第十話 闖入者
日和沢は未だ起き上がれずにいる篠崎から引き離すようにおれの肩を押してくる。
おれとしても別に自分から手を出そうなんていう意思はないので、大人しくされるがままに引き下がった。
「何でこんなことになってるの!? 暴力はダメだよ二人とも!」
「おれもかよ。おれのは正当防衛だと思うんだけどな」
おれは両手を上げ、敵意がないことを全面に表しつつそう主張する。
「や、それは、う~ん……そうかもしれないけど! とにかく耀くんももう手出ししちゃダメだからね!」
「けどそいつが調子に乗った言い方するから!」
「ミコトくんは気を付けるって言ってくれたんだからいいよ」
「うぐっ」
当の日和沢が譲歩の意思を見せたことで、篠崎は怒りを向ける先を失ったようだった。悔しそうに歯噛みして言葉をなくす。
ようやくピリピリしていた事態が沈静化の兆しを見せるが、代わりに日和沢の、自責の込められたような声色がおれに向けられた。
「あのさ、一つ教えてほしいんだけど、あたし、何か気に障るようなこと言っちゃったかな」
おれはすぐに答えを返すことはできなかった。
そう問い掛けてきた日和沢の表情が目に見えて暗く沈んでいたからだ。その眼は波立つ水面のように弱々しく揺れていて、おれの頭も急速に冷えていく。
そして思案する。
気に障るようなことを言われたか否か。
おれのような境遇の人間を前にしたら、日和沢が見せたような気遣いは正しく善意的だと思う。
しかし、それならおれは日和沢のようなヤツに合わせて、病弱だからといって病弱らしい振る舞いをしなければいけないのか。
せめて並の人間でありたいと願うのはそんなにも――。
と、心中でそんな葛藤をしていたときだった。
「何やってるの?」
不意に野次馬の中から当事者ではない声が割り込んできた。
いや、当事者ではなくとも聞き覚えのある、というよりも馴染み深くて抑揚のない、淡々としたこの声は。
こんな状況でなくとも、出来れば学校では顔を合わせたくはなかった。
おれは立て付けの悪くなったような首を回して声の主を振り返る。
そこにいたのは、忌々しくも同年代の女子にしては高めの身長を持った女子生徒だった。おれより頭二つ分は高く、タイの色を見るに上級生。細すぎず太すぎない、魅せることにも動かすことにも適したような均整の取れた肢体をしており、それでいて出るところは出ている。
「何やってるの?」
誰も説明しない状況に業を煮やしたのか、再度同じ問いかけをこの場に向けて放つ、おれの実姉――
友人なのか、後ろに上級生の女子がもう一人控えていた。ツレが厄介事に首を突っ込もうとしているのに、そのツレは妙な落ち着きを見せているのが気になる。
勝手に誰かに説明されてもおれにとって都合の悪い方向へ話が進んでしまうかもしれないので、美夜の疑問にはおれが答えた。
「何でもねーよ。ただ同じクラスになったヤツと親睦を深めてただけだ」
状況をはぐらかしたおれに、その場のすべての人間が唖然とした空気が伝わってきた。
とはいえ、ありのままを白状してしまうと、篠崎の側にも何らかのペナルティが及ぶ可能性があるのだからしょうがない。
そんな篠崎からすると、自分に暴力を振るってきた相手を庇うようなおれの奇行が信じられないのか、開いた口が塞がらず呆然としていた。
「そうは見えない。もしそうなら、そこの男子はなんで倒れてるの?」
「そいつ、そこの敷居の上に座っておれたちと話してたから、バランス崩して落っこっちまったんだよ。横着だよな」
周囲の人間の開いた口がさらに広がっている気がする。
日和沢たちとの話も途中だったけど、既に状況は変わってしまった。
もうそれどころじゃない。
下手をすれば、おれの手で引っ掻き回された事態が美夜の手に引き継がれてさらに行き着くとことまで行き着いてしまう。せっかく状況が収束しかかっているというのに。
美夜はしばらくの間、淡々とマイペースに周囲を見回して何か思案する素振りを見せていたが、次の瞬間にはおれがまったく想像していなかった台詞をこの場の全員に向けて言い放った。
「とにかく、この一件は生徒会が預かる。当事者は全員、生徒会室に来るように。事情を聞く」
……は? こいつ今なんて言った?
生徒会?
しかも、これじゃまるでこいつがその一員みたいな言い回しじゃねーか。
あまりに想定外な単語が姉の口から出てきたせいで、おれも日和沢や篠崎たちと同じように口が開いたまま固まってしまった。思考も回転数が落ち、この一件をはぐらかすための戯れ言を練ることができない。
そのままおれたちは、美夜ともう一人の女子に連行されて生徒会室へと向かうことになった。
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