第221話 実況外の探検録 Part.10


【1】


 仮想空間の中にある和室の立派な机の前に正座をする、銀髪の九尾の狐のモデルにした女の子の姿がある。何かを悩んでいるのか、なんだか困った表情を浮かべていた。


「……うーん、どうしたものでしょうか?」


 憂いを帯びたその声と表情は事態の深刻さを窺わせる様子ではあるが、そんなことは一切ない。悩んでいる事があるのは事実だが、そんなに深刻な内容ではないのである。前日の出来事の方がよっぽど深刻だ。


「ちょっとSNSでのコメント返しに時間がかかっちゃったんですけど、木とライオン、どっちからやりましょうかねー? うーん、悩みます……」


 急に増えたコメントに対して律義に反応を返していたので、妙に時間がかかっていた為、普段より少し実況外のプレイの時間が短めなのであった。他の行動に支障が出てくる範囲なら無理に全てに対応する必要はないのだが、サクラはまだその事には思い至っていない。

 目の前の事だけに集中してしまう性格もあり、それが少し悪い風に影響が出てきてしまっていた。いやまぁ、決して悪い事をしてる訳ではないのだが。


「ふぅ、悩んだ時はやっぱりあれでいきましょう!」


 そう言いながら、サクラは立ち上がり、箪笥の前へと歩いていく。おいこら、実況外のプレイでもそれで決める気か!? あー、やはりというか、当然のようにサイコロを取り出すサクラであった。

 まぁ悩み過ぎて進まないよりはいいけど、どっちを先に育てるかもそれで決めるのかー。もう少しそこには自分の意思で……あぁ、自分の意思で運任せにすると決めているから、どうしようもないな。


 そうしている間にサイコロを手にしたサクラは、机の前に座り直していく。その目にはやる気が満ち溢れているが……サイコロを転がすのに、そこまでやる気を出さなくていいから! そこだよ、無駄に力が入って変な方向に飛んでいく理由は!


「さーて、2択なので丁半でいきますよー! 丁なら木、半ならライオン! それではいきます!」


 そうしてサクラは気合を入れてサイコロを振っていく。あぁ、また変な方向にすっ飛んでいってるし……。あ、机の上から転げ落ちていった。


「あー!? 待ってください!? どこに転がっていくんですか!? わっ!?」


 慌てて立ち上がってサイコロを追いかけたサクラだが、慌てすぎて机に足を引っかけて盛大に転んだ。うん、とりあえずもう少し落ち着いて行動をしようか。VR空間だから怪我をする事はないけども、リアルであれば怪我をしててもおかしくない転び方だから。


「うぅ、実際に痛い訳じゃないですけど、気分的には痛いですね……。あっ、目の前にサイコロがありました!」


 転んだ醜態はどこへやら、即座に起き上がったサクラは目の前にあったサイコロを覗き込んでいく。えーと、その位置はカメラから外れているんだけど、狐の尾しか映ってないんだけど、それに気付こうか?


「出目は6なので丁ですね! まずは木から育成開始です!」


 力強く宣言しているけども、今はまともに画面に映ってないから! 今はその事に気付いて!? ……まるで気付く気配がないね。


「さて、それでは実況外のプレイの開始……って、あー!? この位置ってちゃんと映ってます!? わー!? 映ってなかったらごめんなさい! ともかくこれから始めますね!」


 サクラ自身がまともに映っていない事にようやく気付いたみたいだが、既に遅いのである。というか、生配信ではないのだから一度止めてから撮り直せばいいのだが、その気はないようだ。いや、その事に思い至ってないだけか。

 色々とグダグダなスタートではあるけども、とりあえず実況外のプレイの開始である。まずは木の育成から。



【2】


 森の中に佇む雄大な桜の木。いや、雄大というにはまだそこまで大きくはないか。だが、それでも精神生命体を宿し、普通の木とは異なる存在へとなっているものだ。まぁゲームとしての設定上の話だけど。


「昨日はスキルツリーの確認くらいしか出来てなかったですからね! 今日はエリアボスの討伐までやっていきたいところです!」


 前回はライオンの方で移動を優先したため、木は殆ど育成出来ていない。サイコロで決まった結果とはいえ、それを考えれば木の育成が先になったのは良かったかもしれない。

 というか、そもそもそういう理由があったんだし、悩む必要はそれほどなかったのでは? やはり、視聴者からのツッコミ不在の実況外のプレイでは変な方向に進んでいくサクラである。


「えっと、今の進化ポイントは13ですか。確か『範囲拡大』が知恵のスキルツリーの第4段階なので……」


 まず、木としての活動範囲を広げる為のスキルの解放からやっていくようである。まぁ根での移動をしないという縛りプレイを自分に課しているサクラにとっては、それが最重要なスキルなのは間違いない。

 間違いないけど、自分が縛りプレイをしているという事実には気付かないのもサクラである。まぁネタバレ厳禁な以上は、その先に何があるかを教える事は出来ないのだが。


「わっ!? 『識別』と『知恵+7』を先に解放しないと『範囲拡大』が解放出来ないですね……。むぅ、必要な進化ポイントが少し足らないです……」


 その3つのスキルツリーを解放するには合計で進化ポイントが15必要になるが、今の進化ポイントは13。少しではあるが、微妙に足りない状況であった。


「とりあえず今のうちに『識別』と『知恵+7』までは解放します! ふふーん!」


 そんなご機嫌な様子で、サクラは知恵のスキルツリー、第2段階の『識別』と第3段階の『知恵+7』を解放していくのであった。


「さてと、それじゃ進化ポイントを稼いでいきましょう! 『樹液分泌』! わっ!? 集まってくるのが早くなってませんかねー!? でも、その方が都合は良いです! 『葉っぱカッター』!」


 そもそも『樹液分泌』は知恵のスキルツリーのスキルになるので、知恵のステータスが強化されればその分だけ効果が強化されていくのだが、サクラはその事に気付いてはいない。

 まぁ今は周囲の敵の進化がまだ始まっていない段階なので、既に成長体へと進化しているサクラの桜にとっては楽勝ではある。楽勝ではあるがLv9以上の幼生体でなければ進化ポイントが手に入らない点には要注意だ。


「『葉っぱカッター』! むぅ、今回のネズミは進化ポイントが貰えませんでした! 幼生体のLv9以上じゃないと進化ポイントが貰えないのが面倒ですよねー。ともかく、ひたすら狩りまくりです!」


 今回は忘れることなく、しっかりと覚えていたようである。まぁ前回の最後に狩ってた時にその辺は体感しているだろうから、当然と言えば当然か。

 それはそうとして、識別でLvを確認してから戦う気はないのだろうか? いや、どっちにしても交戦状態になるから、あまり大差はないのだが気分的には違うはず。



【3】


 しばらく幼生体を狩り続けたサクラは、なんとか『範囲拡大』の解放に必要なだけの進化ポイントを確保し終えた。まぁ追加で必要な進化ポイントは2だったから、大して時間はかかっていない。

 ライオンの時とは違って敵の方を誘き寄せているから、ちゃんと倒せるだけの強さになっていれば決して効率は悪くないのである。


「ふっふっふ、これで『範囲拡大』を解放出来ますね! それじゃ早速解放していきましょう!」


 サクラは知恵のスキルツリーの第4段階の『範囲拡大』を解放していく。そして解放したと同時に、サクラの桜の木の根がより広い範囲に根を伸ばし始めていた。

 他のパッシブスキルには基本的にLvが存在していないが、例外的にLvが存在しているのがこの『範囲拡大』である。拡大された活動範囲の中で敵を倒せば倒すほどに、Lvが上がっていくという仕様なのだ。


「わっ!? マップ機能が解放されましたよ!? 木でのマップの解放ってこうなってるんですね!」


 いや、動かないままでどうやってマップを解放しようと思ってたの? そういう育て方があるんだから、それに合わせたシステムがあるのは当然だから。


「それで、これからどうすればどうなるんです? あ、チュートリアルが始まりましたね! これはちゃんと確認しておかないと駄目なやつです!」


 うんうん、ちゃんとその辺は学習してくれているようで何より。最初はチュートリアルをすっ飛ばして、キャラの操作すら怪しかったのだから、随分と成長してくれたものだ。


「えっと、視点移動モードに切り替えるんですか? おぉ、地面を這って……って、これって地面の上に根が出て、そこから見てる感じですかねー!? むぅ……」


 なんだか不満そうなサクラだけど、そういう仕様じゃないと周囲のあらゆるものを透視する事になるから! というか、そこまで根を動かす事への忌避感があるのはなぜ!?


「あ、でもこれはこれで楽しいですね! えっと、それで攻撃をする場合は……攻撃モードに切り替えるんです? なんだか(遠隔)と(分体)の2種類ありますけど、片方しか選べないですね? まぁ、とりあえず選べる方の(分体)でやってみましょう!」


 そしてサクラが戦闘モードへと切り替えると、その視点がどんどんと高くなっていく。そこから見えるのは、舞い散る桜の花びらや伸びた幹。ただし、元の桜の木ほどの規模ではない。


「わっ!? え、根から小さめの桜の木が生えましたよ!? 戦闘モード(分体)って、こういう事なんですね! あ、この状態で死んだら10分間は再使用不可になるんですか!」


 分体の桜が死んでも本体の桜の木が死ぬことはないが、一定時間の活動制限はかかる。まぁランダムリスポーンにならないだけ、相当違ったものにはなるが。ちなみにこの手の敵は、結構厄介なのでイージーでは出現する事はない。


「(遠隔)の方も気になりますけど、こっちが使えないのはなんでですかねー?」


 それは凄く単純な話で、根を使った攻撃を持っているかどうかの違いである。今はまだそれを1つも持っていないサクラだから使えないだけだ。というか、それはチュートリアルの説明で出てるからちゃんと読んで!?


「まぁいいです! それじゃこれを活用して、エリアボスの捜索開始ですね!」


 いや、そのスルーはよくないから!? やっぱり視聴者からのツッコミは必要なもののようである。……そんな感じで視点移動モードへ戻して、分体の木を消して、エリアボスの捜索を始めるサクラであった。

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