第十一話 立ち込める不安(3)

「ミコトクンのベッドは……あそこか」


 そう言って茅野が目を向けた先を見ると、そこには現在この部屋で唯一、からになっているベッドがあった。

 ちょいちょい持ち主であるおれがいなくても某無口少女に占有されている場合があるのでソイツと茅野がはち合わせる可能性も考えていたが、どうやら杞憂に終わったようだった。


「うわぁ、生活感溢れてるねぇ」


 そこを見た茅野は感嘆したような、呆れたような声を漏らした。


「いや、そんなもんだろ。一週間も入院してたら」 

 

 二人で目を留めたそこには、実に色々なものが散乱していた。

 ベッドの上には朝に脱ぎ捨てたトレーナー、現在読んでいるラノベ、マンガが一冊ずつ。ベッドの下にはエロ本……ではなく、紙袋に入った着替えに握力を鍛えるアレ(ものすごく負荷の軽いヤツ)、ダンベル(2キロ)×2などなど。

 サイドボードの見えるところには勉強道具が無造作に置かれている。

 

 ……と、そこでふと思い至った。

 そのサイドボード……の、下段の開き。

 基本的には何も後ろめたいものなんて何もねーんだけど、ごく稀に、桜崎が勝手にいかがわしいアレコレを放り込んだりしてんだよな……。

 そんなことは男所帯のこの部屋の患者は誰もが知っているが、茅野は別だ。

 おれの心臓が嫌に脈を加速させていく。


「ね、ここには何が入ってるの? 開けていい?」


 茅野の興味がそこへと及んだ。

 おれは全力で平静を装って返す。


「そんなとこ開けても何もねーって。ほら、もう行くぞ」


 途端、茅野の口の端がニタァといやらしくつり上がった。


「何もないなら開けてもいいよね?」

「いやいや、意味ねーから、そんなことしても」

「えー、開けちゃダメなのぉ?」

「ダメってこたねーけど……」

「けど? なに? 見られちゃ困るものが入ってる?」

「……その可能性はなくもない」


 そうやっておれはありのままの事実を返したつもりだったのだが、茅野からしてみればそのレスポンスは意味深なものに聞こえたらしい。

 茅野はクスッと吹き出して、


「何それ。……まぁここはオトコノコのプライバシーに配慮して手を引いてあげましょう」


 と、どこか上から物言いで締めて部屋の出口に足を向けた。

 おれは釈然としない気持ちを抱えながらもその後をついていくが、そんな足も病室を出ようとしたところで止めることになった。


 どうやらここの入院患者の見舞い客と思しき中年の女性と正面からはち合わせたからだ。

 互いに戸惑うような膠着こうちゃくも一瞬、向こうがこちらのラフな格好を見て入院患者だと察したらしく、「すいません」と口にしながら道を譲ってくれる。

 ここで道を譲り合ってもしょうがないので、おれたち二人は素直に病室を出た。入れ違うようにして女性は部屋の中へと入っていった。

 おれたちとしてはもうここに用はないはずなのだが、ところが茅野は足を止めて室内に視線を戻していた。

 何か思うところでもあるかのように、


「…………」


 と、すれ違った女性を見ている。

 どうやら女性は、おれの次に若い入院患者の母親のようだった。

 心配そうな顔と声で女性が話しかける。


「体調どう? 着替え持ってきたよ」

「……ありがと。まぁ、特に問題ないよ、ちょっと痛いけど」


 あの患者は確か……盲腸で入院してるんだっけか。

 一昨日手術を終え、今は経過観察のために入院しているとか言っていた気がする。たぶん明日か明後日には退院するだろう。


「お父さんも心配してたよ。まぁ退院までゆっくり休めばいいよって」

「って言っても明日か明後日には退院になるだろうって言われたけどな」


 ……おぅ、当たってたよ……。


「そういえば昨日、あんたの会社の社長さんと会ってね……」


 聞こえてくる会話はだれだれが心配しているだの仕事に影響が出ているだの、入院費や保険がどーたらこーたら、生々しい話にまで及んでいた。

 病室の入り口付近から立ち去ることなくその光景を見聞きしていた茅野は、表情に影を落としたまま、しばらくそこから動かなかった。

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