第156話 信豊との会見


     ◇


 翌日。

 お祭り気分は未だに続いていたものの、どんちゃん騒ぎばかりをしていたわけでもない。


 北ノ庄には公家を始めとした文化人も招いており、連歌や猿楽、茶の湯なども嗜んで交流を図ったり、武田や上杉の使者とは直接会見して外交をしたりと政務もこなしていた。


 晴景は晴景でその対応に追われ、大忙しである。

 わたしもわたしで情報交換やら収集に精を出していたのだった。


 その中の一つ、武田の使者・武田信豊との会見の際に、わたしはやや眉をひそめることになる。


「……なんだと?」


 わたしの声音に不機嫌を感じ取ったのだろう。

 信豊はやや恐れたように頭を下げた。


「それは本当か?」

「はっ……。殿は来月にも兵を出すご所存です」

「…………」


 信豊との会見において、首尾よく勝頼が東海道を制覇したことを褒めてやり、ついでにその統治具合についていくつか尋ねてみた。


 暫定的ではあるが、三河国と遠江国は山県昌景に、駿河国は一門の穴山梅雪に任せて統治させているようで、一応順調とのこと。それはいい。


 問題は信豊が洩らした次なる出兵についてだった。


「時機尚早と思うが」


 他国のことにとやかく口を出しては内政干渉になる。

 だから言葉を選ぶのに苦労した。


「ですが我が武田は徳川を滅ぼし士気高く、出陣の好機であることは疑いようもなく」

「毎年兵を出しては民が疲弊するぞ?」

「されど朝倉様はそれをして、領土をここまで拡大されたではありませぬか」


 確かにわたしもほぼ毎年出兵して北陸を統一させ、さらには昨年の大遠征により若狭、丹後、丹波、北近江を得ている。


 しかし上洛戦に関しては大兵力をもってしたこともあり、今年一年間は極力兵を出すことをしないつもりでいた。

 そのための織田家との和睦でもある。


 そしてそれは、武田家とて同じはずではあるが……。


「朝倉の場合は当初越前一国しかない状況だったからな。織田と戦うにはあまりに心もとない。だから多少は無理もさせた。しかし武田は甲斐、信濃、駿河を有していたし、昨年は上野や遠江、三河にまで版図を拡大した。慌てる必要はないのではないか?」

「只今朝倉様が織田を抑え込んでくれていますれば、信長が東に向かうことは考えられませぬ。となれば、我ら武田は今こそ東に進むべきかと心得ますが」


 そう。

 武田勝頼は北条への出兵を目論んでいるらしい。


 確かに今は、信長は動きにくい。

 わたしの推測では当然の流れとして、織田と北条はそのうち手を結ぶだろう。

 しかしそれでも朝倉の動きを気にして、信長は東には進みにくいはず。

 となれば今こそ、と思うのも分からないではない。


 戦は勢いが重視される時もある。

 昨年の勝ち戦により、武田家の士気は高いだろう。

 そもそもにして軍勢自体も強い。

 わたしの支援もある。

 が……。


「……勝頼め、焦る必要もないだろうに」


 聞こえないように小声でわたしはぼやく。

 武田も大国には違いない。

 昨年得た東海道の二ヶ国をうまく統治し、収益を得ることができれば、今後富国強兵を為せるだろう。


 しかし武田の本拠地である甲斐国は、決して豊かな土地とは言い難い。

 有能であったにも関わらず、勝頼の父である武田信玄が織田に後れを取った理由の一つでもある。


 また戦乱に明け暮れたこともあって民の不満が募り、勝頼の祖父である信虎は追放の憂き目にあっているし、信玄ですら領国の経営に不安があったはずだ。

 そして史実において、重税により勝頼の代には武田家は民に恨まれ、容易に武田家の支配が瓦解する要因ともなった。


 そうなっては困るので、わたしは武田への支援を惜しんではいない。

 先の西上作戦も、わたしの援助あってこそ、である。


 三河と遠江を得たことで、これをじっくり経営すればそれなりの見返りを得ることができるはず。そうなれば支援も徐々に少なくしていけるかと思っていた矢先にこれだ。


 武田家と朝倉家では国力にすでに差が出てきている。

 単純な石高だけでも、武田家は約百八十万石。対する朝倉家は約二百三十万石。


 これだけでも差があるが、朝倉の領国はその大半が海に面しており、湊からの関税収入が莫大であった。ついでに琵琶湖が半分手に入ったことも大きい。


 また新たな貨幣の流通や人口政策などが功を奏し、武田領国に比べればその経済力は二歩は先んじている。

 わたしが武田に援助をすることができているのも、この財政基盤あってのことだ。


 そしてこの差は勝頼も分かっている。

 だからこそ焦るのだろう。


 ここで北条を降し関東を得ることができれば、武田家は間違いなく日ノ本随一の大大名となり、現在の織田家を相手にしても、単独でこれと戦うことができるようになる。

 朝倉を頼らずともすむ、というわけだ。


 勝頼は愚かではない。

 しかしそれでも信玄の存在が大きすぎる。

 これを見ていると、子育てに関しては考えさせられるというものである。


「……支援は惜しまないが、無理は望まぬとも勝頼殿に伝えよ。勝てば良いが、負ければ織田が動くぞ。西の守りは決して手薄にするな」

「ははっ。朝倉様のご支援、まことにありがたき限り!」


 念のため、敦賀あたりに兵を集めておいた方が無難かもしれない。

 羽柴秀吉が動くのか動かないのか分からないが、これの動向も気になる。


 万が一これが動けば、武田にとっては確かに好機だ。

 とはいえそれを知り得ているとも思えないので、今回の出兵は自ら運を掴み取る類のものなのかもしれない。


 結局のところ、今年もゆっくりとはできない雰囲気が、迫りつつあったのである。

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