第120話 押小路烏丸殿の戦い(中編)

「連龍はうまくやったようだ。先陣の信長が孤立しつつあると報せもきている。そろそろ行くか」

「うん!」

「……二条城の方はよろしいのですか?」


 ちなみに二条城は未だ落ちていない。

 積極的に攻略にかかっていないのだから、当然である。


「あれは囮だからな。出て来れないようにさえしておけば、今はそれでいい。それとも雪葉、何なら景気良く燃やして士気でも高めるか?」

「賛成!」

「焼き殺すのはわたくしの趣味ではありませんので……。それにまとめて殺すと魂の回収が困難になりますよ、乙葉様」

「あ、そうか。駄目駄目! 色葉様、二条城の連中は後で妾が皆殺しにするから、それまでは生かしておいて!」


 それなら駄目、とばかりに乙葉も雪葉に追従してわたしを見てきた。

 魂って……。


「お前たち、別にわたしのことなど気にせずともいいんだぞ? 余計なことをして隙を作るくらいなら、その間に一兵でも多く敵を殺せ」

「それは駄目。色葉様、お身体の調子悪いもの。きっと栄養が足りてないから! だからどんな雑兵の魂だって無駄にできない」

「……わたくしも、それが少し心配です」

「今は大丈夫だぞ?」

「ですが……」


 心配そうに雪葉が言葉を濁す。

 雪葉と合流してから、乙葉が真っ先にわたしの体調不良を雪葉に告げたらしい。

 それに慌てたのが雪葉で、わたしの元へとすっ飛んできたのであるが、結局原因は今のところ分からずじまいであった。


 というのも雪葉に預けていたアカシアが、うんともすんとも言わないのである。

 わたしの呼びかけに対しても、だ。


 こんなことは初めてである。

 普段ならば勝手にぺらぺらしゃべってくるというのに。

 そのことが余計に、雪葉や乙葉の心配を強めていたのは事実だった。


 わたしも不安に思わないでもなかったが、今回は千載一遇の好機でもある。

 ならば、多少は無理してでも信長の首を取りに行くべきだろう。


「いいか。今から信長の首をとる。魂というのなら、あの男の魂を捧げてみせろ」

「――畏まりました」

「うん! もちろん!」


 二人とも意気や盛んではあるが、しかし絶対にわたしの傍を離れたりはしない。

 それはもう一つの可能性を警戒してのことである。


 それが分かっているのなら、それでいい。

 信長の首など後でどうにでもしてやる。


 そうしてわたしは信長を追い詰めるために、満を持して進軍を開始したのだった。


     ◇


 分断した信長の部隊を発見してすぐに、有無を言わせずに戦闘が開始された。

 わたしは馬上で動かず指揮を執り、それは信長も同様だ。


 こちらの手勢は千騎程度。

 向こうも似たようなものだがやや数が多いか。


「あははっ! 雪葉、行くよ!」

「――――」


 嬉々として飛び掛かったのは乙葉で、無言で雪葉がそれに続く。

 雑兵など二人の相手ではなく、次々に殺戮が行われていく。


 乙葉は戦場を縦横無尽に暴れまわり、目にした敵を片っ端から血祭に上げている。

 太刀で斬られれば鎧ごと、の勢いであるし、勢いがあり過ぎて空振りすれば、素手で引っ掴んで兜ごと握り潰す無双ぶりであった。


 一方の雪葉はというと、得意の薙刀でもって雑兵の首をことごとく刎ねていた。

 それを粛々と行うものだから、乙葉が暴れまわるよりも逆に恐ろしいくらいである。


 薙刀というのは刀に比べて扱いやすく、また遠心力を利用できるのでさほど腕力を用いずとも力を発揮できる。

 そのため効果は高いが、しかし技術が必要だ。


 わたしも薙刀の技術は習って身に着けているし、状況に応じては今も使用する。

 ただ木の柄を用いる薙刀や槍は折れやすいため、力の有り余っているわたしや乙葉からすると、太刀の類の方が都合が良かった。

 そのため馬上では直隆らが使用するほどのものでは無いが大太刀を、徒歩の場合は普通の太刀を使用することが専らである。


 我流である程度身に着けていた乙葉と違い、わたしや雪葉は朝倉家が再興して後に、技術を学んだ。

 わたしはあれこれ広く浅く学んだけど、雪葉は主に薙刀術一本である。

 そのためかなり強い。


 ついでにいえば、使用している薙刀は総鉄拵えの特注品であり、とんでもなく重いのであるが、頑丈さは折り紙付きである。

 そのため斬られずとも雪葉の力で叩きつけられるだけで、雑兵などは文字通りぐしゃぐしゃになっていた。


 ……けっこうえげつない。

 乙葉は身体能力を活かした立体的な動きと速さで敵を殺戮し、雪葉は極めた技術でもって敵を屠っていく。

 どちらも当初に比べて強くなったものである。


 わたしはといえば、上杉謙信と戦う以前に比べれば、ずいぶんと弱くなったというのに、だ。

 まあ自分で決めたことであるから問題無いけれど。


 ともあれ二人を始めとして朝倉勢は織田勢を端々から叩き伏せ、蹂躙し、侵食していく。

 明らかにこちらが優勢だ。

 乙葉などはもう少しで信長に肉薄できるだろう。

 このまま何もなければ首尾よくいくのだが……さすがにそうはいかなかった。


「――うそ!?」


 驚いたように乙葉が声を上げ、後ろに下がる。

 信長にあと一歩、というところまで来たところで、割って入った何者かに弾かれたのだ。


「――大嶽丸か」

「はっ。……殿はお下がりを。我が主よりのお言葉です」


 一見雑兵に見えたが違う。

 精悍な若武者が、太刀をもって信長を庇いつつ前に出た。


「……ただのひと、ってわけじゃなさそうね? その力、神通力の類とかじゃなくて、妖気だもの」

「…………」


 その若武者は答えないが、隙も無い。

 初めて見る顔ではあるが、まさか――


「乙葉様! お戻りを!」


 不意に雪葉の声が響いた。

 そして殺気が二つ。

 しかしわたしは十分に警戒していたこともあって、飛来した二振りの剣を難なく打ち落とした。


「……面妖だな」


 だが打ち払った二振りの剣は地に落ちず、どこかに引き寄せられるかのように戻っていく。

 その先では単騎で佇む立烏帽子。


 足元には複数の朝倉兵の死体が散乱しており、無残に殺されたのだろう。

 そんな殺伐とした中で笑みすらみせてわたしを見返すのは、鈴鹿以外の何者でもない。


 ……やはり出てきたか。

 信長が窮地に陥れば遅かれ早かれ出て来るとは予想していたけど、こうして相対すると緊張は隠せないな……。


「色葉様!」

「姫様!」


 物凄い勢いで二人が取って返してきた。

 鈴鹿の存在と危険性は事前に話しておいたこともあって、二人は深追いせずに常にわたしに注意を払っていたのである。


「……このような場所でお会いするとは、悲しいものですね」


 などと憂鬱そうに告げる鈴鹿へと、わたしは鼻をならしてやった。


「お前が出て来るのは想定済だ。そんな所にのこのこ出てきて良かったのか?」


 まずは軽く挑発。

 鈴鹿は特に反応もみせずに、視線を横に流した。


「大嶽丸? 早く命じた通りになさいな」


 その言葉をもって、信長を庇った若武者の正体が知れた。

 とても同一の存在には思えないが、あれが飛騨の廃寺で会った大嶽丸なのだろう。

 鈴鹿と同じく警戒していた鬼の一匹である。


 だが鈴鹿はその大嶽丸に信長を守るように仕向け、尚且つ戦場からの離脱を命じたようだった。

 となると信長の首をとるのは難しくなるか。


 しかし考えようだ。

 三対二ならば難しいと思っていたが、三対一ならばかなり勝機が出て来るのだから。


「鈴鹿よ。たわけたことを――」

「お叱りは後で。これはわたくしの我がままですわ、殿。わたくしは色葉様と遊びたいのです」

「御免!」


 鈴鹿の言葉を最後に、大嶽丸は信長の乗る馬を走らせ、戦場の離脱を図った。

 そのため信長の言葉は最後まで届くことなく、戦場の喧噪の中に消えていく。


「お遊び、ですって? 何なの? 舐めてるの? 殺すわよ?」


 鈴鹿の言葉に尻尾を逆立てたのは乙葉である。

 乙葉にとって、鈴鹿は初見だ。

 が、それでも脅威であるとすぐに悟ったらしい。

 怒って毛を逆立てているというよりは、警戒して、だな、これは。


「ふふ、色葉様は素敵な従者をお見つけになったようですわね。雪の精の方は分かりかねますが、こちらの妖狐はどこか知った妖気ですわ。かの九尾……。ですが政木狐にしては若すぎますから、これはまさか……」

「お前、妾のことを知ってるの!? それに政木のことまで――」

「ではやはり、玉藻に連なる狐、ですか」


 それならば納得です、とばかりに鈴鹿は微笑んだ。

 雪葉は鈴鹿の言葉に驚いたように乙葉を見返し、わたしはというと何のことやらさっぱり、である。

 自動解説のアカシアが機能していないことも痛かった。


 どうやら乙葉の正体に関わることらしいが、そういえば気にしたこともなかったな、今まで。

 ただ雪葉は何かに気づいたようだ。


 後で確認するか。

 後があれば、だけど。


「乙葉、落ち着け。あの女はとにかくこちらを苛々させるのが得意な奴だ。まともに付き合うな」

「色葉様……」

「悲しいことをおっしゃいますのね? わたくしはとても貴女様のことを好いているというのに」

「わたしは嫌いだこの鬼女。ここで仕留めさせてもらうぞ」


 わたしの宣言に勿論! とばかりに乙葉は頷き、雪葉も表情を改める。


「……話し合いはできませんの?」

「お前が言うな」


 この中で一番物騒なのは、間違いなく鈴鹿である。

 先ほど投げつけてきた剣も、噂に名高い三明の剣のうちの二振りだろう。

 何たら菩薩が打ったとかいう人外の剣だ。


「それは残念ですわ。ですが……」

「しつこいぞ。それとも三対一なのを卑怯とでも言うか?」


 大嶽丸を手放したのは、鈴鹿の判断である。

 三人相手でも自信があるのか、それとも余程に信長のことが大事だったのかは知らないが。


「いえ……。ですが、色葉様? お身体の調子が優れないのでは?」


 こいつ――


「雪葉! やるよ!」


 わたしが驚愕するよりも早く、乙葉と雪葉が動いた。

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