第325話 実況外の探検録 Part.16


【1】


 和室の中にある立派な机の前に座る、9本の尾を持つ狐をモチーフにした銀髪の女の子が姿勢を正して座っている。その姿は現実のものではなく、仮想空間に作られたアバターであった。

 その女の子……サクラは、姿勢を正しながらもなんだか落ち着かない様子である。一体何があったんだろうか?


「……いきなり乱入とかないですよね? うぅ、ありそうなのが困る!?」


 事情を説明する事なく、いきなり頭を抱えて悩むのは止めてもらいたいところである。悩むのはいいけども、せめてそれは録画をしていない時か、説明をした後にしてもらおうか。


「……そうなったら、そうなった時ですね! まぁ流石に大丈夫だと思いましょう!」


 だから、これを見る視聴者さん達に内容が伝わるようにしようか! 何がどうなった時なのかというのは、これでは全く意味不明だから!


「それじゃ今日の実況外のプレイを始めていきますよー!」


 サクラが完全に1人でやると発生する、この説明不足の自己完結の内容はどうにかならないものなのだろうか? 視聴者がいればその場で質問をするからどうとでもなるが、ツッコミ不在だとそのまま進んでしまうのが問題だ。


「まずは木の育成から! 今のホームサーバーでの最後のプレイ、頑張っていきましょう!」


 うん、説明をする気は一切無しなんだね。下手にリアルの事情を話し過ぎないように気を付けてる部分はあるんだろうけども、そこを気遣うなら、もう少し視聴者さんへの配慮もしようか。

 このままサクラは説明しないままで進みそうなので、こちらで補足。サクラが警戒しているのは姉のサツキ……本名、葵の乱入の可能性である。まぁこの配信用の和室へのフルダイブを制限すれば防げるだけの話だが……その手の知識に疎いサクラが把握しているはずもなかった。



【2】


 木漏れ日の溢れる木々の中、陽光をキラキラと反射させる湖の水面が見えている。根からの視点の為、低い場所から見上げている状態だ。まぁ当然ながら、サクラの育てている桜の木からの様子である。


「おぉ、再開しても場所は本体のとこには戻らないんですね! これは新発見です!」


 まぁ特に不思議でもなんでもない話だけどもね。動けない木が特殊なだけで、ゲームの中断場所から再開するのは今までライオンで経験した通りの仕様である。

 あくまでも、この桜の木の位置の基準が本体の位置ではなく、動かしている視点の位置に変わるだけという話。


「えーと、今は進化ポイントはいくつあったんでしたっけ? ちょっと確認してみますね!」


 ここ数日は実況外のプレイではライオンの方の育成が続いていたため、その辺を忘れてしまっている様子。まぁこれは流石に覚えておけという方が無茶なので、特に確認するのには問題はないだろう。

 むしろ、無言でやらずにちゃんと声に出してやっていってください。基本的には配信中と同じ感じで……あぁ、それでも視聴者からのツッコミが無いと変な方向に……そこはいてもいなくても変わらないか。


「むぅ、進化ポイントは5しかないですね……。看破が欲しかったりもしますけど、それより先に攻撃用のスキルを増やすのが先ですかねー? 今は2種類しかないですし……」


 そう言いながら、サクラはスキルツリーを開いていく。開いて内容を確認する事自体は良いんだけど、そこは確認していきますとか言おうか!? マイペースなのが悪いとは言わないけども、他の人が見るという前提でプレイしていこうね?

 ともかく、そうしてスキルツリーの確認を始めたサクラだが……初めに開いた生命のスキルツリーを眺めている段階で動きが止まった。


「生命のスキルツリーの第2段階に『水分吸収』ってありますね! これ、今日の配信中に聞いたやつです!」


 サクラの事だからすっかり忘れ去っているかと思ったが、意外とそうでもなかったようである。まさしく、それこそ配信中に雨で濡れた地面を乾かしたスキルの1つ。


「地味に分体を作ると本体のHPが減りますし、これで回復手段を確保していくのもありですよね! 進化ポイントも足りるので解放しちゃいましょう!」


 攻撃手段を増やしたいとスキルツリーを見始めたけども、即座に脱線するサクラであった。まぁ回復は回復で重要だから、それは特に問題ない話だけども。

 そうして手早く、サクラは生命のスキルツリーの第1段階の『生命+20』と、第2段階の『水分吸収』を解放していった。ちなみに『水分吸収』の性能は以下の通り。



『水分吸収』:アクティブスキル

 根に接している部分から水分を吸収して、生命を回復させる。

 Lv上昇により、生命の回復量の増加。



 シンプルな性能の単純な回復用のスキルである。どれだけの水分を吸収できるかはその場所次第にはなるのだが、それについてはまだサクラは知らない。まぁ森の中では、まだそういう問題点に遭遇する事もないだろう。


「それじゃ進化ポイントを稼ぐために色々とやっていきましょう!」


 そうサクラは元気よく宣言して、スキルツリーの項目を閉じていく。まぁやる気いっぱいなのは良いんだけど……何か忘れてない? いや、まぁ本人が思い出すまではどうしようもないか。そこは思い出す事に期待しよう。



【3】


 場所は大して変わらず、森の中の湖の畔のすぐ近く。そこには小さな桜の木が、ちょこんと生えていた。まぁ言わずと知れた、サクラの桜の木の分体である。

 そのサクラが対峙するのは、大きなクマ。そのクマは微毒を受けて、もう少しで生命が尽きる状況であった。


「これでトドメです! 『葉っぱカッター』! ふっふっふ、撃破完了ですね!」


 クマを倒してご機嫌な様子のサクラだが……サクラ自身も相当弱って、分体が仕留められかけている状態である。だが、そんな状態でも何も気にした様子がない。


「さーて、弱ったら回復ですね! 『水分吸収』!」


 そう言いながら、サクラは木の根から水分を吸収して生命を回復させていく。すぐに回復出来るという状況だからこそ、サクラは生命が減っていくのを気にせずに戦っていた。……言い方を変えれば、防御も回避も無視のごり押しとなる。

 すぐ間近に水源があるため、どれだけ吸収しようとも簡単に吸い尽くす事はない。今いる場所が、そういう非常に良い場所なのである。


「いやー、良いですね、この水分吸収! まだ回復量が多いとは言えないですけど、待って回復するよりも確実に良いです!」


 まぁそりゃ回復専用のスキルなんだから、当たり前といえば当たり前な話。回復量が増えて、本格的にその辺を使いまくってくる敵が現れると地味に厄介なのだが、その辺のパターンの敵にはまだ遭遇していないサクラである。

 ちなみに、本体と分体の両方を一気に回復しているため、根で移動している木に比べると効果は薄め。その代わりに、水分を吸収出来る範囲が広いのが動かない木の特徴か。


「さーて、この調子で頑張っていきますよー!」


 なんだかんだで、順調なサクラであった。湖に集まってきている動物系の種族をメインに倒しているので、微毒が有効に使えているのも大きいだろう。

 地味に『根刺し』がLv2に上がっているのも影響はあるだろうが……ダイジェスト動画となる為、ただ単にLvが上がっただけの場面は飛ばされてしまった部分である。何かしら宣言とかをしている時はカットされずに残りやすいけども……サクラはその仕様を知りはしない。



【4】


 タヌキを根で串刺しにして、今まさに生命を削り終えた瞬間である。それと同時にサクラの桜の木のLvが4へと上がり、進化ポイントも7にはなった。ただし、Lvが上がるまでに必要な戦闘の回数がかなり増えてきている。


「……そろそろ敵のLvが厳しくなってきましたかねー? 時間を飛ばさないと厳しいです?」


 サクラがこの始まりの森林で時間を飛ばしたのは、まだ1度だけ。敵の成長体への進化は発生させたが、現状ではLv3程度が上限といったところ。

 これ以上のLvの敵と戦うのには、他のエリアまで根を伸ばすか、再び時間を飛ばして周囲の敵のLvを上げるか、どちらかが必要な状況になってきた。


「そういえば、他のエリアまで根って届くんですかねー? 地味にどこまで根が届くのか試してなかった気がします!」


 サクラは前回、マップの全踏破を目指してた気もするけど、届くかどうかをそもそも気にしてなかったんだね? まぁ動けない木で使う『範囲拡大』はLv設定のある特殊なパッシブスキルだし、その効果がどこまであるのかを確かめるのは今後の為にもやっておいてもらいたい。


「どっちにしても、また時間を飛ばすにはエリアボスを見つけないとですね! エリアボスを探しながら、どこまで行けるかやってみましょう!」


 再び時間を飛ばす為には新たなエリアボスの討伐が必要なのを覚えておいてくれて何より。そうして、サクラの桜の根はエリアボスを探す為に、湖から離れていくのであった。……湖の中の確認とか、ライオンの方で変えたエリア名との違いの確認とか、その辺は放置かーい!


 

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