第84話 ドワーフ鉱山異常あり
鼻歌まじりにスキップを踏みながら、ギスカが帰ってきた。
ステップの度に、ジャラジャラと音がするので、かなりの量の鉱石を買い込んだらしい。
姿を現した彼女は、カバンをパンパンにし、リュックもパンパン、さらには車輪のついた木製のカバンまで鉱石でいっぱいにしていた。
「聞いとくれ! こんなにたくさんの鉱石がお買い得でさ! アキンドー商会があたいがたくさん買うからって仕入れておいてくれたのさ! もう買い占めるしかないね! これでまた、鉱石魔法が使い放題だよ!」
弾む声色、赤らむ頬。
ギスカは喜びに満ち溢れていた。
「帰ってきたかギスカ! うげえ、なんじゃその量の鉱石は!」
そこに水を差したのが、ギスカの兄を名乗るドワーフ、ディゴであった。
彼の声を聞いて、ギスカの動きがピタッと止まった。
そして、じろりとディゴを見る。
「なんだい!! せっかく顔を見なくなってせいせいしたと思ったら、だめアニキじゃないかい! あたいが今、自分の腕一本で外の世界を渡ってるって時に、何しに来たんだい! ったく、せっかく気分良く買い物してきたのに、空気の読めない物言いなんかしてさ……。そら、帰んな帰んな!!」
「いやいやいや! 来たばかりだぞおいらは! それにおいらの用事はお前だギスカ!」
「あーあー、聞きたくない! 厄介事を持ってきたんだろう? あたいは外の世界を楽しんでるんだ! あの暗くて色のない穴蔵には戻りたくないね!」
ギスカの物言いに、イングリドが首を傾げた。
「色がない、とはどういうことだろう?」
「ああ、それはね。暗視をする時、俺たち暗視が利く種族も、夜目が慣れてきた人間も、色を感じにくくなるんだ。どうやら、暗視を司る目の仕組みが、色を排除してしまうようでね。俺たちは光の下でしか色を見ることができない。そして、ドワーフは緑と赤の色を見分けるのが苦手なんだそうだ。彼らには灰色に見える」
「そうだったのか!」
「以前もギスカが言っていただろう? ドワーフの男性は色を見分けることが不得意だ。だから、彼らの住居には色が少ない。ましてや、暗い鉱山の中で、暗視能力のあるドワーフのことだ。彼らの世界は、灰色なのかも知れない」
「そうさ!」
鼻息も荒く、ギスカが胸を張った。
「色を見分けられるのはね、ドワーフでは女の一部にしか生まれてこない才能なのさ! せっかくそんな力を持って生まれてきたのに、ずーっと鉱山の色の無い世界で暮らすなんてまっぴらさ! あたいは鉱石魔法の才能もあったから、超一流の腕を身に着けて外に飛び出してきたんだよ!」
これが、ギスカが旅立った本当の理由というやつらしい。
彼女にとって、鉱山の外の世界は色彩に満ち溢れた素晴らしい場所なのだろう。
何を求めるでもなく、ラッキークラウンの冒険にどこまでも付き合ってくれた彼女だったが、その理由はこれだったのだ。
旅をして、様々な物を見ることが、ギスカにとっての最高の報酬だったわけだな。
「頼むギスカー! 鉱山が大変なんだ! なんか地の底から、火の塊みたいなモンスターが上がってきて大騒ぎなんだ!」
「知らないよっ! 鉱山のことは鉱山でなんとかおし! あたいは帰らない! かーえーらーなーいーっ!!」
フリッカがこの様子を見て、生暖かい表情になった。
「あれやね。うち、ネレウス関係の時あんな感じだったんやね……。あー、なんちゅうかね、若いわ。うん、若いわー」
達観したようなことを言う。
だが、ディゴの言うことは聞き捨てならない内容ではある。
「ディゴ、詳しい話を聞かせてもらえないかな? ちなみにその話を仕事として依頼するには、まずギルドを通すのが筋というものでね……」
「あっ、道化師が話にずかずか入り込んできたよ! こ、これは受ける流れだね!?」
ギスカがいやいやする。
「ギスカ。君にとっては既知の世界かもしれないが、俺たちにとって鉱山は未知の世界なんだ。どういう仕組で、そこにドワーフたちが暮らしているのか。どういう生活環境になっているのか……。興味が尽きない……」
「オーギュストが完全にやる気になったので、もう止まらないな。私も、ドワーフがどういう暮らしをしてるのかは気になっていた。いいじゃないかギスカ。たまには里帰りしても。仕事が終わったらまた旅立てばいい」
「うぐううう」
なんという顔をするのだ。
本当に地元に帰りたくないのだな。
ディゴはパッと表情を明るくし、うんうんと何度も頷いた。
「そうかそうか! 助けてくれるのか! ありがてえ、ありがてえ……。これで鉱山は救われる……。おいら、あのタートル鉱山の土地勘しかねえから、あそこがダメになって他で働けって言われても自信がなくってさ……」
「うむ。基本的に人は、住まいをそう頻繁には変えないものさ。その環境で身に着けた土地勘と生活習慣は、大事な財産だからね。ではギルドを通じて我々に依頼をするように。そして詳しい話を聞かせるんだ。何から話せばいいか分からないなら、まずは俺が酒を奢ってやろう。君たちは酒を飲むと機嫌が良くなるだろう? 俺はよく知っているんだ」
「ああ~。なし崩し的に話が進んでいくよう。今日ばかりは、道化師の話の早さが恨めしいぃぃぃぃ」
しおしおとその場に崩れ落ちるギスカを、ぽんぽんと肩をたたいて慰めるイングリド。
そしていい笑顔でこう告げた。
「飲もう!」
そういうことになるのだった。
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