第3章
第9話 茫漠のはじまり
―――なす術もなく濁流に巻き込まれたあの日から、美弥の世界は変わってしまった。
視界にはいつも薄い靄がかかったようになり、すべてが色褪せて見えた。14歳の多感なはずの感情はいつも茫漠とし、心から笑うことがなくなった。世界が変わったのではなく、美弥のなかの大切なものが破壊され、世界を変えて見せた。
―――学校で周りを見渡すたびに美弥は思った。
みんな処女なんだろうな。
もしも私が母の恋人に犯され続けているなんてことを知ったら、みんなどんな顔をするだろう。
男子とは元々あまりしゃべらない。当然付き合ったこともない。
でも、ほのかに好きな子はいた。バスケ部の子だ。違うクラスだから廊下で彼を見かけるだけでうれしかった。
あの日、視界に靄がかかってからは、もう胸は躍らない。むしろ彼を見かけるとそっと逃げてしまう。自分が汚泥まみれの汚いゴミのように思えてしまうから―――。
学校が終わっても家には帰りたくなかった。少しでも家にいる時間を減らすために、逃避場所を探した。
お金もない、行くあてがあるわけでもない14歳の少女が気兼ねなく行けるのは図書館ぐらいだった。
それでも居場所があるだけで、ありがたかった。
今まで漫画しか読んだことがなかった中、文字だけの本を手にとってみた。
たどたどしく文字を追っていると、頭の中で、現実とは違う世界が立ち広がった。時には登場人物が自分に語りかけてくれているように感じた。その世界には美弥の周りには望めないような素敵な人たちがたくさんいた。
学校帰りも、休日も図書館に通い詰め、物語の世界に没入した。その時だけは、家のことも、学校にいる時に感じてしまう自分だけ汚泥まみれだという感覚も忘れることができた―――。
―――そんな日々のなか、ある時期をさかいに男は家に現れなくなった。
母は何も語らなかった。美弥も何も聞かなかった。
ぼんやりと母と喧嘩でもしたのかな、別れたのかな、などと思っていたが、今おもえば何か犯罪でも犯して刑務所にでも入ったのかもしれない。恋人の中学生の娘を犯し続けるような男だ。そうあっても不思議ではない。
いなくなれば、それでよかった――。
母は男なしではいられない、だらしのない人だった。
あるいは母は、私があの男に犯されていたのを知っていたのではないか――いつしかそう思うようになった。
あの男が消えてからも無神経に次から次へと男を作る母を、美弥は茫漠とした日々のなかで我知らず憎んでいった。そのことに気付いたのは、ずいぶん後になってからだ。
知らぬ間に美弥は、すべてのことを茫漠としか感じないようになっていた―――。
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