第252話 孝高の思惑(前編)
◇
わたしの居室に秀吉と孝高を連れ込み、それまで以上に横柄な態度でもって、二人に相対した。
「で、どういうつもりだ?」
開口一番に、そう尋ねてやる。
脇息にもたれかかり、半眼。
口元だけは扇で隠しておいたけど、まあわたしの懐疑的な雰囲気は少しも隠せなかったことだろう。
「ど、どういうつもりかと仰せられても、あの場で申し上げたことが全てでありまして」
「ふぅん」
殊勝に聞こえるけど、誰が信じるかというものだ。
「お前がお前の手であれをするというのならば納得もいくが、それを他人の手に任すのが解せない」
秀吉の史実を知っているだけに、余計に、である。
「わたしに恩を売っても、こき使われるだけなのは分かっているだろうに?」
「いや、こき使っていただければよろしいのです」
「む?」
妙なことを言う。
「お前、被虐趣味でもあるのか?」
「そ、そんなものはござらんが、合理的に考えての結論でありますれば」
頑張ってため口で話していた秀吉だったが、ここにきて敬語に戻ってしまっていた。
もともと腰の低いやつである。
羽柴家を代表する当主として皆の前では頑張っていたようだが、ここに来て密室ということもあり、元に戻ってしまったらしい。
「合理的、ねえ。そのこころは?」
「どちらにせよ、天下の趨勢は定まったに等しいでしょう。だからです」
答えたのは秀吉ではなく、孝高だった。
後は任すとばかりに引っ込む秀吉。
秀吉と違って孝高はわたしを畏れない。
おかげで話し易いが、さりとて油断もできない相手だ。
本来なら家臣が割って入るのは無礼の極みだが、元より話を聞くつもりでわたしが呼んだのである。
まあいいか、と思い顎でしゃくってみせた。
先を続けろ、と。
「先ほどの会合でもお分かりになったでしょうが、各大名家は追い詰められれば、やはり朝倉様に追随するしかないのです。織田家とて昨年の家督継承の経緯を思えば、自然、朝倉様に従う他ないでしょう。上杉家には力無く、上野国を譲られた借りもあります。また徳川家は元より朝倉様の庇護下にある。となれば我が羽柴家のみが独立を望んだところで、早晩潰されることでしょう。朝倉様はこの羽柴家を、いつまでも対等の勢力として認めるおつもりだったのですか?」
「いや?」
そんな気はまったく無かった、というのが本音である。
が、それはもっと先の話だ。
「目障りになったら叩き潰すつもりだった」
「……そういうことをあっさりと仰せになられるから、織田信忠殿などはその怖さを察し、信長様でなく色葉様を選んだのでしょう」
「……それは褒めているのか? 貶しているのか?」
顔をしかめて尋ねてやる。
「どちらであるかは結果から分かるというもの。無論、褒めているのです」
「ふうん。腹黒いお前に褒められるのは悪い気はしないが」
だからといって素直に受ける気になれないのも、この男ゆえだな。
「それゆえそうならぬよう、我らは合理的に動いたのです」
「なるほどな」
腹の内さえ分かってしまえば、さほど意外な行動でもない、というわけか。
「現状、朝倉様を取り巻く諸大名の中で、もっとも関係が浅いのは我らが羽柴家であり、家格も低く、当然侮られる対象となり得ます」
「そうなのか?」
「そうなのです」
言われて考えてみる。
ふむう……そうなる、のか?
武田家が滅びた今、朝倉家と一番関係が深いのは表面上、上杉家だろう。
上杉とは同盟関係こそないが、誼を通じてからの期間が一番長い。
そして里見、徳川家とは主従の関係。
当然関係性は強い。
まあ徳川との関係は微妙とは思っているが、表向きはそう思われるだろう。
織田、羽柴家とは同盟関係があるが、人質を出している織田家との関係が強いのは当然である。
となると、なるほど羽柴家とは比較的、一番関係が浅いとも言えないでもない、ということか。
家格に関しては言わずもがな。
元は藤原家に繋がり、関東管領家でもあった上杉家。
新田氏の庶流である里見氏は、元は源氏。
また徳川氏は色々怪しいが、これまた清和源氏系河内源氏義国流得川氏の末裔、ということになっている。
織田氏は越前国織田荘にある劔神社を発祥地としており、室町時代は朝倉氏と同様、斯波氏の守護代を務めていた。
室町時代になって、朝倉家と同様に家格は上昇していったはずである。
で、羽柴氏だが。
これは秀吉自身が家祖そのひとであり、これからその家格を高めていかなければならない。
先祖の家名に頼ることができないのである。
秀吉は農民出身ともいわれているし、当然侮る者も出てくるだろう。
「ですが色葉様はそのようなことで、我が主を侮ったりはいたしますまい」
「む? それは……まあ、そうかもな」
元よりこの世界の住人でないわたしに、家格がどうのこうのいったところで、確かに何の影響も無いといって等しい。
むしろ史実で秀吉が天下統一を果たしたことを知っているからこそ、全く侮る気も無いくらいである。
その辺の事情を孝高が知り得ているはずもないが、なるほどわたしのことをよくわかっていることには違いない。
「これから誕生する朝倉政権の中で、我が主が率先して働けば、色葉様はそれを無下には致さぬでしょう」
まあ家臣どもはこき使ってきたつもりだが、与えるものもちゃんと与えてきたつもりだ。
「よしんば今回参集した諸大名がそれぞれ争ったとしても、結局のところ最終的に勝ち残るのは朝倉様でしょう。つまり遅かれ早かれ、なのです。であれば率先してこれに協力して功を上げ、政権内での地位を上げる。殿の存命中には無理かもしれませぬが、この先朝倉家に陰りがあるようならば、我が羽柴家が取って代わることもあるでしょう。それはそれで、羽柴家による一つの天下統一です」
「お、おい官兵衛……?」
慌てたように秀吉が孝高をたしなめる。
それはそうだ。
今の発言、将来この朝倉に取って代わってやると宣言したようなものだからだ。
謀叛の兆しこれあり、ってことで、この場で手打ちにしても文句は無いだろうというくらい、軽率な発言である。
「……ふん。未来に野望を託すのはらしくない……いや、むしろお前らしいか?」
史実の関ヶ原の戦いを思い出して、わたしは皮肉げに笑ってみせた。
その笑みに秀吉などは顔面を蒼白にさせていたが、別に処罰する気があったわけでもない。
「先の室町幕府では細川や三好が将軍家を蔑ろにして実権を握っていたし、その前の鎌倉幕府では北条氏の政権であったといっていい。そういうことも、この先あるかもしれない、ということか?」
「情けなくも、一縷の希望と笑っていただければ」
「……いいだろう」
どこまで本音か知らないが、このわたしにそこまで言ったことに関しては、評価してやってもいいと思った。
「つまり孝高、お前はこの先秀吉を重用しろと、その手土産が今回の提案だと、そう言いたいわけだな?」
「……恐縮です」
まあ、わかりやすくていい。
打算を憚りなく口にするのは、どちらかといえばわたしの常である。
さほど嫌悪するようなことでもなかった。
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