第三九話 自意識と他意識(2)


「その結果、全部中途半端な結果になって、あいつが変な眼で見られるようになったらどうすんだよ……。それだけならまだいいけど……」


 小学校時代の日和沢の立ち位置。

 現在いまでさえ既にささやかれる、日和沢への嘲りや批難の声。

 だけど、そんなものは――。


「一つ良いことを教えてやろう。もうちょっと大人になれば、そんなのは当たり前になる」


 高校生の今時分はほとんど同年代の人間としか関わることがないせいでその辺り知覚しづらいが、社会に出てしまえばあらゆる年代の人間と関わることになるのだから。

 そんな中、一体どれだけの持論や考え方、思想が存在すると思ってんだ。その全員とそれらをたがえることなく生きていくなんて、できるわけがない。

 おれが幾度となく入院することになったあの病院も、いくらかそれを垣間見ることのできる環境だった。

 病気や怪我で入院することになった患者。

 近しい彼らを見舞いに来た来客。

 そんな人間たちの間に生まれた一時ひとときは、必ずしも穏やかなものばかりではなかった。

 衝突。口論。退院後の、現実的な身の振り方。

 そういったものに対してどんなヤツがどんな感情を抱くか。どんな心境になるか。


「誰からも好かれる人間なんていやしねーよ。良いヤツは悪いヤツに疎まれるもんだし、悪いヤツは当然、良いヤツに疎まれる。どっちつかずの人間、あるいはどっちにでも良い顔する人間は大抵どっちからも疎まれる」


 周りに変に思われることのないよう、自己主張せずにむっつりと押し黙っていようものなら、何考えてるかわからなくて気持ち悪いとか言われてたりな。

 そもそも、善悪の基準だって人それぞれで曖昧なわけで、良いヤツだとか悪いヤツなんていうのも漠然とした物言いだが。

 隣を見ると、篠崎は膝に両手を置いて項垂れていて、その表情を捉えることはできなかった。


「どしたの耀ようくん。大丈夫?」


 さすがにそれを見留みとめた日和沢が、おもんぱかるような言葉をマイクで拡声させた。


「大丈夫、何でもねぇよ」


 そう言って顔を上げた篠崎の顔には苦渋の色なんて欠片もない晴れやかな笑みが浮かんでいたが、直前までの会話を関知しているおれには虚勢にしか見えない。


「ちょっとミコトくん! 耀くんをいじめたりしてないよね!?」

「この対極的なルックスで何でそーなるんだよ。逆だろ。普通はおれがこいつにいじめられてるって思うだろーがよ」


 おれは身長が低いし、髪型にだってそれほど気を遣っているわけじゃない。鬱陶しくなってきたら切りに行く程度で、頻繁に美容院に通っているわけじゃないし、朝だって最低限、寝癖を直して櫛を通して来る程度だ。ましてや染髪や脱色なんてしたこともない。見るからに冴えないうだつの上がらないスクールカースト低めの人間。

 対して篠崎は、仮にも異性から少なからず好奇の視線を集めるようなルックスをしている。高身長だし目鼻立ちは整っているほうだし、髪は明るめの色に染められ、清潔さと思春期を足して二で割ったかのようないかにも万人受けするスタイルにセットされている。

 それでいてコミュ力も高い。

 おれみてーに基本話しかけられないと誰とも言葉を交わさないようなヤツとは対極的な人種。

 どちらかといえば、おれが憂き目に遭わされてるって思うよな?

 しかし日和沢にはそうは見えないようだった。


「ミコトくんのことをよく知ってる人はそう思わないんだよっ!」


 日和沢はマイクを握っていない手でおれに指を突きつけ、惜しげもなくその声にマイクを効かせておれの鼓膜を破壊しに掛かってきた。いや、おれ以外の連中も耳を押さえているから無差別攻撃だったが、ともかくおれがそんなふうに見られているという事実は、果たして喜ぶべき朗報なのか嘆くべき問題なのか。


「いいからおまえは練習してろ。はい、ド~ミ~ソ~」

「ぐぬぬぬぬ……

 小馬鹿にしたようなおれに憤懣ふんまんやる方ない顔でプルプル震えていた日和沢だったが、その怒りも残したまま渋々といった様子でサイドテールを翻して練習に戻った。

 釈然としないながらも友人の指摘に悩ましい顔を見せて、一音一音丁寧に調整しながら歌詞を紡いでいく。音程一つに四苦八苦しながら時間を掛けるその様はまるで覚束おぼつかない。

 そんな光景に視線を留めたまま、おれは隣に投げ掛けた。


「おまえは、あーやって目標に向かってひたむきに努力する日和沢のことが嫌いなのか?」

「んなわけねーだろ! そんなことで嫌いになるわけねーし、すげぇことだって思うっつぅの! ……でも!」


 心外だとでも言うようにいきどおった篠崎の怒号がおれの耳をつんざく。


「だったら、この先あいつがどういう目を向けられよーと、どんな陰口を叩かれよーと、おまえらが味方でいてやればいーだろ。おまえらが離れずにそばに居続けてやれば、そうそう滅多なことにはならねーよ。当然、おれだって責任は持つしな」


 おれがそう言うと、それっきり隣には沈黙が降りた。

 見ると、視線を伏せたまま何やら思索に耽るような面持ちの篠崎にはまだ何かくすぶるものが残っている様子だったものの、何も返ってくることはなかった。

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