第225話 遠照寺の会見③

「――――」


 同盟、とはな。

 ちょっとだけ意表を突かれた気分である。


 朝倉と織田の関係は、まあ最悪の部類だろう。

 利害の一致から停戦くらいならばいくらもするが、仲良くしようとは思いはしない。少なくともわたしなら思わない。

 織田家など、わたしにとっては滅ぼす対象でしかなかったからだ。


「……また話が飛躍したのではないか?」


 まずそう返したのは、晴景である。

 うん、ここはこのまま任せて様子をみよう。


「そうとも思えぬ。私は織田家の存続こそ第一に考えている。ならばここで朝倉家と争うはもはや下策」

「仲良くしようというのであれば、その手を取るもやぶさかではない、が」


 まあ……晴景ならそう答えるか。

 思う所はあるが、晴景に任せたのだから、ここはもうちょっと黙って聞いておく。


「我らはいずれ天下を目指す身。盟約が枷になることもあるやもしれぬ。それについてはどう考えるのか?」


 その踏み込んだ内容に、わたしは多少なりとも意外をもって晴景を見返した。

 その晴景はわたしへと、当然分かっているとも、とでも言いたげな表情を返してくる。


「……先の事は先の事。されど、その時に朝倉が私が仕えるに足る存在になっているのであれば、従うことも拒みはしない」



 そこまで明言するのか、とわたしは信忠の返答にも驚いていた。

 現状、確かに朝倉と織田の力は逆転した。

 だが情勢を見るに、北条と織田との二正面作戦を強いられている段階で、決して朝倉優勢、というわけではないのだ。


 現在の朝倉家と周辺諸国の関係は、まさに際どいものであるといえる。

 万が一ここで北条や織田の侵攻を食い止められず、武田の遺領を失うような結果になれば、またもや力関係は逆転してしまう。


 そうなっては畿内を抑えている秀吉がどう動くか、分かったものじゃない。

 よしんば京にでも食いつかれることなれば、朝倉は一気に劣勢に立たされることになるだろう。


 まさに一つ間違えれば、の状況なのである。

 であるからこそ、今の織田家ならば朝倉家に対し、五分以上の条件をもって交渉に当たることも、当然可能だ。


 有利な条件で交渉するのならば、確かに今こそが許される極限、といったところだろう。

 にも関わらず、未来の臣従にまで言及するとなると、信忠はわたしが思っていた以上に今回のことを深刻に考え、位置付けているのかもしれない。


「先のことは先のこと、か。なるほどそれもそうだ」


 晴景は敢えてそんな言い方をした。

 その後に信忠が口にした内容を、わざとぼかすかのように。


「色葉よ。信忠殿はこう申しておられるが、如何思うか?」

「……ふん。信長はずいぶんと利口な後継者を持ったようだな」


 少なくともわたしが納得してしまうような覚悟で臨んだことについては、評価してもいい。


「我が妻は口は悪いが、こうして他人を素直に褒めることは珍しい。この盟約の件、前向きに検討するとのことだ」


 うまいこと意訳して、晴景がそう言う。


「それは祝着」

「して、盟とはいうが、口だけではどうにもなるまい?」


 晴景の言うように、わたしが反対しなかったことで、信忠が持ち掛けてきた同盟の話は前に進めてもいい。

 しかし問題が一つ……いや、二つほどある。


「盟約の証であろうか」

「如何にも」


 口だけ、書面だけの盟約など、破り捨てられるのが運命である。

 しかし信忠が望むのは、もっと強固なものだろう。

 そして戦国の世となれば、その証というものはすぐに思い付き、手っ取り早く用意されるものがあった。


 すなわち、人質。

 戦国の女が泣いた所以でもある。


「すでにここにある」

「……?」


 最初、意味が分からなくてわたしと晴景は顔を見合わせた。


 いや……待て。

 ここに……あるだと?


 そういえば信忠は、ここに物見遊山のついでのみで同席させたのではないと、そう言っていた。

 つまり、鈴鹿を。


「まさか、姉殿を我が朝倉に送ると言われるか」


 同じ結論に至ったらしい晴景の確認に、信忠はただ頷くのみである。


 やっぱりか!

 こ、こういう事態は想定していなかったぞ……。


「おい……? それは本気なのか……? というかお前、そんなことを承知したのか……?」


 にこにこしながら見守っている鈴鹿へと、わたしは顔を引きつらせながら、どうにか問いを口にする。


「はい。そのつもりでここに参ったのですから」


 うわあ……。


「それは何だ……? お前自身が望んだのか……?」

「いえ、信忠様に頼まれましたので、お受けしたのです。わたくしにしても、どちらで見守るかの違いでしかありませんからね?」


 どうやらわたしは織田信忠のことを侮っていたらしい。

 よくもまあ、こんな危険物を公明正大に朝倉家に投棄するすべを思いついたものだと、わたしはむしろ戦慄したほどだった。


「可能であるのならば、晴景殿の側室に。晴景殿が側室は取らぬというのであれば、確か弟殿がおられたはずであるから、その正室として迎え入れていただきたい」

「む? い、いや、ちょっと待って欲しい。さすがに俺もそこまでは考えていなかったぞ……」


 さしもの晴景も慌てた様子である。

 わたしとしてはげっそりな気分であるし、晴景にしてみても寝耳に水なことで、どうやらわたしたち二人は信忠の思わぬ提案に、動揺しまくってしまったらしい。

 見ようによっては、手玉にとられているとさえ言える。


「代わりに、奥方の妹君のうち、どなたかを私の正室として迎え入れたい」

「……まあ、道理だな」


 とは思うが、即座に頷けなかったのも事実である。

 盟約の証としては、確かにこれ以上ないものだろう。


 無論、婚姻同盟が結ばれたといっても、手切れとなった上で送り返された例などはよくあること。

 確実な保証となるわけではない。


 ないが、それでも強固な縁になることは違いないだろう。

 これは先の朝倉と武田の婚姻同盟よりも、強固な内容だったからだ。

 傍目からみれば、であるが。


「これ以上の証は無いと考えるが、どうであろうか」


 どうであろうかって言われても。

 そんなの分かるわけがない。

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