第二十一話 遭遇接近、そして邂逅(2)
「それにな、おれと同じ疾患を抱えていても結構な無理をしてガチな運動競技に手を出してる人間もいるんだ。それを考えると、あんな誰にでも出来ることで人の助けなんて借りてられねーんだよ」
まぁ、同じ疾患にしたってその難度や危険度、脆さは個々に差異があるが。
「その病気ってなんていう名前なの?」
「知らね。なんか小難しくて長ったらしいし、クッソ憎いからぜってー覚えてやらねーことにした」
おれが生きるのに多大な障害を用意してくれやがった大元の元凶だ。憎たらしいことこの上なく、当然の処遇であると言える。
「どうしてそんなに一人で背負い込むの?」
まるで自分の身に降り掛かった不幸のような顔で、日和沢は言った。
対しておれは吐き捨てるように言う。
「好きで背負ってんじゃねー。背負わされてんだよ」
「でも……でも、だったらもっと他の人に頼ってもいいじゃん。さっきのことだって、誰か呼んできて代わりに任せても良かったじゃん」
「篠崎だったらそーしたと思うか?」
「……しなかったと思う」
「だよな。だったらおれも、これくらいの年頃の連中が普通に出来ることならやって見せたいんだよ。……誰かに助けられてばかりなんて、もうウンザリだから」
まともに日常生活を送ることも出来ずに誰かに助けられ、面倒を掛けたり迷惑を掛けたりしながらを数えきれないほど繰り返してきた。
そんな無力で不甲斐ないおれの世話を、両親と姉は嫌な顔一つせずにしてきてくれた。
「でも助け合うのって大事だよ」
やや頬を膨らませながら日和沢は言う。
しかし、その言い分にはおれだって
「けど、おれの場合、助けられる割合のほうが圧倒的に多いんだよ」
そうやって借りを作っても返せない場合がほとんどだ。今でこそそれも多少はマシになってきた感もあるが、昔は今よりもずっとそうだった。
そんな状況にこれからも甘んじ続けるなんて、我慢ならない。
「わかるか? ただただ助けられるだけの人間の気持ちが」
『これくらいはおれやるよ』
自分に出来そうなことはそうやって自ら進み出て請け負おうとしたことは過去にも何度かあった。
しかし――。
『何やってるんだ星名! もしもお前の身体に何かあったらどうするんだ!』
『いや、でもこれくらいはおれにも……』
『いいよいいよ、また体調崩したりしたら悪いしさ。星名は座っててくれよ』
『そうそう、私たちのことは気にしなくていいから、星名くんは休んでていいよ!』
ほとんどの人間が口を揃えてそうやっておれのことを
別に疲れてたわけでもないのにな。
例外は藍沢とかその辺りの、頭のネジが何本か欠けたごく少数だけだ。
「誰だよ、おれにこんなハンデ課したヤツ。こんなもん背負って生まれてきちまったからって、こんな窮屈な枷を付けられて生きなきゃいけないのか? 知るかそんなの。おれの責任じゃねーんだよ」
そんな枷を付けられなきゃいけないよーなこと、おれが何かしたのかよ。
おれは頭の上に重石でも乗せられているかのように
心の奥底にある感情の発露を。
誰に向けたわけでもない鬱憤を。
こんな、壊れた蛇口から出る濁った泥水のような醜いもの、家族以外には打ち明けたことなんてない。どうしておれは、先週知り合ったばかりで大して深い仲でもない相手にこんなにも自分の中身を晒しているのか。
「そっか、だからあのとき、あんなふうに言ってたんだね」
「うん?」
日和沢の言わんとしているところがすぐに理解できず、訊き返す声はやや間の抜けたものになってしまった。
「渡り廊下でのこと」
「……あぁ」
そこまで言われてようやく思い出す。
『あたし、何か気に障るようなこと言っちゃったかな』
と、おれが日和沢の厚意を無下にしてひねくれた応じ方をしたことに対して、こいつはまだ気を揉んでいたらしい。
いや、“らしい”だなんて、おれが言って良いことじゃねーな。
「そう、だからおまえは何も気に病む必要ねーんだよ。非は全部おれのほうにあるんだから。おまえは何も悪くない。……篠崎もな」
……まぁ、たぶん。おそらく、きっと。
「うん、あのときのことはわかったよ。でもさ、周りの人のことも少しは考えなよ。確かにあたしはミコトくんと知り合ったばっかだからその病気のことは強くは言えないけどさ、ナギっちはすごく心配してたよ」
「だから、それが過剰なんだよ……ホントに」
「でも命に関わることもあるって言ってたじゃん」
「こーいうのはどれだけ負担を掛けてもどーにもならない時はならないし、どれだけ気を付けていたとしてもどーにかなる時はなっちまうもんなんだよ」
運命論みたいなもんだ。
実際、入院してた時にはそんな患者何人も見てきたしな。
どれだけ医者の言うことを忠実に守って順調に治療を進めていても容態が急変してしまったり、逆に自分の容態を蔑ろにするような振る舞いをしていてもなぜか快方に向かって退院してしまったり。
なるときはなる。ならないときはならない。
さて、おれは一体どっちだろーな。
医者にさえわからないというのだから、まさに神のみぞ知る問題だ。
とにもかくにもそんなだから、あまり気にし過ぎても意味はないとおれは思っている。
このスタンスが周りに心配や心労を掛けているという自覚はあるし、それは家族やナギから特にひしひしと感じている。だから万が一の事態は避けたいという気持ちはあって、冷静に身体の調子を見て線引きはしているつもりだ。大丈夫かそうじゃないかのレッドラインは。
ふと顔を上げると、日和沢は頑ななおれを諦めたように、けれどどこか生暖かい眼でおれを見ていた。その目尻にはまだ潤むものが浮かんでいたが、口からは溜め息が出た。
「そっか。だったらしょうがない、かなぁ。それがミコトくんの生き方だっていうなら」
一瞬、頭が空っぽになった。
どうせこいつとも衝突すると思っていた。
結局は理解なんてされることはなく、決裂することになると思っていた。
それが、まさか『しょうがない』なんて、そんな言葉を貰うことになるなんて。
狐につままれたような気分だった。
「本当にもうしょうがないね。ミコトくんがそんなに我が道行くって言うなら、あたしだって好きにさせてもらうから。勝手にトコトン心配させてもらうから。とりま近い内にお姉さんと連絡先交換する」
「結局そっち側かよ……」
日和沢は一向に返す気のないおれのケータイをフリフリしながら笑顔で言った。
思わせぶりなことを匂わせておいてからのそのポジション取りに、おれは嘆息しながらも突っ込む。さすがにまだ語尾にエクスクラメーションマークを付けられるほどの体力は戻っていなかったが、それでも日和沢は、おれが過去に対峙・決裂してきた人間とは違うように感じた。少なくとも、おれが歩もうとしている道に納得できたかどうかは別としても理解を示し、『しょうがない』なんて言葉を口にした人間はいなかった。
それにまぁ、おれとしても、あまり美夜やナギに心配を掛けることを望んでいるわけではない。今回のように何かしらの無茶をするにしても、結果的には一線を越えないように心掛けるつもりだ。
ま、その辺りのさじ加減が難しーんだけど。
「じゃ、そろそろ回復してきたから行くわ」
言って、おれはシュバッと自分のケータイを日和沢からひったくって立ち上がった。あのブラコンが今どこいるかはわからないが、とりあえず買い出しに戻るか。
日和沢はまだ浮かない表情をしていたけれど、やがて観念したようにおれ同様に重そうな腰を上げた。
その目線はやっぱり、おれより上に来る。
「ホントに大丈夫なの?」
「大丈夫だっつーの。おれを信じろ」
「……ははっ、それはムリかな♪」
そんなふうに苦笑と共に返してくる日和沢だったが、その態度はどこかおどけていて、これ以上は食い下がってくることはなさそうだった。
これまでにはいなかったタイプの面倒なヤツと関係を築いてしまったと思った。
今後は美夜とはまた違った攻略法を編み出して立ち回る必要がありそうーだけど、それもまた一興か。
「じゃーな」
「ん、また月曜日ね」
おれたちはそんなありふれた日常的な別れの挨拶を交わして、互いに背を向けた。
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