第369話 大事な話


 今まで知らなかった、姉さんの本音を始めて聞いた。思いっきり恥ずかしそうにしてるけど、それは絶対に忘れてあげないもんね! ……私までなんか恥ずかしい気分だけど、それはそれ!


「ともかく、その話は置いといて……本題に入ろ? ほら、美咲ちゃんだって内容は気になってるでしょ?」

「あ、うん。それは気になる!」


 自分では自覚は全然なかったけど、聡さんが言っていた『サクラ』の価値ってこういう意味なのかも? 私にとって、自分で作り出したものを改めて人に見せるようになった……本当に大事なものになるもんね。


「あぁ、美咲ちゃん。『サクラ』に関しては、僕からの私見も言っておくよ? これは葵の夫としてではなく、『立花サナ』のマネージャーとしての発言だと思ってくれていい。あれは……まだ粗削りな部分は多いけけども、既にプロの領域に踏み入れかけている。まぁそこより先に進めるかは、今後の美咲ちゃん次第だけど」

「……え? えぇ!?」


 ちょ、ちょっと待って!? 今、もの凄い事を言われなかった!? 姉さんの仕事を支えてる聡さんって、見る目は姉さんとは別種のプロだよね!? その聡さんから見て、そういう評価になるの!?


「美咲ちゃん、ちょっと驚き過ぎじゃない?」

「え、だって、そんな風に言われるなんて……全然、考えてなかったもん……!」

「……配信での『サクラ』に対する評価を見ている限り、その自覚はないんだろうとは思ってたけどね。正直に言うなら、あのレベルは他にもいない訳じゃない。だけど、ほぼ独学の高校生がとなると……決して無視出来るものではないからね。『立花サナ』の作風に影響を受けている部分はあるけども、伸びしろはむしろこれからだし、だからこそ『野生の金の卵』なんて言われてるんだよ」

「ふふーん! なにせ、私の妹だからね! あ、こういう言い方は美咲ちゃんは嫌なんだっけ……」

「ううん、姉さんに言われるのだけはいいよ! 他の人に、姉さんのおまけみたいに言われるのは嫌だけど……」

「美咲ちゃん! 聡さん、すぐに車を止めて! 私、後部座席に行く! なんか今すぐ抱きしめたい!」

「高速を走ってる最中に無茶を言わないでくれるかい!?」

「あ、そうだった……」

「あはは、姉さん、無茶を言っちゃ駄目だよ!」


 これまでの姉さんの過剰な甘やかしの理由が分かって、なんだかモヤモヤしてたのが晴れた気がする。そっか、あんまり自覚はなかったし、自分自身の嫌な記憶だと思ってたけど……私も姉さんに負い目も感じてたのかも。


「ちなみに『サクラ』に、自分の作った衣装データを着せたがってる人も何人かいるね。……その筆頭が葵だけども」

「え、だって、あれは着せ替えたいよ!?」

「昨日言ってたのって、そういう事なの!?」

「そういう事なの! ……止められたけど」


 何気に姉さんが言ってた衣装を作ってくれる発言の裏には、そんな事情があったの!? というか……私の『サクラ』を着せ替えたいプロの人が何人もいるの!? それはそれでびっくりな情報なんだけど!?


「これで美咲ちゃんのトラウマになっていた中学生の頃の話に触れる必要があった理由は、大体終わりだよ。ここら辺の事情と、そういう状況に置かれている事を認識してもらわないと、次の話は出来ないからね」

「……それは、まぁそうですよね」


 ここまで話してもらって、私にとっての『サクラ』の価値と、私以外の人から見た『サクラ』の価値がどういうものなのかが何となく分かった。少なくとも、プロの人が着せ替えさせたいくらいには気に入られているって事なんだ。

 そっか、今までの配信の中で過剰に褒められてるって感じてたのは……過剰じゃなかったんだね。うぅ……そう考えると、むず痒くなってきたんだけど!? わー!? そういう時の自分の否定の仕方が、なんか今になって恥ずかしくなってきた!? 


「美咲ちゃん! 今は混乱してるかもだけど、すぐにどうにかしろって話じゃないから大丈夫だからね!」

「……うん!」


 なんか一気に色んな事がひっくり返された気分だけど、何もすぐに整理しなきゃいけない訳じゃないよね! 折角、楽しく配信をしながら、それ用のものも作れるようになってきたんだもん。

 今すぐには飲み込み切れない事も多いけど、そこはちょっとずつ飲み込んでいけばいいよね。プロの領域に踏み入れかけてるとは言われても、今は完全に趣味なんだから焦る必要なんてどこにも……あれ?


「えっと、それじゃ私に来てる仕事の話って具体的にどんな内容なんですか?」

「あ、そっちの話もしなくちゃね! えっと、実は3件あります!」

「え、3件も!?」


 ちょっと待って! 更にここで3件も話が来てるってどういう事なの!? 私、一体どういう事を期待されてるの!?


「……1件は完全に無視していいよ。葵が発案した、同業者たちのファッションショーのお誘いだから。さっき言った着せ替えの件から派生した内容だね」

「姉さん、何やってるの!?」

「えー、だって、要望が多いんだもん。みんなの広告塔という名目で、みんなであれこれ自由に趣味全開で着せ替えて――」

「広告塔が名目って言ったー!? それはお断りで!」

「えー!?」


 姉さんを筆頭に、配信を見に来てるプロの人達が私を着せ替えて遊ぶ気だー!? ある意味、それはそれで面白そうな気はするけど、ゲームの初見配信プレイという趣旨から大きく外れちゃうよ!


「それで、他の2件ってどんなのです? 同じような内容なんですか?」

「いや、全くの別物だよ。まぁ最初に来た方……俊くんが止めた案件から伝えようか」

「……お願いします」


 兄さんが最初に止めてた案件かー。というか、なんで私宛のものの筈なのに、兄さんが管理してる……うん、色々と兄さんに任せっぱなしにしてたのが理由なような気もする!


「この案件は……個人の配信者じゃなくて、企業所属の配信者にならないかという内容だね。この手のは胡散臭いのが多いから、未成年宛だと保護者が確認出来るように認証情報があるホームサーバーへ割り振られて、それを俊くんが先に押さえた形になるね」

「……え? 企業所属ですか!?」


 そういう話があるってのは聞いたことがあるけど、まさか私にそんな話が来てたとは! でも、自由に出来なくなりそうだよね、それ。

 むぅ……私が未成年だからこそ、保護者も確認出来るようになってたんだ。その辺は全然知らなかった! でも、結局兄さんに相談してた気はするし、問題ないのかなー?


「俊くんだけだと判断し切れなくて、その辺に伝手がある僕に相談が来てたんだけど……正直なところ、これはおススメしないよ。有名所ではあるけど、業界的にはあまり評判がいいとこじゃないし、個人向けの配信が解禁になってから手当たり次第に目ぼしい人に声をかけまくってるからね。それでもやりたいのなら僕が間に入ってサポートも出来るけど……まだ僕自身が若造ではあるから、何かあっても抑え切れるかは保証は出来かねるのが実情だ」

「あそこ、私がデザインしたのもあるんだけど……もう、嫌になるほどリテイクが多かったからね……。それでデビューした人、すぐに辞めちゃったし……。同じような話もいくつか聞くしさー。お姉ちゃん的にも、おススメはしないよー」

「……なんか表には出ない闇を聞いた気がします!? なんか自由に出来そうにないし、それもお断りで!」

「だそうです! 聡さん、あれはお断りで!」

「そうだね。後でそう伝えておくよ」


 不安にしかならないような情報を聞いた後に、その話を受けようとは思えない! それに……聡さんが大丈夫だと言っても、色々と心の整理が出来てからじゃないと、そういうのはあんまり実感が湧かないし……。


「それで、残り1件はなんですか?」

「あ、これはお姉ちゃんが保障する大丈夫なやつね!」

「……まぁこれは葵がやらかした後に来た、知り合いからの案件だからね。美咲ちゃん、『皐月堂』は知ってるよね?」

「あ、はい! 姉さんが送ってくれたお煎餅を売ってるお店ですよね!」


 でも、それがなんで今ここで出てくるのー? あのお煎餅、美味しいから好きだけど!


「あのやらかしの後、売り上げがかなり伸びたらしくてね? それを聞いた他の店も含めた、試食データでの試食依頼だよ。配信中に食べてみて、素直な感想と一緒に宣伝して欲しいってところだね。美味しくなければ、容赦なくそう言っても構わないそうだよ」

「……え? そういう内容なんです?」


 ちょっと予想外の方向から来た!? あ、でも、これってあのお煎餅の時にやった事を、そのまま同じようにやって欲しいって事なの? でも、私にそんなに宣伝効果あるのかな?


「美咲ちゃんは表情に出やすいし、それがしっかりと反映されるように『サクラちゃん』が作れてるからねー! 美味しい時は本当に美味しそうに食べるから、釣られて食べたくなるんだよ!」

「まぁこれもすぐに結論を出す必要はないよ。この件なら僕が窓口になれるし、もしやる気が出たなら言っておくれ」

「はい、分かりました!」


 試食データを食べて、私の感想を正直に言って良いのなら……内容としては難しくはないのかも? うーん、まぁすぐに結論を出す必要もないし、ゆっくり考えよう!


「さてと、そろそろ目的地も近いし、高速を下りていこうか」

「話してたら意外とあっという間だったねー! 会うのは向こうの結婚式以来だけど、元気にしてるかなー?」


 定食屋をしてる姉さんの友達、どんな人なんだろ……って、あれ? なんかこの辺、妙に見覚えがあるような気はするのは気のせい?

 ううん、気のせいじゃないよ!? この辺って、私が通ってる高校の近くなんだけど、まさかの場所だったー!?

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