102.市場

キマイラを倒し終えて晴れて街に入れるかと思ったのだが、夜であるためか街の門が閉じていた。何度か叩いてみたが反応はない。


「一晩越すか」


もう夜になっていることだし、街の外にある家の中で一日の疲れを癒やしている人々に無理やり話しかけて食材を買う必要もない。大人しく門の脇にテントを張って夜を越すことにしよう。



******



開けて翌朝。門が開く前に目を覚まし、テントと焚き火の後を片付ける。焚き火の後は主に残っている部分を“大工”スキルで消した後、残った灰を散らしておく。ここは地面に草が生えているし、そのうち飲み込まれるだろう。


そして午前7時、ようやく門が開いた。門のあたりに溜まっていた朝もやが押されてゆっくりと流れていく。


この農業都市ネフトはルクシアから向かって東にある街である。そのため、ルクシアからやってきた俺が今いる門は西門。朝日の光は街に遮られて一切届いていない。その朝と夜の中間の明るさの中で地面に漂う霧は、妙にきれいに思えた。


ほんの些細なことだが、遠くまでわざわざいかなくても美しい光景は転がっているんだぞと、突きつけられた気分だ。


開いた門をくぐって街の中に入る。


街の中の作りはルクシアとあまり変わりない。素朴な石造りやレンガ造りの家家。ただ、外から見ても感じていたのだが、ルクシアと比べると街がかなり狭い。また農業都市で取れるという食材を売っていそうな店も全く見当たらない。


あるのは数軒の鍛冶屋や工房、雑貨屋などだけ。それらにもまだ人気はほとんどなく、街全体が寂しい空気に包まれている。


「なにかあったのか?」


朝早いとは言え、ここまで活気が無いとなにか事件があったのではないかと疑ってしまう。


そのまま冒険者ギルドの前を通り抜けると、もう街の反対側だ。歩いて10分ほどで街を通り抜ける。気がつけば何も見つからないまま街の反対側の門が見える位置まで来てしまった。


だが、そこで違いに気づく。門に近づくほどにざわめきが聞こえてきたのだ。急いで門のあたりに溜まっている朝もやの中を抜け、街の東側へと出る。


まず目に飛び込んできたのは、鍬と他いくつかの農業器具を担いだ男性だ。街から離れた方向へと石畳の上を離れていく。


次に見えたのは、数匹の羊だ。後ろを牧羊犬らしき毛深い犬が追っている。


左右を見ると、ぼつぼつ、と家があるのと、その間には広大な面積の畑が広がっている。それぞれの家から鍬だったりスコップだったりを持った人々や、牛に鋤を轢かせた人達が畑へと向かっていく。


畑の収穫は一部が終わっているのか、何も生えていないところと緑が広がっているところがある。


単調な街を見てきた直後だけに、広大なその光景に見とれながら歩いていると、100メートルほど街から離れたところでいくつもの建物が密集しているのが見えた。人々もいて街なかよりよほど活気がある。


近づいていみると、そこは市場だった。まだ朝早くながら、すでに店を開けているところもある。野菜を売っている店に、肉を売っている店、それに革や羊毛などを売っている店。


おなじものを売っている店も並んでいるが、商売敵というよりは仲の良い隣人のような、そんな光景。


気がつけば、街の中の住人が野菜や肉を買いにと集まってくる。店は外側にも内側にも開かれており、一部で動物を解体したりしている。


ネフトの活動の源はここだったのだ。ここで動き始めた一日が、城壁の中で過ごす人々にも伝わり、ネフトを目覚めさせる。


なかなかに、活気があって気持ちいい街じゃあないか。


「とりあえず、小麦とトマト、後は大根だな」


トマトなんてものがこの寒い季節に取れるのだろうかと疑問には思ったが、市場にはばっちりトマトが山盛りに盛られている。


あの量を朝から収穫したのか。一体どれほど早くから活動していたのか。


とりあえずトマトと小麦、大根を買ってしまおう。


「すまない。トマトをもらいたいんだが」


「おう、一個100ゴールドだ。何個持ってくか?」


「そう、だな。50個買おう」


一つ100ゴールドなら50個買っても5000ゴールド。まだゴールドは残る。


「お、結構買ってくれるね。なら、袋をつけてやろう」


そう言って店の主は、二つの布袋にトマトを詰めてこちらに渡してくる。


「ほい、50個だ」


「ああ」


ゴールドを支払って受け取ったトマトを、食料用のズタ袋にしまう。まだまだ容量に空きはありそうだ。最大80キロ入るネクサス製のマジックバッグである。


トマトが買えた後は小麦、そして大根だ。と行きたいところだが小麦はまだしも大根は外気と大して変わらないマジックバッグの中では保たないだろう。また北に戻る前に買いに戻ることして、小麦だけを買う。


小麦は、布の袋の中にすでに粉になったものが入っていた。それも10キロ分買って運搬用のマジックバッグにしまう。


そのころになると、街から出てきて東へと歩いていく武装したプレイヤーの数が増えてきた。ここから東のエリアも草原と丘陵のようで、所々には放し飼いになっている牛の姿が見える。


「ん?そう言えばタリアは『プレイヤーはフィールドで野菜を取らなければならない』と言っていたな」


市場が見えたので食材を買ったが、自分で取ってくることも出来たのかもしれない。だが、それはまた今度でいいだろう。


「おねーさん、ベーコンとかソーセージは売ってないのか?」


肉を売っている店のおばさんに声をかける。


「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。それだったら街の北側に工場があるよ。取れたもんの加工は街の中でやってんのさ」


「なるほど。ありがとう。行ってみる」


言われたとおりに街の中へ戻り、北へと向かってみる。黒いマントにフードまで被っている俺の方をチラチラと見てくるプレイヤーも居るが、特に気にしない。


槍、剣、盾、盾、杖、杖バランスの良さそうなパーティーだ。


その次のプレイヤーは剣、と


「袋か?」


背中に膨らみを持った何かを背負っている。不思議な装備だ。そのプレイヤーは俺の方を気にせずウキウキと街の外へと向かっているようだったが、気になったのですれ違いざまに声をかけてしまった。


「失礼、その背中に背負ってるのは、何の武器か教えてもらえるか?」


「え、あ、僕ですか?」


カナと同じ年に見える黒髪の少年は、突然俺が声をかけたことで驚きながらも答えてくれる。


「ああ。迷惑だったら無視してくれて構わない」


「え、えと、どちら様ですか?」


少年にそう言われてはっとする。失礼な行動をしてしまっていた。


「すまない。俺はムウという。特になんでもないプレイヤーだから名乗らなかっただけだ。単純に君の背中の武器が気になってつい声をかけてしまった。いきなり話しかけてすまなかった。忘れてくれ」


そう言って俺は彼に背を向ける。これもまた失礼な行動だ。


だが、言えるはずがない。彼の姿に、フォルクやトビアたち、他のメンバーが一瞬重なって見えたなどと。それこそ言われた方からしたら気持ち悪い話だ。


「ま、待ってください!」


後ろから少年に呼び止められ、俺は足を止める。人にいきなり装備を尋ねるというのは無作法だ。かといって理由をはっきり説明出来るわけでもない。


そう困っている俺に、少年は言った。


「僕は、これで空を飛びます。よかったら、今から見に来ませんか?」

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