第45話 対面ネレウス・ハッタリ戦
水底にて、渦潮の根本を抜ける。
そこから浮上に移るのだが、明らかに渦の密度が薄くなっている。
「ゴボボー」
あ、待てイングリド!
急浮上するとよくないぞ。
それなりのペースで……。
身振り手振りで伝えると、彼女は頷いた。かなり肺活量が多いようである。
まだまだ余裕そうだな。
俺たちは無理のないペースで、ゆったりと浮上していった。
いや、これはオルカ騎士団が潜れたとしても、水中呼吸の魔法がない限りは突破不能だろう。
念の入ったことだ。
ぷかりと水面から顔を出す、俺とイングリド。
「ふうー。ここまで長く水中にいたのは初めてだな!」
イングリドが快活に告げた。
声が大変おおきい。
「うわっ、何者だ!?」
気付かれてしまった。
うわっ、とか本音が出たな?
仕方ないので、オルカの上に立って全身を現すことにした。
「俺だ」
「くっ、魔力の反応も何もなかったというのに、いつの間に……!!」
そこにいたのは、青白いクラーケンの腹に乗った男だった。
青い肌に、金色の瞳をしている。
耳は尖っており、その上から四本の短い角が生えていた。
「普通に息を止め、下から潜ってきたのだよ……」
「原始的手段!! どうして息が続いたのだ!」
「俺は素潜りスキルがあり、イングリドは肺活量が凄かったのだ」
「なん……だと……。力押し……!?」
愕然とするその男こそ、魔族ネレウスであろう。
思ったよりも想定外の事に弱そうだな。
「今の君の考えは、こうだ。これまで渦潮の魔法を力押しで掻い潜られたことはないというのに……だ!」
「これまで渦潮の魔法を力押しで掻い潜られたことはないというのに……はっ!? き、貴様!」
俺が口にした通りの言葉を喋って、ハッとするネレウス。
イングリドが目を丸くして、「えっ、心を読んだのか!? 道化師というのは凄いんだなあ!!」などと素直に感心しているが、そうではない。
先に、彼の思考に形を与えることで、思わず発してしまう言葉を誘導したのである。
そしてこれは、聞いたままのパフォーマンス以上に意味があるのだ。
ネレウスはクラーケンの上を歩きながら、俺を睨みつけてくる。
全身から警戒する気配を漂わせているではないか。
そう。
こちらの実力を、本来以上に大きく見せることができるのだ。
思考を読んでしまうほどの相手。並大抵ではあるまい。
ネレウスが純血種に使い魔族ならばこそ、渦潮の魔法と、今の言葉の先読み、二つの意味で上回られたという認識。
これを無視することはできまい。
「お前も……魔族か?」
「その通り」
ここはハッタリである。
既に、オルカは俺と以心伝心。
足先の動きで意図を察し、スイーッとクラーケンの横を泳いでいく。
「キングバイ王国に雇われ、君を止めに来た。君はマールイ王国に雇われているな?」
「むっ!? 何の証拠がある」
なんと隠し事が下手な男だろう。
彼は、この間邂逅した腐敗神の司祭とは違い、謀略に向いていないタイプだ。
つまり、イングリドのように、実際に力を用いてドンパチやりあうタイプであろう。
できれば海の上、しかも渦潮に囲まれて逃げ場がない状況では戦いたくないな。
それに、観客がいない状況ではやる気が出ない。
ここはハッタリで彼にご退散願おう。
「まず、この俺は、マールイ王国に務めていた事がある。故に、かの国のシステムをよく知っている。あの国からどれだけ前金をもらえたのかは知らないが、後の本報酬は期待しない方が良いぞ」
「な、なんだと!? デタラメを言うな!」
「でたらめではない。いいか、よく考えてみろ。海軍をろくにもたないマールイ王国が、どうして海運を主とするキングバイ王国に戦争を仕掛ける? そこに勝ちの目はあるか? マールイ王国は、さらに隣国であるガットルテ王国とも険悪な状況に陥っている。孤立無援だ。これに加えて、マールイ王国は独自の生産物が農産物しかない。産業的な強みがないのだ。即ち、付加価値による商売ができない。なのに、隣国と海運国を敵に回している」
「む、むむうーっ!!」
ネレウスが唸った。
「本当に君は口が回るなあ」
イングリドがのんきに感心している。
「マールイ王国は、海戦を行うなら、全ての戦闘行動を君にやってもらわねば回らない。寝る間も無くこき使われるぞ? 今も、追加の指示が無いまま、ずっとここで渦潮を作って立ち往生しているのだろう?」
「ぬ、ぬぬうううっ」
図星らしい。
ネレウスは、キングバイ王国と大陸を隔てるよう渦潮を作ったはいいが、宣戦布告をしただけで、あとは何の動きも見せていないのだ。
これは、これをこうしろという指示がマールイ王国から出ていないためだ。
無論、マールイ王国に、戦場を俯瞰して見た上で戦略を立てられる人物などいない。
ネレウスに何もかも放り投げて、すっかり安心しているのだ。
「いいか? かつてマールイ王国にいた立場から君に忠告する。彼らは無能だ。君にキングバイ王国の足止めを依頼した後は、何も考えていないぞ。このまま永遠に、君にこの状況を維持させるか、あるいは君単体でキングバイ王国と戦うよう指示を出すか、どちらかだ。いかに魔族とは言えど、たった一人で一国を相手取るのは難しかろう」
「ぐぬう……!」
純血種に近いという魔族、ネレウス。
だが、純血種で無いならば、睡眠も食事も必要になる。
ちなみに純血種は、存在するだけで魔力を消費し続けるわけで、純血種でなくなれば存在に魔力消費が不要になるので、どちらがマシかという話ではない。
どちらにもいいところ、悪いところがあるのだ。
「俺は交渉に来たのだ、ネレウス。俺の名はオーギュスト。マールイ王国で百年もの間、王宮道化師をしてきた者だ。それが今は、クビになった。いいか? 百年尽くしてきた相手を容易にクビにするような国だぞ? それが、雇い主としての誠意を見せてくれると思うかね? 見せるわけがないだろう」
「き、貴様がマールイ王国の関係者だったという証拠は!」
「君に仕事を依頼したのは、大臣のガルフスかね? これこれ、こういう顔立ちで、やたらと人を見下した感じの。それに、偉そうな顔をした大男が付き従って無かったかね? 騎士団長のバリカス。そしてキツネのような顔をした外交官」
ネレウスの顔色が、みるみる変わっていった。
青い肌の魔族の血の気が引くと、白くなるのだな。
「彼らは三人とも出たがりだからね。自分を大きく見せて、君に言うことを聞かせて悦に入っていたのさ。さあネレウス! 彼らに真実を問いただしに行きたまえ! そして残りの報酬を受け取るべきだ! 何せ、君は何の音沙汰も無いまま、ずっとここで渦潮を維持し続けたのだ! ……充分に仕事をしたとは思わないかね?」
「……悪魔のささやきだなあ」
黙っていたまえ、イングリド。
俺の話を聞いたネレウスは、なんとも言えぬ表情になった。
そして、何かを決意したようで、呪文を唱える。
これは、渦潮の魔法を解除しているのだ。
まだ渦は巻いているが、すぐに収まるだろう。
「マールイ王国にて、奴らの真意を確かめて来てやる。貴様の言葉が嘘だったなら、次に会ったときは覚えていろよ」
「俺は記憶力がいい方でね。覚えているとも」
「くっ、口だけは回る……!!」
それだけ告げると、ネレウスはクラーケンに乗って深く深く潜航して行った。
このまま真っ直ぐ、マールイ王国へ向かうのだろう。
「さて、これで仕事はおしまいだ。渦潮が収まれば、船は行き来できるだろう? それに、ネレウスまでの距離を伝えれば、キングバイ王国は遠距離攻撃が可能な武器をすぐに手配するだろうさ」
「うーん、抜け目がない……。しかし今回、私は何もしなかったな」
首をかしげるイングリドに、俺はウインクをした。
「幸運にも、ネレウスが俺の言葉を信じてくれただろう? 最良の結果だ。意味はあった。さあ、帰還して、船の上のギスカを迎えに行くぞ!」
観客がいない仕事は、さっさと終える。
身を危険にさらすなどもっての他なのだ。
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