第三八話 旧友への電話(2)
「おまえって声楽かなにかやってたよな。なら音痴の治し方とか知らねーかなって思って」
『あぁ、なるほど、同じクラスの音痴の子のために一肌脱ぎたいと』
「ばっ、ちっ、
受話口の向こうからはくすくすという嫌な笑い声が聞こえてきて、おれの膝は知らない内に貧乏揺すりをしていた。
いくつかステップが飛ばされたようなレスポンスに対しては突っ込まない。情報ソース――繋がりは既に見当がついている。
『何で尻すぼみになってんのよ。ま、いいわ。そういうことにしといてあげる。……音痴の治し方ねぇ。そりゃ、あたしもこんなことやってるくらいだから色々あって調べたことあるんだけど、たぶん万人に効く方法なんてないわよ』
「そりゃまぁ、何となくわかるけど」
おれだって、これまで伊達に入院生活を送ってきたわけじゃない。
幾度にも渡るその入院経験で色んな患者を見てきてわかった事の一つは、同じ症状の人間でも、施す処置や療養方法が異なるなんていうのはいくらでもあるということだった。
そりゃそーだ。世の中の人間全員が全員、まったく同じ体質をしているわけじゃないのだから。
「もうちょっとなんかねーか? いいアドバイス」
図々しいことは承知でおれが更なる情報を要求すると、電話の向こうから返ってきたのは不審にも思えるほどの沈黙。
「藍沢?」
怪訝に思って呼び掛けると、ややあって
『あーゴメンゴメン。いやー、なんかあんたがあたしを頼って来てんのが気持ち良くてちょっと浸ってたわ』
「性格わるっ! 知ってたけど!」
『そりゃそうでしょ。まともな精神であんたと付き合っていけるわけないんだから』
……言ってくれる。
まぁこいつの言う通りなので反論のしようがないし、別にこいつの性格の悪さを直そうという気もさらさらないが。
どんと来い。
「んで、もうちょっと専門家の良いアドバイスはねーのか」
『って言われてもねぇ、あたし音痴じゃないし。自分が音痴で色々試すことができたっていうならもうちょっと助言できたかもしれないけど、こればっかりはねー』
「治ったって例も聞いたことは?」
『多少マシになったってくらいなら。なに? それってどれくらいの水準を目指してるの?』
「音痴って呼ぶには音程合ってて、巧いって言うには結構外してるってくらいかな。ゆくゆくはそれじゃ足らねーと思うけど」
『だったらやっぱり、難しいわね。音感っていうのは、文字通り感覚的な問題だから。その人の感覚はその人にしかわからない。原因がどこにあるのかもはっきりとはわからないしね。アウトプットするほう――声を発する器官に問題があるのか、そもそも音程を聞き取る能力に問題があって、本人としてはちゃんと聞こえてる音程の通りに発声してるだけなのかもしれないし』
「あー、なるほど」
相槌を打つと、向こうも言えることは言い終えたのか、互いの間には沈黙が降りた。
『ま、色々試してみれば? どれかがヒットしてある程度の効果は出るかもしれないわよ』
「それが、既に散々試し尽くして万策尽きてるって感じらしーんだよな。だからまだ試してないような、それでいて一発で解決するような改善法をおまえに教えてもらおーと思ってたわけなんだが」
『そんな都合の良い方法ないっつうの。でも、そうね、改善法じゃないけど、一つ、良いことは教えてあげる』
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