101.VSキマイラ

タクと一緒に夕食を取った翌日。朝早くに街を出て農業都市に向かう。農業都市は東の草原の先にある。


食料を運ぶために新しいズタ袋も肩から下げている。防寒装備はコリナ丘陵北方やアーデラス山脈で絶えれるぐらいに暖かいものを作っているので、北の森ならともかく太陽照りつけるこの草原では少しばかり暑い。持っている荷物もあるし戦闘は基本的に避けていくつもりなので、頭装備はすでに外している。


明るくなってすぐに街を出たので、街周辺で戦う練習をしているプレイヤーの姿も見当たらない。昨日の様子だと新人プレイヤーもゲームを楽しくプレイする元気はありそうだったが、流石に時間が早すぎてまだ活動を初めていないのだろう。


太陽がのぼり始めた中をひたすら東に向かって進む。


街の周辺にはウルフやホーンラビットといった弱めのモンスターがおり、頭上にも数羽の鳥が飛んでいる。東の草原も他のエリアと同様に、進んでいくと出現するモンスターの種類が変わってくるのだ。


ただ全体的にコリナ丘陵よりなだらかな丘陵になっているので、モンスターの発見は非常に容易い。そのため、事前に察知して戦闘を避けることも可能だ。


街から2キロほど離れ、街道もなくなって少し経ったところで大きな一枚岩を見つけた。オーストラリアのエアーズロックに似ている。ただあちらとは違って、こっちは上にも草が生えているようだ。


通り過ぎながら軽く周囲を見たが、上に登れるような傾斜にはなっていない。壁登り初心者が練習するには丁度良さそうだ。


街からひたすら進むこと4時間。少し離れたところにボスエリアらしき魔法陣を発見した。今回は挑む予定はないのでスルーしておく。場所を記録しようにも、他のエリアと違って目標となるものがほとんどないので記録のつけようがないのだ。


ボスエリアを越えて進むと、出現するモンスターが更に変わってきた。


ボスエリア手前までは、カロライガというライオンや、バウントホースという凶暴な馬、ダロガンというコモドオオトカゲに似たモンスターが出現していた。ここまでは他のメンバーからも聞いていた話だ。


ボスエリアを越えて初めて見つけたのはアルマジロとトリケラトプスを混ぜて割ったようなモンスター。数匹で群れをなしていた。おそらく突進が主となる攻撃だろう。


次に見つけたのは、なんとコボルトに似たモンスターだった。


亜人モンスターをフィールド上で見つけたのは、コリナ丘陵を含めて初めてだ。《亜人の巣》に生息していた種とはまた別の種に見える。


ゴブリンよりは少し大柄で、子供の顔を歪めたような顔をしていたゴブリンと比べると、尖っていて険しい表情に見えるものの幾分かっこいい顔をしている。


布の服を着ており、頭には皮の兜を被っているものと被っていないものがいる。武器もゴブリンのそれよりは幾分上等そうなものを持っている。


こいつらも異なる武器を持った数体が群れをなして徘徊していたので避けて通る。モンスターは警戒距離の問題かはたまた単純に目が悪いのか、ある程度の距離からこちらが視界に入っていても襲いかかってこなかった。


その後はオークや、貧相な革防具をまとったリザードマンといったモンスターを発見した。リザードマンは、昨日街で見かけたドラゴニュートのプレイヤーのように人の形をして所々に鱗が生えている姿ではなく、トカゲか蛇の頭を少し人間よりにして前を向かせ、それに胴体をつけたような姿をしている。


体つきは人間のものだが、鎧の隙間から見える肌には全身に暗い青の鱗が生えているのがわかる。


手にしている武器は槍や両手斧など長物が多く、他の亜人モンスターよりも更に手強そうだった。


いずれは相手してみることにして、それらすべてのモンスターを避けて東へ急ぐ。


ようやく街が見える位置にたどり着いたのは暗くなってからのことだ。二つ目のズタ袋を固定できていなかったので走ることが出来ず、ここまで時間がかかってしまった。


ルクシアやネクサスのように城壁はあるのだが、この街はそれに加えて城壁からだいぶ離れたところに大きな濠を引いており、その内側、城壁と濠の間に沢山の民家や畑、牧場が見える。農業自体は城壁の外側でしているようだ。


また濠の外側にも数軒家が立っている。一番離れたものは濠から200メートルほどの位置にある。


俺が街に向かってその家の側を通りかかると、中から初老の男性が出てきた。


「あんた、冒険者さんかへ」


「ああ」


「夜街に近づくのはやめときなされ」


初老の男性は諭すようにそう言う。


「なにか危険があるのか?」


「あの街の手前にはキマイラが住み着いておってな。いくら冒険者さんとはいえ、あやつの姿が見えなければ太刀打ち出来まい。今日は儂の家に泊まって、明日明るいうちにキマイラを退けて街に入りなされ」


「助言感謝する。だが俺は夜でも目が見える。時間が惜しいのでこのままキマイラに挑みたいと思う」


俺がそう答えると、初老の男性は驚いた反応をする。


「なんと。冒険者さんは夜でも物が見えたりするのか。これは驚いたわい。なら止めることはありますまい。健闘を祈っておりますぞ」


「心遣い感謝する。それでは良い夜を」


「うむ。冒険者さんもの」


初老の男性に礼を言って、街の方へと向かっていく。やがて少しずつ風が吹いてきた。街に近づくほどに霧も出てくる。そろそろか。戦闘に備えて頭の装備をつける。


かなり近づいたところで、正面の霧の中からゆっくりとキマイラが姿を表した。ライオンの体躯はカロライガやローヴェより遥かにでかく、体高は俺よりも高い。


背中には山羊の顔がついていて、俺の方を感情のこもっていない目で見ている。その表情は怒りに満ちたライオンの顔とは対象的だ。


尻尾として生えているという蛇は、体に巻き付くようにしてライオンの頭の隣から顔を出している。全部で3対の目が俺を捉え、そして戦いが始まった。


キマイラが咆哮を上げると、周りを取り巻いていた霧が晴れていく。


俺は体に固定していないズタ袋を離れたところに放り投げ、背中から弓と鉈を引き抜いて戦闘に備える。


キマイラが飛びかかってくるので、右に二度ステップを踏んで回避する。すると、山羊の頭がこちらを向いて炎をはいてきた。俺はそれを避けるようにして更に後ろへとステップで逃れる。射程は3メートルぐらいのようだ。


こちらへ向きなおしたキマイラが再び飛びかかってくる。


俺はそれを躱して、今度は顔に向かって弓を放つ。


「うん?これは…」


矢が当たってキマイラのHPがわずかに削れる。ウッドゴーレムとは違ってちゃんとHPが削れている手応えはある。単純にHPが多いだけだ。


だが、それよりも気になったことがある。


「戦闘エリアに制限が無いのか?」


ウッドゴーレム戦のとき周りを囲んでいた魔法の境界のようなものがここにはない。攻撃を回避するために色々と動いたが、どうやら戦闘範囲に制限が一切ないようだ。


引き撃ちしてれば潰れるだろう。ただ引き撃ちばかりでも面白くないので、とりあえず尻尾を叩き切るところまでは接近戦を狙ってみよう。


ライオンの部分が主にしてくるのは爪によるひっかきと叩きつけ、頭による噛みつきだ。頭は山羊の頭のように火を吐いたりはしてこない。


山羊の頭は火を吐くのと、風の刃を放ってくる。魔法にはクールタイムがあるようで連発はしてこないが、1分に一度ぐらいのペースでため動作から魔法の発射までを行ってくる。


そして尻尾は、ライオン部分を補助するように動き回っていて、側面や背面に回り込んだときにはすっと伸びてきて牽制するように噛み付いてくる。


攻撃力は驚異ではなさそうだが、蛇の頭だから毒ぐらいはありそうである。麻痺だったら目も当てられない。スキル枠の都合上状態異常耐性はまだ取得していないので、警戒して避けながら斬りつける。


一撃で断ち切ることは出来なかったが、蛇の頭は痛そうに身を捩っている。ライオン部分や山羊の頭と違って小さいので耐久力も低いのだろう。


攻撃を回避しながらも距離を取らないようにし、常に張り付いたまま矢を打ち込み続ける。攻撃はライオンの頭、ついで山羊の頭に集中させる。蛇の尻尾が回ってきたときは鉈で迎撃して切断を狙うが、他のところは鉈を叩き込んでひるまないしダメージも稼げないので弓で攻撃していく。


HPが半分を切ったあたりで蛇の尻尾が切断され、ついで頭が沈黙。一切動かなくなり魔法による攻撃もやんだ。


そしてHPが1割をきったところでキマイラが大きな咆哮を上げる。


直後の踏み込みは、先程までの3割増で速かった。


「大して変わらんな…!」


動きが速くなったキマイラは更に山羊の頭が使っていた火ブレスを吐いてくるようにもなったが、先程までと変わらず躱しながら矢を打ち込み続ける。この状態は速く終わらせたほうが楽だ。


ボスモンスターには、たいていHPが減ってくると動きや攻撃パターンが変わってくる仕様が存在する。


ダイアウルフで言えば二段階目の高速状態や三段階目の暴走状態。ウッドゴーレムで言えば、おそらく最後の瞬間に体中に開こうとしていた花がそれだろう。巨大猪と大蟹はほとんど単調なので動きが速くなった程度だったが、たしかにそんな状態が存在した。


キマイラの今のこの動きもそれらと同じ現象であり、このまま倒れるまで続くだろう。


ただ、こういう状態の攻撃は苛烈であるもののプレイヤーの側からしても攻めどきである。というのは、この状態に入ったモンスターはたいてい何かの能力が低下するのだ。


攻撃力が上がったら防御力が下がり、速度が上がっても防御力が下がる。おそらく反対に速度と攻撃力を捨てて最後の守りに入るやつもいるだろうが、キマイラは前者だ。


だから、一気に決着をつける。


アーツを惜しみなく投入し、残り1割のHPを削り切る。


『人喰らう獣 《キマイラ》を討伐しました。』

『《魔獣の毛皮》×2を入手しました。』

『《尻尾蛇の皮》×2を入手しました。』

『《魔眼持つ山羊の角》×2を入手しました。』

『《魔獣の爪》×2を入手しました。』

『《魔獣の牙》×2を入手しました。』

『《尻尾蛇の毒牙》を入手しました。』

『《キマイラ討伐》の証を入手しました。』

称号挑戦者を獲得しました。』

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