第44話 渦潮を越えて

 実際に自分で行ってみなければ、魔族の手の内は分かるまい。


「ではオルカ騎士団の皆様! この道化師めに、オルカを一頭貸し与えては下さいませんか?」


 俺が仰々しく礼をすると、今さっきイングリドへの指導を終えて戻ってきた副団長、グットルムが変なものを見るような目をした。


「……お前も乗るのか? 道化師がオルカに? お嬢ちゃんみたいに簡単にはいかねえぞ」


「承知の上です。ですが、我が身を投じて渦潮の脅威を知らねば、対策は立てられますまい!」


「確かにな。団長、いいんですかい?」


「その人の好きにさせてやってくれ。状況を悪くするようなことは絶対しない人だから」


「ヒュウ! すげえ信頼だなあ……。だがよ、団長。オルカに乗れるかどうかは、あいつらが選ぶんだぜ。例え団長がいいって言っても、簡単にあいつらが背中に乗せてくれるとは……」


 あいつら、とはオルカのことであろう。

 確かに、彼らは賢く、そして誇り高き海の獣である。

 背に乗せるともなると、長年培った信頼関係か、初見でもわかる程の相性が必要になる……普通は。


「ではご覧あれ。我が無数のスキルの一つ! オルカライド!」


 俺は船べりに足を掛け、鋭く指笛を吹き鳴らした。

 これが同族の鳴き声に聞こえたのだろう。

 近くにいたオルカが一頭、浮上してきて鼻先を向けた。


 オルカに向けて飛び降りる俺。

 キュイッ!?と驚くオルカ。

 落下までに、短く指笛を連続で鳴らす。


 キュッ!と返事があり、彼は背中を見せた。

 そう、彼は若いオスだ。

 俺の指笛での交渉に応じ、乗せてくれることになったのだ。


 スタッと黒い背中に乗ると、船の上からうおおおおっとどよめきが漏れた。


「立ちやがった!!」


「なんで立てるんだ……」


「オルカ痛くないのあれ?」


 オルカ騎士団の諸君の常識からすると、理解できないだろう。

 ここは解説しよう。


「皆様! どこにどのような部分が来るかを察していれば、例え曲面だろうと平地のように着地できる! そして接地のタイミングで、彼は上手く水に沈み込み、衝撃を吸収したのだ! わたくしめも、皆様方が騎士団を始める前に海獣に乗ることがありましてね! そして身につけたこの芸当! さあ!」


 指笛を鋭く鳴らすと、俺を乗せたオルカ氏が猛然と泳ぎだした。

 そしてもう一度鳴らすと、俺を乗せたまま高く飛び上がる。


 うおおーっとどよめく、オルカ騎士団。

 俺のオルカは、イングリドのオルカに並んで泳ぎ始めた。


「おお! オーギュストも来たのか! ……なんだ、いつもの格好じゃないか。大丈夫か? 海に落ちたら泳げなくて死んだりしないだろうな?」


「君は最近、自分から不吉な話をするな?」


「そう言えば……。オーギュストのお陰で、前向きになったからかもしれないな」


 微笑むイングリドだが、前向きになったあとのセリフが「死なないだろうな」なのはいかがなものか。

 まあ、それは後で追求するとしよう。

 今、俺とイングリドの眼前に迫っているのは、魔法で生み出された大渦潮。


 一つだけではない。

 幾つもの渦潮が重なり合い、海を塞いでいる。

 これを迂回して航海するとなると、とんでもないタイムロスが発生することだろう。


「これは凄まじいな……! 船など巻き込まれたら、バラバラにされてしまうだろう!」


 先程乗ったばかりだと言うのに、オルカを見事に御するイングリド。

 渦潮の周りをゆったりと泳いでいる。

 凄まじいのは彼女の方だと思うが……!


「イングリドは聞いていなかったかもしれないが、この事象を引き起こしたのは、魔族ネレウス。純血種に近い強大な魔族だ。彼は、イカのモンスターに乗って姿を現したとされている。人を載せられ、高速で泳ぐことができるイカといえば……クラーケンだろう」


 俺はオルカを、渦潮の近くまで進ませる。


「そして、そのクラーケンはその巨体ゆえ、どうやっても渦潮に引っかかる。ではクラーケンを動かすときだけ渦潮を消すか? 否。この魔法は、毒霧の奇跡とは違う。召喚されたのではなく、ここにある海水と海流を操作して引き起こした超自然現状だ。そのために、魔法の行使を止めても、しばらくの間渦は残り続け、渦が消えた後に魔法を使用すれば、渦が再び生まれるまで相当な時間が掛かる。そう、精霊魔法のメイルシュトロームという魔法だ」


「詳しい……。しかし君は本当に口が回るな……」


「魔法学を心得ているからね。そしてメイルシュトロームは、二箇所の弱点が存在する。そこには、影響を及ぼせないのだ」


「な、なんだって!? どこなんだ!」


「まずは空だ」


「なるほど!! ……いや、オーギュスト、空は飛べないだろう……。オルカのジャンプだって、渦潮を飛び越せるほどじゃない」


「ああ、その通りだ。ならば、もう一つはどこか?」


 俺はイングリドに問いながら、指先を海に向けた。


「もしや……水の底……?」


「その通り。渦潮は水面に近づくほど大きくなる。逆に、水中ならばその影響する幅はごく小さくなる。水底ならば、ほぼ動きはないと言っていい」


「なるほど! よし、潜るぞ!!」


 イングリドが宣言すると、彼女を乗せたオルカが即座に応じた。

 あっという間に潜航していく。

 さすが、決断が圧倒的に早い。


 彼女がそう選択したということは、俺の考えが正しかったという証左である。


「俺たちも行くぞ。彼女の尻を追え!」


 オルカはキュイッと返事をすると、猛然と前方のオルカの尾を追い、潜航していくのだった。

 渦潮の姿が、側面から見える。

 それは、水中に発生した竜巻だ。


 違うのは、渦潮の深さはさほどでもないということ。

 水の中は、海上と違って静かである。


 オルカはすぐにイングリドへと追いつき、並んだ。

 眼前には、林立する渦潮の末端。


 隙間だらけだ。

 通っていくのは難しくない。

 俺は彼女に手で合図を送り、先行してもらうのだった。


 頼むぞ幸運スキル。

 バッチリな場所に浮上させてくれよ……!

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