最終話 ぼくにできること(1)
「見て見てミコトくん! 部員一人集まったよ!」
弾むような嬉々とした声と共に日和沢が一枚の紙切れを(物理的に)おれに突き付けてきたのは、おれがまさに弁当を
軽くイラッとしつつ顔を引き離して確認したそれは
なぜなら。
「知り合いじゃねーか」
記入されていた『
「んだよ、文句あんのか」
「ねーよ。ねーから不満なんだよ」
「意味わかんねーよ!」
顔馴染みに手を貸されても、あの説明会が項を奏したという実感は薄い。
とはいえ、それでも一歩、軽音部再建に近づいたことには間違いなかった。
「つーか篠崎、おまえバスケ部入るっつってなかったっけ?」
「あ、あたしもそれ言ったんだけど、それよりも説明会ライブみたらバンドがやってみたくなったんだって」
おれが当人を箸で指しながら問うと、それに答えを返してきたのは日和沢だった。
何も釈明をしない篠崎に粘着質な視線を向けてみると、ヤツは僅かにはにかむように頬を緩めながらそっぽに視線を逃がした。……理由、絶対それだけじゃねーな。
ま、それでもいい。一歩前進したことは紛れもない事実だ。
これであと二人、か。
既に昼休みではあるが、まだ諦めるような段階じゃない。
もう少し、メンバーを集めるのに何か有効な手立てはないかと思考を重ねていると、割って入る声が一つ。
「それ、俺も名前書かせてもらっていいかな?」
柔和なその声に振り返ると、そこにいたのは金髪ヤンキー――もとい、
「入ってくれるの!?」
「あぁ、以前ミコト君に勧められてたし、説明会でのライブも感動したよ。俺もやってみたいと思った。楽器経験は何もないけど、良ければ入部させてほしいな」
日和沢が申請用紙とシャープペンを差し出し、それを受け取って記名する高上の姿からは、入部を申し出てきた際の言葉遣いも相まって本当に謙虚で素直なヤツだということが伝わってくる。どこか釈然としない面持ちを浮かべている篠崎とは大違いだと言わざると得ない。
そして、おれとも、だ。
まだあと一人足りていないにも関わらず、ふんす、と息を吐いて、満足げに頬を綻ばせていた日和沢の首がぐるんとこちらに回転する。
「やった! これであと一人だよ、ミコトくん!」
と、徐々に名前が埋まってきたその紙面をこちらに向けてきた。
おれはそれを凝視して一考する。
高上は前言通りの思いを抱いているだろうし、篠崎もやや動機が不純とはいえ、おそらく日和沢のためであれば高校三年間をその道に捧げるのは吝かではないのだと思う。
チラと日和沢に視線を移すと、なぜか未だににっこにっこにーとおれを見ていて、そんな態度からどこどなく無言の期待を向けられているような気がするのは、おれの自意識過剰さが誘発するただの勘違いか。
「そーだな、あと一人だな」
勘違いは良くない。
おれは無関心を装って小松菜を口に運ぶも、何が不満だったのか、日和沢はなぜか頬を膨らませて同じ主旨の発言をリピートしてくる。
「あと一人なんだよ、ミコトくん!」
たとえこれが二回目の発言だとしても大事なことだとは限らないし、自分本意に解釈して相手を困らせるようなことは避けるべきだ。
だからおれは、臆病にも確認の疑問を向ける。気付くと日和沢の友人や篠崎、高上など、想像以上の数の視線がおれに集まっていた。
「だから何なんだよ、はっきり言えっつーの」
「もう! ニブチンだなぁ! こんなに目で訴えてるのに!」
「知るか。おれはテレパシーを受信する能力なんて持ってねーんだよ。言葉で訴えろ」
何かのテレビ番組で、いずれ人類は脳に埋め込んだチップによりテレパシーじみた会話を可能にすると見たことがあるが、今のところ会話によるコミュニケーションの時代はまだ終わっていないはずだ。地団駄を踏むように全身で焦れったさを表す日和沢だが、これはあまりに理不尽なクレームと言えよう。
これが俗に言うアレか、何も言わなくても察して欲しい女心とかいうヤツなのか。
「だから、あと一人なんだって、ミコトくん!」
なるほど、どうあっても直接的にその意思を伝える気はないらしい。
それでもそこまでされればさすがに察することができるというものだし、これで勘違いってこともねーだろ。……ないはずだ。ないと思いたい。
「つまりアレか、おれに名前を書け、と」
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