
「……?」
どっち付かずのおれの返答に、茅野は不理解を示して首を傾げる。
放っておいても幼馴染み君のキャラ変だけでいずれつつがなく二人の関係も回るようになる気もするが、ここまで来たらもののついでだ。
おれは溜め息一つ、追求が途切れた隙を逃さず言葉をねじ込む。
「あんたは自分が厄介な身の上になっちまったから、誰かと深く関わっても相手に面倒掛けるだけだからって、そんなふうに思ってるのか?」
「そりゃあ、そうでしょ……。実際、面倒なだけなんだから」
「それで、あんたは結局そいつのことを好きなのか嫌いなのか、どっちなんだよ」
「…………」
茅野は悲痛な面持ちで返答に窮した。
まだ嫌いだと言い切ることができないわけだ。
茅野のすぐ背後にいる当人も、それを察して気遣わしげな目を向けている。
本当に突き放すつもりなら、たとえ本人がすぐ近くにいてもちゃんと言葉にするべきなんじゃねーのか?
言い方を変える。
「相手に面倒を掛けるだけだからって、自分の幸せは捨てるべきだ、と?」
「それが……一番いいでしょ」
一拍置いて、あえて間を作る。
そしてそれが当人の望みなら、とおれは語調を明るく切り替えて言った。
「よし、わかった。それならあんたのその想い、おれがしっかりとあんたの親に伝えておいてやろう」
辺りを見回しても昨日の女性の姿が見えないので世話になった医者に挨拶に行っているか、永久同様に車を回してこようとでもしているのだろう。
唐突なおれの申し出に、茅野の反応は遅かった。
まるで思ったよりも堅いものを口に含んで租借して飲み下そうとしているかのような表情と間の後。
「ちょ! 何言ってるの!? そんな勝手なこと!!」
ようやくおれのその行動の結果を察した茅野は顔面蒼白になって叫んだ。身体に障るぞ。
「ほら見ろ。そのリアクションから察するに、あんたの親は娘の幸せを望まねーよーな毒親じゃねーってことだろ。少なくとも不幸になることは望んでねー。だからよ、あんたは誰にも引け目も負い目も感じることなく、自分のことを好きだと言ってくれるヤツを好きになっていーんじゃねーか」
ほら、よく言うだろ?
命短し恋せよナントカって。
その言葉を茅野に適用すると、場合によってはシャレになってねーけど。
「おれも結構やりたい放題だぞ。入院中でも勝手に病院抜け出してコンビニ行ったりするし、ちょっとくらい食事制限無視したりするし」
「……松江さんとはエロ本の貸し借りしてるし?」
「なんで知ってんだ!? いや別に貸し借りしてるわけじゃなくてあのジーサンが勝手に押し付けてくるんだよ!」
若いから必要じゃろうふぉっふぉっふぉとか言って! おれが病室にいない隙を見計らって勝手にベッドに置いてくんだよ! デジタル化著しいこのご時世に物理媒体とかいやそんなことはどーでもよくて、最近じゃもう
……いやちゃんと突っ返しに行ってるよ? そしたら『ふむナースものは好みじゃないか』とか言って別ジャンルのものをいやホントどーでもいい。病院でナースものを勧めてくんな。
「話を逸らすな!」
怒号を上げたおれから顔を背け、しれっと舌を出す茅野。
まったく油断も隙もありゃしねー。
「何が言いてーかというとだな。おれみてーな無茶無理をしてるヤツもいるんだ。好きなヤツと付き合うくれー可愛いもんだろ」
茅野背後の幼馴染み君がうんうんとしきりに頷いている。
それを邪険にして茅野は
「なんかもう、ミコトクンがこの病院で色々と噂されてる理由がよくわかった気がするよ……」
ん? と記憶に引っ掛かる何か。
おれは首を傾げる。
「前もそんなこと言ってなかったっけ?」
「いや、本当の理由が、ね。」
その表情は未だ陰が残り晴れないままだったが、口元を緩めて儚げにも微笑む様を見るに、いくらか肩の荷は降りたように思えた。
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