第32話 鉱石の魔法

「さあて、お見せしようかい! ドワーフ魔法……いやさ、鉱石魔法使い、ギスカ様の腕前をね! あたいはこいつを世界に広めるためにやって来たのさ!」


 ぶんっと杖を振り回すギスカ。

 握りしめている彼女の指先、爪色も鉱石のように輝いている。

 よく見れば、杖は何かの木の根に色とりどりの石を埋め込んだものだ。


 彼女が魔力を込めているのか、石がきらきらと輝く。


「藍青石よ、力をお貸し! 深い青から生まれる、偽りの水! ウォータースラッシュ!」


 生まれでたのは、深い藍色の輝き。

 それが刃となって、ゴブリンに襲いかかった。


「ギギイッ!!」


 そう叫んだゴブリンが、胴体を斜めに深く切り裂かれて倒れる。


「なるほど! 鉱石を媒体として、似た色の現象を発生させる魔法、それが鉱石魔法か! 確かに聞いたことがある!」


「あんた、なかなか博識だねえ。あたいらドワーフは、闇の中で暮らすから物の色を見る能力が衰えてるのさ。だけどたまに、色を正確に見分けられる者が生まれる。そういう選ばれたドワーフが、鉱石魔法の使い手になれるんだよ!」


「なるほど。未知の世界のお話だ。後々、詳しく聞かせて欲しい……なっと!」


 近づいていたゴブリンに、ナイフを連続で投擲する。

 その全てが、彼らの額に根本まで突き刺さった。


 頭蓋骨は堅牢でも、ゴブリンの頭部には隙間があるのだ。

 あの大きな眼球を支えるため、眼孔部分が中央でつながっている。

 そこを突けば一発というわけだ。


 ちなみに、そんな小技が必要ない人もいる。


「うおおおお!」


「ゴブワーッ!?」


 薙ぎ払う槍が、ゴブリンを三匹まとめて吹き飛ばす。


「はああああ!」


「ゴブワーッ!?」


 振り下ろす剣が、ゴブリンを頭から股下まで真っ二つにする。

 鬼神の如き強さで、イングリドが戦っている。

 一振りするごとにゴブリンが減るのだ。


 ゴブリンは、その数を頼みに、相手を包囲してから物量で押しつぶす。

 単体では弱くても、相手の手数よりもゴブリンの手数が勝っていればいいのだ。

 それなりの戦士でも、危なくなることは多い。


 だが、ゴブリンの数そのものが無意味になってしまえば、彼らは狩られる獣と同じだ。

 イングリドはそういう戦士だった。

 格が違う。


 彼女の前にたった瞬間、ゴブリンは死ぬ。

 背後に回ろうと動いても、振り回される槍によってなぎ倒される。


「凄いじゃないか、あの女戦士! ……本当に女戦士かい? うちの穴蔵の戦士だって、あんな勇ましく戦えないよ……?」


「今回は敵が小粒だから、リラックスしているよ、あれでも」


 ギスカと談笑しながら、俺は次々にナイフを投げる。

 荷馬車にはただ一匹のゴブリンだって接近できない。

 集団はイングリドが蹴散らし、奇襲を試みる連中は俺が仕留める。


 離れたゴブリンは、ギスカの魔法によって打ち倒される。


 他の冒険者たちの出番など無い。

 煮立た湯が水になるのの半分ほどの時間で、ゴブリンは壊滅的な打撃を受けた。

 生き残りが、ほうほうの体で逃げていくのが見える。


「やったか!?」


「確かに勝ったが、イングリド。その発言は嫌な予感がするからやめてくれ」


「あーあ。こういうの、普通はあたいが活躍する場じゃないかい? なんで二人で無双してるのさ……? あたい、魔法を二、三発撃っただけだったじゃないの」


 ギスカはこう言うが、その魔法というのが馬鹿にならない。


 まずは、遠距離射撃魔法ウォータースラッシュ。

 一見すると水属性だが、あくまで擬似的な水で、正確には鉱石属性らしい。

 斬撃を与える魔法だ。


 そして、鉱石をネイルにした爪を打ち鳴らすことで火花を散らし、これを媒介にした電撃魔法スパーク。

 それなりに距離が離れたゴブリンを、一度に巻き込んで感電させていた。


「ま、戦いの後も、あたいの仕事はできるんだけどね。おーい! 誰か怪我をしてないかい! 治してやるよ! ゆっくりだけどね!」


 あまり出番が無かったとは言っても、他の冒険者たちにはけが人がちらほらいるようだ。

 ついでに、ゴブリンにびっくりして怪我をした馬までやって来た。


「はいはい、ここに集まってね。鉱石魔法の治癒はね、あんたらの自然治癒能力を高めるものなのさ。一時間かけて、そこそこ怪我が治るくらい? 野営地についたらもう一回やったほうがいいだろうね。ほい! 土よ、大地よ、鉱石よ! お前たちの力をお貸し! アースヒール!」


 呪文を唱えながら、ギスカは集められた者たちの周囲を歩いた。

 杖で地面をガリガリ削ると、少々いびつな円ができる。


 そして、彼女が魔法の名を口にした途端、円はぼんやりと光りだした。


「おおっ! 痛みが引いていくぜ……」


「こりゃあすげえ。何人もまとめて治せるのかよ」


「なるほど、これが鉱石魔法か! 凄いな!」


 俺は素直に感心した。

 未知の魔法である。

 というのも、どうやらこれは、ドワーフから稀に現れる色を見分ける者だけのための、極めて希少な魔法であるらしいからだ。


 本来は、一つの鉱山の中に一人か二人いれば充分くらい。

 しかも、彼らの希少な力は、ドワーフが住まう鉱山を維持するために使われるのだろう。


 外の世界で見かけないはずだ。


 今回のようなゴブリン程度を相手にしては、真価は発揮できまい。

 この護衛の旅の中で、ギスカの実力を見極めたいと思う俺なのだった。


「オーギュスト、もしや、彼女を3人目の仲間にしようと思っているのか?」


「ああ、そうだ。どうやら鉱石魔法は万能の魔法体系の様子。スキルで万能の俺に、魔法で万能のギスカが加われば、怖いものなしだと思わないか?」


「それはそうだが……」


 イングリドは悩ましげな顔をした後、こう呟くのだった。


「死なないだろうな……? そこだけが心配だ」

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