第10話 ショータイム

『ええい、小細工を!! ならばもろともに毒の霧で死ぬがいい!! 腐食の神に乞い願う! 彼の地に腐敗の……』


 ようやくハンカチを引きちぎったマンティコアが、魔法の詠唱を始める。

 奴の周りに光が広がり、毒霧が出現し始めた。

 だが。


「腐敗の加護を返上奉る!」


 俺の喉から、マンティコアによく似た声色が飛び出す。

 これは、模倣のスキル。

 これと神学を組み合わせ、加護を下す神に、詠唱する存在を誤認させる。

 すると……。


『な、なにぃっ!? 奇跡が消えた!』


「詠唱妨害はお手の物でな。俺の前では何の魔法も使えないと思ってもらいたい」


『何だと!? 何だお前は!!』


「覚悟ぉーっ!!」


 飛び込むイングリド。

 その動きは堂に入ったものだ。

 マンティコアに思考する余裕を与えない。


『邪魔だ! 邪魔だ小娘!』


「せいっ! せい! はあっ!」


 右手に剣、左手に槍を持ち、突いたと思えば切り、攻撃を受け流しながら下がったと思えば、マンティコアが次の動きに入ろうという瞬間には踏み込み、その挙動の邪魔をする。


 仲間たちが全滅してもなお、一人で仕事を達成してきた実力者だ。

 なるほど、強い。


『くっ、消えろ、小娘! おりゃあーっ!!』


 マンティコアの背後から、サソリのような尻尾が伸びてきた。

 これが一直線にイングリドを狙う……。

 しかし、そこに俺が割り込んだ。


 取り出したナイフを投擲。

 これが尻尾の先端に見事命中する。


『ぬうっ!』


 サソリの尾が軌道をそらされる。

 イングリドはこれを、剣の腹で受け止めたようだ。


『だが、そんな針のような攻撃でわしが……なにっ!?』


 マンティコアが俺を見て目を剥く。

 そこには、次なるナイフを取り出した俺の姿。


「ナイフが一本なわけないだろう。次々行くぞ」


 俺の右手から左手へ、そして頭上に向かって放り投げられたナイフを、右手がキャッチしてまた左手へと投げる。

 ジャグリングの要領で、都合七本のナイフが既に臨戦態勢だ。


 サソリの尾が再び攻撃できるようになる前に、俺は連続投擲を開始した。

 スキルは軽業、そして狙撃の複合。

 先程ナイフがあたった場所に、正確に残る七本を叩き込む。


『うぎゃあーっ!!』


 尾の先端が砕け散り、マンティコアは悲鳴をあげた。


「イングリド、隙ができたぞ! 畳み掛けるとしよう!」


「当然だ! うおおおーっ!!」


 イングリドの剣が、槍が加速する。

 彼女は手数で勝負するタイプだな。

 嵐のような連続攻撃が、マンティコアを壁際へと押し込んでいく。


 これには、子どもたちも大歓声だ。

 素晴らしい。

 拍手と喝采は、芸人に力を与えてくれるというもの。


 俺はこの間に、投擲紐スリングに杭を載せて放り投げる。

 狙い過たず、杭は天井近くに深々と食い込んだ。


「どれどれ……」


 フック付きロープを放り投げてみる。

 杭にそいつを引っ掛けて、ぎゅっぎゅっと引っ張って……。


「よしよし」


「飛んだ!! オーギュスト、飛んだぞこいつ!!」


『ええい、やってられるか!! わしとこいつらでは相性が悪すぎる!!』


「そう、絶対飛ぶと思った!」


 引っ掛けたロープを、素早く登る俺。

 ようやく舞い上がったマンティコアと、目線がバッチリ合った。


『なにっ!? な、なぜお前そんなところにいる!!』


「簡単な推理だよマンティコア。お前、羽があるだろう」


『そんなことで!!』


 振り子のように体を振って壁を蹴り、マンティコアへと飛び乗る俺。


『や、やめろー!?』


「これにて幕引き! マンティコア退場!」


 モンスターの首筋に、ナイフを叩き込む。

 通常、モンスターの皮膚は硬いものだが、どんな硬いものにも筋というものがある。

 筋に沿うように走らせれば、このようにするりと潜り込むものだ。


『ウグワーッ!! やめ、やめ、やめ』


 潜り込ませたナイフで、骨と骨の間の柔らかな部分と、そこから脳へと繋がる器官を断ち切る。

 すると、マンティコアが上げていた叫びがぷつりと途絶えた。

 巨体が落下する。


「よっと!」


 俺が降り立つと、背後でマンティコアが地面と激突した。

 呆然とする子どもたち。

 少し置いて、上がるのは彼らの歓声。


 これを聞いて、イングリドは天を仰いだ。


「良かった……。今回、あまり死んでない……!」


 そこ、感動するところなのか。

 いや、感動するところだな。


 これは小さな一歩だが、イングリドの死神返上のための、大いなる一歩だ。

 そして俺が冒険者として名を上げ、生活できるだけの収入を得ていくための重要な一歩なのだ。


 道化師を引退せざるをえなくなって、果たして生きる張り合いはあるものかと思えたが……。

 こうして笑顔になったイングリドと子どもたちを見て、まだまだいけるじゃないかと実感する。

 人を笑顔にするのが道化師だ。


 ならば俺は、立派に道化師をやれているな。

 どうしようもないシリアスを、希望と笑いに包まれたステージに。

 出来得る限り、果たしてやろうではないか。


「さあ帰ろう、オーギュスト! 大人たちを助けられなかったのは残念だが……生きている人がいることは、なんと素晴らしいのだろう……! よし、ついてこい、みんな!」


 わあーっと子どもたちが歓声を上げた。


 彼らの世話は、俺とイングリドに仕事を依頼してきた商会が行うだろう。

 事件は解決。

 しかし、まだ当の彼女は不安そうだった。 


「だけどオーギュスト。地上は霧に覆われてるんじゃないのか?」


 なんだ、そんなことか。


「ああ、それは問題ない。あれは、マンティコアが維持していた魔法だ。そのマンティコアが死んだ以上、魔法も消えている。あれはそういう種類の魔法だよ。ほら」


 俺たちが外に出たのは、井戸の出入り口である。


「ほら」


「ほんとだ!」


「霧がない!」


「おっと、ちょっと待っててくれよ」


 俺は慌てて外に飛び出した。

 大人たちの死体なんか、見せるもんじゃないからな。

 

 恐らく彼らは、抵抗しないで毒の霧で死んだ。

 自ら望んで生贄になったのだ。


 それだけ、ガットルテ王国に対する憎しみが深かったのだろうか。

 腐敗神の司祭マンティコアは彼らという生贄を得て、儀式は完遂されようとしていた。


 生き残っていた村人は、子どもの世話のために生かされていたのだろう。


 大人たちの死体を見えないところに隠した後、彼らを導いて王都へと向かうことになる。

 いやはや、どんな国にも闇というものはあるものだ。


 願わくば、俺の芸でそんな闇を、少しでも晴らしていきたいものだ。


 

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