第147話 朝倉三葉
「アカシアでいいんじゃないのか?」
『当然です』
即座に肯定の意が伝わってくるが、雪葉は首を傾げたままだ。
「では、どのように書き起こせばよろしいのでしょうか」
「ん?」
最初、雪葉が何を言っているのか分からなかったが、しばらくして察しがついた。
きっと漢字でどう書き表すかを尋ねているのだろう。
漢字……漢字か。
アカシアの本名は確かアカシック・レコード、だったはず。
あの創造主とやらが付けた名前で、アカシアは愛称とか言っていたか。
しかしあちゃらのひとのような名前だから、漢字でとなると難しい。
そもそもこの時代の者にしてみれば、多少呼びにくい名前なのかもしれない。
「適当に音だけでも合わせてみるか……? ううん……」
意外に難しいよなあ……こういうのは。
「紙と筆」
そう言えば、華渓が慌てて準備してくれた。
その紙に、わたしはさらさらといくつもの候補を書き並べてみる。
それを食い入るように見つめる乙葉や雪葉、そしてアカシア。
「アカシアというのは花の名前でもあったような気がするけど……よくわからんしな」
『はい。創造主のお名も花の名前に由来しているとのことで、そのように名付けて下さったとおっしゃっていました』
そういえばあの女の名前も知らなかったか。
まあ今となってはどうでもいいことではあるが。
「じゃあわたしの名前から連想させてみるか。色葉、だから……色を当てて……うん、朱と紫で『朱紫』として、雪葉や乙葉みたいに葉を当てて、『朱紫葉』というのはどうだ? 『は』を『あ』と読ますのは少し強引だけど……。もしくはもともとアカシアというのが愛称であるのなら、いっそのこと多少音を変えて、読み易く書き易い『朱葉』とかにするのは?」
『!』
「あけは、と読ますのですね?」
「うん。そうだな」
確認する雪葉に頷いてみせる。
「いいなあ……。雪葉だって色葉様に名前つけてもらったんでしょ?」
羨ましそうに乙葉は言う。
そういえば乙葉の名はわたしがつけたわけではないが、たまたま「葉」の字が入っていたよな。
「偶然かもしれないが、姉妹みたいでいいじゃないか」
「!」
「っ!」
何気なくそう言えば、乙葉と雪葉が表情を変えてわたしを見返していた。
「ん? 不服か?」
「そんな! 滅相もありません!」
「そ、そうよ! わ、妾と色葉様が……姉妹……」
二人は何やらおかしな妄想を始めたらしく、何というか……しばらく放っておいた方が良さそうだ。
そういうわけなので、とりあえず二人を置いておいて、わたしは腕の中の赤子を見やることにする。
「で、どうだ? もっと他の名前の方がいいか?」
『――いえ! 朱葉という名を拝領させていただきます!』
「本当にそれでいいのか?」
『私の産みの親は、もはや創造主ではなく主様です。その主様の名前の一部をいただけるなど――万感の極み!』
大袈裟な。
まあ気に入ってくれたのならいいか。
「もう一人の名は晴景に任せるか。わたしが全てつけてしまうのも悪いからな」
こうして朝倉一門に、新たな名前が加わった。
朝倉朱葉。
そして朝倉雪葉と朝倉乙葉である。
これは乙葉が今回の丹後平定や疋田防衛での功による褒美として望んだもので、朝倉姓を下賜して欲しいというものだった。
雪葉のも一緒に、と言うあたりが実ににくいのであるが。
わたしとしてはそんなものでいいのか、という気分だったので、一も二も無く了承。
現在の朝倉家はわたしが中心なので、文句を言える者などいようはずもない。
ちなみにこの時代、姓を下賜することは珍しいことでもなかった。
例えば史実での豊臣秀吉で有名な豊臣姓は、それこそ身内に限らず何十人もの人物に下賜されているくらいである。
その後、わたしは雪葉にも何か褒美はいらないのか聞いてみた。
乙葉だけを聞くのでは公平ではない、と思ったからである。
雪葉は不敬を働くつもりであったことを挙げ、何もいらないと固辞した。しかしそれではわたしが納得しないぞと強めに言ってやったら、雪葉はしばし考えたのちに何故か乙葉を見て、そしてこう言ったのである。
「では、恐れながら……先ほどのお言葉を現実にしていただけないでしょうか」
それが何のことか、察し悪くすぐには分からなかった。
むしろ気づいたのは乙葉の方である。
「雪葉、何を言って――」
「乙葉様にこれ以上借りを作るわけにはまいりませんから」
はて、と首を傾げていたら、アカシア――ならぬ、朱葉が助け船を出してくれた。
『恐らく私の叔母になりたいと申しているのだと思います』
叔母って。
乳母じゃなくて……。
ええと、それはつまり……わたしの姉妹になりたいと、そう言っているわけか。
なるほど。
つまり朱葉からみれば、わたしの姉やら妹やらになれば、伯母やら叔母になる、というわけだ。
そういえばそんなことも口走ったかな。
「ん、構わんぞ?」
「ほ、本当に――」
「うそ!? え、うそ!?」
「別に断る理由も無いが」
別段、今までと何が変わるというわけでもない。
今では二人の地位は十分に高く、そして朝倉家中でもそれを知らない者はもはやいないからだ。
「うわぁあんっ! 色葉様大好き!」
突然乙葉に抱き着かれて、わたしは朱葉ごとひっくり返る。
以前と違って身体にさほど力が入らないのだ。
そこに猪突猛進されてはたまったものじゃない。
「乙葉様!」
ぐわあと雪葉が怒り、引き剥がす。
しっちゃかめっちゃかにはなりはしたが、心地よい時間でもあった。
うん……こういうのも悪くないな。
本気でそう思ったものである。
こうしてわたしは丹波から動くことができずに亀山城にて天正七年を終え、雪解けと体力の回復を待ち、天正八年二月末になってからようやくここを発って越前へと向かった。
そして三月に入り、久しぶりに一乗谷に帰還を果たしたのである。
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