第178話 実況外の探検録 Part.8


【1】


 和風なVR空間にある机の前に、銀髪の九尾の狐をモチーフにした女の子のアバターが正座をしていた。普段の様子とは少し違い、緊張している様子が窺える。


「すー、はー、すー、はー!」


 緊張を解す様にサクラは深呼吸を繰り返していた。流石に姉のやらかした事の後では、妙な緊張が出てしまうのは仕方がないだろう。


「えっと、これからモンエボの続きをやっていくんですけど、その前に少しだけ! SNSでなんだか妙に拡散されてて、作風が似てるみたいな意見を見ました!」


 どうやら姉からの多数の謝罪メッセージは放置にしたまま、先ほどの件にここで言及しておくようである。姉のように変な発言をしたら望んでいないことになる可能性もあるのだが、果たしてどう話す気なのであろうか。


「立花サナさんのデザインは昔から好きでよく見てたので、その辺が似ちゃったんだと思います! 私の作ったものをプロの方と比べるのは変に迷惑がかかるので、その辺りはご理解ください!」


 そう言いながら、サクラは頭を下げていく。まぁ姉がプロとして活動を始める前……それこそサクラ自身が幼少期の頃から眺めていたのだから、そこに嘘はない。それどころか、自宅に姉としても最高傑作と言い切るほどの物が残されていて、日常的に見ているのだから多大な影響を受けているのは間違いない。

 そしてサクラの気に入っている、姉の最高傑作。その見事な桜が望めるVR空間の和室の維持に苦労しているのは兄ではある。


「私も立花サナさんに拡散されるとは思っていなかったので、びっくりしています!」


 これもまた事実ではあるが、この『びっくり』はこの映像を見る多数の人とは全く違った意味合いである。わざわざサクラの姉は仕事名義の『立花サナ』のアカウントではなく、プライベート用の『サツキ』のアカウントで接していたのに、あのような事態になったのだから。


「それで特に何かある訳じゃないので気にしないでくださいねー! というか、お金がもらえるなら企業案件はばっちこいですよー! まぁ来ないと思うので、冗談ですけどねー!」


 そんな風に冗談らしく気軽に言うけども、実際に話が来た場合はどうする気なのだろうか。というか、姉の旦那であれば全ての状況を正しく把握している上に、営業面を全面的に引き受けているので、本当に伝手があるのだが……。

 そしてサクラ自身、もう少し自分が作っているものの精度の高さの自覚をすべきである。姉を真似た部分と独学が大半を占めていて無駄が多いという欠点はあるが、そこら辺をどうにか出来れば、通用する可能性はあるのだ。


「それじゃ、モンエボの実況外でのプレイを始めていきますね! 今日は先にライオンで丘陵エリアの西の端まで移動からです!」


 軽くサクラなりの偽りのない事情説明をした後に、モンエボの起動を始めていく。これを見た姉の反応は果たしてどういうものになるのか……。




【2】


「うーん、まだ結構遠いですねー! えいや!」


 起伏の多い丘陵エリアをご機嫌に駆け抜けていくのはサクラの操作するライオンである。倒しやすそうな敵を見かければ、疾走で急加速をして体当たりを繰り返して撃破しながらの移動の最中だった。


「あ、疾走が切れました。急加速を使って倒すと、すぐに効果時間が無くなるのも困ったものですね……」


 その急加速は効果時間を消費して行うものなので、その辺りは仕方がない。出来るだけ早く疾走の効果を切りたい場合には有用な手段でもあるので、排他的な利用になるのは現時点ではどうしようもない部分である。


「まぁいいです! 再使用時間が過ぎるのを待ってる間に、もう少しで上がりそうだと言ってたスキルを使っていきましょう! スキルを使うのが目的なら、Lvが高めの敵でも良いですよねー!」


 そうして色々な攻撃スキルのLv上げを目的にして、サクラは効果中の看破で敵を探し始めていく。西の端まではまだまだ距離があるのだが、移動よりも進化ポイントとスキルのLv上げを優先していくようだ。


「あ、俊敏なトカゲを発見です! って、逃げましたよ!? そこのトカゲ、待てー!」


 サクラに見つかった瞬間に、逃げに転じたLv19の俊敏なトカゲをサクラが追いかけていく。だが、全然追いつける様子がない。


「って、速過ぎませんかねー!? でも、逃がしません! 『咆哮』! あ、躱されました!?」


 ライオンの咆哮を躱し、更に逃げる速度を上げていく。走って追いつけない、逃げている相手に遠距離攻撃は当てにくいものである。


「このトカゲ、待てー! 『放電』! 『放電』! 『放電』!」


 追いかけながら放電で何度も攻撃をして、それは次々とトカゲに直撃していく。マニュアル操作での狙いは、扱い切れれば命中精度はスキルの補正よりも上になる。だから、この状況では有効な手段ではあり、当たった瞬間に動きが少し鈍るのでその間に距離を詰める事には成功していた。


「ふっふっふ、逃がしませんよー! 『放電』!」


 ご機嫌な様子で放電を繰り返してトカゲを追っていくサクラであった。おい、目的の1つのスキルLvを上げるのはどこに行った? 遠距離から放電だけで削っていても、狙いのスキルのLvは上がらないぞ。

 そもそも逃げているトカゲは南東方向に進んでいる。誰かトカゲを追う事に夢中になってしまって、色んな目的を見失ってるサクラにツッコミを! そのトカゲ、無理に追いかける必要性はどこにもないから!




【3】


「……やらかしました!」


 トカゲを放電だけで倒した後で、盛大に地面に突っ伏して凹んでいるサクラであった。無駄に追いかけ回した後で、折角進んだ距離も少し戻ってしまっている。まぁ幸いなのは、そこまで長距離ではない事だろうか。


「過ぎた事を気にしてても仕方ないですね! でも1回だけ、疾走で移動のみに集中しましょう! 『疾走』!」


 そうして意識を切り替えながら、サクラは疾走を開始した。……まぁ時間は有限なので、その判断は間違いではない。変にトカゲを追いかけなければ済んでいた話ではあるのだが……。


「ふふーん、それにしてもやっぱり丘陵エリアは気持ちいいですねー!」


 さっきまでの凹んでいた様子はどこへやら、ご機嫌な様子で西へと進んでいく。このままさっきみたいな変な脱線もなく、無事に目的地まで辿り着いて欲しいものである。




【4】


「よーし、そろそろ西の端に近付いてきましたね! この辺で改めてスキルのLv上げを狙っていきましょう!」


 結局、疾走だけで移動を中心にして移動したサクラであったが、もう少しで西の端に辿り着く辺りで移動を止めていく。どうやら少し手前の位置で、もう1つの目的に設定したスキルのLv上げをやっていくようである。


「さーて、何がいますかねー? 『看破』!」


 周囲にはそれほど変わった敵もおらず、Lv15~18程度の適度に倒しやすい敵がチラホラと見えている。何体かLv20の個体もいるが、無理にそこを狙う必要はない。


「ふっふっふ、良い感じですね! もう目的地は目前ですし、スキルのLvを上げていくのです! まずは、そこの器用なネズミから! 『爪撃』!」


 そうしてスキルのLv上げの為の戦闘が始まった。もう目的地の目前まで来ているので、ここで変なミスをして死んでランダムリスポーンになったりしない限りは問題はないだろう。


「おぉ、いきなり爪撃のLvが3に上がりました! もう本当に上がる寸前まで来てたんですね! この調子で頑張ってスキルLv を上げていきますよー! 『連爪』!」


 戦闘を始めてすぐにスキルLvが上がった事で、サクラのテンションも同時に上がっていた。まぁ上げたいスキルは複数あるから、1つ目が早い段階で達成したのは良い事である。


「ふっふっふ、爪撃も連爪も屈強が上がってるので威力が上がってますね! 『振り回し』でトドメです!」


 ライオンの前脚で叩き潰されたネズミの生命が全て無くなり撃破完了である。屈強のステータスが上がっている事と、少し格下の敵という事で簡単に倒せていた。

 キャラのLvは成長体での上限に達しているので経験値は意味ないが、進化ポイントが手に入るのは大きな利点だ。


「おぉ、振り回しもLv2に上がりました! この調子で頑張っていきますよー!」


 そして爪撃に続き、振り回しのLvも上がった事でサクラのテンションは更に上がっていった。気分的なものも操作に良い影響があり、そこからは順調にスキルLvの上げて、進化ポイントも稼げている。


 目的を達成してライオンの育成を切り上げた時には、この実況外のプレイで進化ポイントは15ほど追加され63になり、連爪と体当たりもLv3になっていた。かなりの成果になったと言えるだろう。

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