第十六話 ミコトの身体

 検診を終えて病院を出ると、時間帯はちょうど遅めの昼食時だった。

 今日は元々、この後も色々と生活雑貨を買い出しに向かう予定を立てていて昼を跨ぐことは見越しており、昼食も外で済ませる算段になっていた。

 塩分過多や油分をいとうこの身体からだのことを考慮すると外食で利用できる店というのはなかなかないのだが、そこは長く住み慣れた土地でもあり、おれの管理を一手に(勝手に)引き受ける美夜でもある。塩分油分控えめで健康志向の食事を提供してくれる飲食店というのは、既に知り尽くしていた。


 しかし当然、そういったものを度外視したジャン

クフードやB級グルメを食べたいという欲はおれにもある。

 食べたいものをなかなか食べられない。幼少から続くそんな食事制限にも、ほとほとうんざりしていた。


「あーあ、たまにはこってりしたラーメンでも食いてーなー」


 これ見よがしにそう難色を示しながらも、結局この昼も美夜が目をつけていた店に入った。何度か訪れたことのある和食の店だった。


「そういうのはまだ少し先。頑張って」


 まだ少し先、というのは、あのいけすかない担当医が言っていたのことだろう。今は高校に入学したばかりだから、あと四年といったところか。

 長いわ。それも飽くまで見込みってだけだし。

 つーか、時々美夜の目を盗んで食ってるしな。

 先ほど不満を口にしたのは、それを悟られないためのフェイクだ。あまり大人しく従っていてもかえって怪しまれる。今日の検診でのやり取りからもわかるよう、あの担当医に申し渡されている以上に制限厳しくしてるからな、この過保護な姉は。


 少しの緩みもない生活なんてやってられるかっつーの。ロボットじゃねーんだから。

 そういう不満をおもてに出さないように努めて昼を済ませ、店を出る。

 次は生活雑貨の買い出しに大型ショッピングモールへと向かう予定だが、道中、ふと中天に差し掛かった日差しを見上げた美夜が呟いた。


「暑くなってきた」


 その言葉に不穏なものを感じてその動作を目で追っていると、美夜は持ってきていたバッグから折り畳み式の傘を取り出す。いや、正確には日傘だ。直射日光を避け、おれの身体に掛かる負担を軽減するための。


「いやいや、まだ四月だぞ……。これくらいから日傘を使い始めたのなんて、小学校低学年くらいが最後だろ」

 

 以降はそれなりに順調に身体も出来てきたので、夏本番を迎えるまで日傘には出番を控えていただいていたはずだ。


「大丈夫。ミコトは当時から見た目が変わっていないから」

「まったく変わってないってことはねーよ!? それなりに身長伸びてるし多少は顔も変わってきてるし、そもそも理由としておかしーよな!」


 なんかとかとか自分で言ってて虚しくなってくるが、論点はそこじゃない。


「日本の夏は厳しい。年々暑くなってきてる」

「まだ春だけどな!」


 ……つーか、なんか今年厳しくねーか?

 食生活を始めとする健康管理に、おれが学校の三階に移動するのさえ忌避するほどの気の遣いよう。そしてまだ四月だというのに日傘を用意している念の入れ方。

 まるで石橋を叩いて渡るような過保護ぶりだ。


 それがおれの身体を考えてのことだというのは重々承知している。

 だから、こんな姉のことを疎ましく思ったりはしていない……とは言い切れない。

 だけど一番の元凶は、やっぱりおれのこの身体だろう。

 特に日差しに対する警戒レベルに関しては、仕方がないのかもしれないとは思う。

 美夜がこうなったのも、これが原因なのだから。

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