後書きもどきの裏話トーク ~ゲストに本作の主人公・星名ミコトを迎えてお送り致します~

裏話Part1

 ピコン、ピコン、ピコン――と、小気味良くリズミカルながらもどこか間の抜けた音だけが室内に反響していた。

 六畳ほどの、四方が壁に囲まれた狭い部屋。

 その部屋の中央辺りには機能性なんて何も考えられていない、またビジュアルも完全に無視された安物の机が置かれており、その上に立てられたスタンドライトの明かりだけが唯一の光源だった。

 机の周囲のごく狭い範囲だけはライトに照らされ、ほっとした安心感を与えてくれるが、さらにその周りには唯一の明かりを侵食しようとするかのような薄闇が広がり、得も知れぬ不安感を掻き立てる。

 さながら日の落ちた取調室のようだった。

 そしてかろうじて薄闇の侵食に抗うかのような明かりの中には、二人の人影。机を挟むように椅子に腰掛け、向かい合っている。

 されどもその様子は対照的と言わざるを得なかった。

 一方は目、鼻、口など凹凸パーツのない顔に『作者』という文字が書かれただけの、のっぺらぼう人間。

 かたや小学校高学年ほどのあどけない顔立ちを持つ幼い少年――。


「誰が小学生だ!」

「……の文に突っ込むんじゃないよ……」 


 どこからかその耳に届いたらしい天の声に対して怒号を轟かせた少年に、のっぺらぼうが呆れたように苦言を呈した。いや、凹凸がない故に呆れているのか否かは判断がつきづらいが、その声音に呆れの色が滲んでいるのは火を見るより明らかだった。


「うるせー! 大体おまえは人の素行に口出しできる立場なのかっ!」

「……はい、すいません……」


 再び轟いた少年の怒号に、のっぺらぼうは肩を縮こまらせてその無味乾燥とした顔を伏せた。

 やはり凹凸がない故にわかりづらいが、小学校高学年ほどの容貌の少年に対し――


「だから誰が小学生だっ!」

「だから逐一反応するのやめなって。本当に過敏だなぁ……」

「つーか、このナレーション、おまえの差し金だろーが!」

「ごもっともです……」


 ――少年に対し、顔面に『作者』と書かれたのっぺらぼう人間はその体格からそれなりに年を重ねた大人に見える。そんな大人が(見た目小学生ほどの)少年に対してどこか頭の上がらない有り様を呈しているというのは、どこかちぐはぐな印象を抱かざるを得なかった。

 しかしそんな奇妙なシチュエーションにもそれなりの事情があるのである。


「ったく、括弧かっこくくれば見逃すとでも思ってんのか」


 少年は手にしたピコピコハンマー――通称ピコハンをもう一方の手に打ち付け、再びこの狭く薄暗い部屋にポップな音を響かせ始めた。

 そう、先ほどから室内に鳴り続けていたピコン、ピコンというコミカルな音の発生源は、この少年のこの所作にあったのだ。

 コミカルな上に愛らしさを全面に押し出したその音からは、しかしよくよく耳を澄ませてみると、どこか苛立ちのようなものが紛れ込んでいるように思えた。それは相貌をイジられたごくごく個人的な感情によるものではなく、その迷惑を被ったのが不特定多数に及ぶような、極めて公的な問題が原因のような――。


「本題に入るぞ」

「はい」


 少し低い女声に目一杯ドスを効かせるようにして進行した少年に対し、のっぺらぼうはどこまでも聞き分けが良かった。いや、その声色には抗えない何かを感じる。


「現在、おまえにはある容疑が掛けられている。何だかわかるな?」

「い、いや、何のことだかさっぱり」


 目の前の小柄な少年の問いかけにのっぺらぼうは悪びれもせずに顔を逸らして答えたが、額に浮かぶ汗を見る限り、そのとぼけた態度の向こうに後ろ暗い何かがあるのは明白だった。


「そーか、だったらここで明言してやろう。それはずばり、自作の更新遅延罪だ!」


 顔面に『作者』と書かれたのっぺらぼうはほんの刹那の間だけギクリと動揺したが、しかし飽くまでも最低限にとどめることに成功する。


「……はっ、何を言い出すかと思えば」


 そして虚勢をもって口の端を吊り上げ、余裕を装う。


「そもそもこんなものだと思うよ。こういうとこで自作を公開するの初めてだし勝手とかわからないし。リアルにも色々あったりするしモチベ保つのも一苦労だし。特に更新が遅延したとは思わないな」

「言い訳すんじゃねー!」


 少年はバン! と机を叩いた。

 思ったより痛かったのか、叩いた手を逆の手でさすっていた。


「いーか。こっちにはそんな言い訳が通用しないあるが取れてんだよ」

「う、裏付け?」

「そーだ。おまえこの作品さあ……」


 少年は一度言葉を切って対面のっぺらぼう面を覗き込んだ。その眼は経験不足を感じさせつつも力強い追求の意志が宿って見える。

 のっぺらぼうはその視線から顔を背けることも忘れ、固唾を呑んで続きを待った。

 そして満を持して、少年がその裏付けとやらを白日の下にさらす。


「こ こ で 公 開 し 始 め る 前 に 原 稿 完 成 し て た よ な ?」


「なっ! どうしてそれを!」


 その事実があちらの手に渡ることは想定外だったのか、のっぺらぼうはしらばっくれることも忘れて露骨に動揺してしまった。

 一瞬の後、しれっと平静を取り繕うが時既に遅し、そんなのっぺらぼうを前に少年はニヤリと勝ち気に笑んだ。


「ウチの優秀な捜査官の手に掛かれば、この程度を突き止めるなんざ朝飯前なんだよ。さぁ吐け。おまえ……やったな?」


 しかしのっぺらぼうの往生際は悪かった。


「も、黙秘権を行使する……」

「認めない。おまえに黙秘権はねーんだよ」

「黙秘権がない事ってあんの!?」

「知るか。少なくともこの場に限っては認められないって事だ。加えて弁護士を立てる権利もねー」

「不遇過ぎる……」


 聞いた事もない悪待遇にのっぺらぼうはじとりとした嫌な汗を浮かべながらも俯きかけたが、すぐにハッとなって能面を跳ね上げた。


「そこまで言うんだったら証拠はあるんだろうな!? ……そうだ! 証拠もなしに――」

「どーしてそれを! とか言っといてまだ証拠が必要なのかとも思うが、まぁいい。これを見ろ」


 もはや有罪としか思えない言動でみっともなく悪足掻きをするのっぺらぼうの言葉を遮り、少年はどさっと分厚い紙の束を机上に乗せた。

 一番上の紙面に印字された文字の羅列を見るに、それは見紛みまがうことなく『この人たちには問題がある。』の、プリントアウトされた原稿であった。

 のっぺらぼうの顔色が見る見る蒼白になっていく。


「ここの勝手がわからないとかモチベがどーだとか、原稿が出来てんだったら関係ねーよなぁ? それで半年以上も掛かっちまうのはさすがにおかしいよなぁ?」


 言い逃れることのできない決定的な証拠を突きつけられ、のっぺらぼうは滝汗を流しながらその顔を伏せた。どうやらこののっぺらぼう、凹凸はなくとも汗腺かんせんはあるらしい。

 のっぺらぼうは観念して白状した。


「違うんです……。最初はただの、出来心だったんです……」

「ついに敬語になったな。こんな背の低い高校一年生に。……ん? おまえ今チビって言ったか?」

「言ってないよ! そのネタはもう使い終わったよ! 使い回すのにも限度があるよ!?」


 そう抗議しながらも、あと一回くらいは鮮度がもつんじゃないかと思っている作者のっぺらぼうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る