越甲同盟編

第21話 ある冬の月夜

◆越甲同盟編 登場人物紹介◆


●朝倉家

朝倉色葉あさくら いろは:主人公。狐憑きの妖。朝倉景鏡の養女となり、朝倉家の再興を果たす。朝倉家の事実上の当主。


・アカシア:色葉が謎の少女にもらった本。その本に宿った人格。「京介」を「色葉」に作り変えた張本人。


雪葉ゆきは:雪女の妖。色葉の側近。


大日方貞宗おおひがた さだむね:朝倉家臣。越前亥山城主。色葉の側近。


朝倉景鏡あさくら かげあきら:朝倉家の表向きの当主。色葉の養父。


朝倉景建あさくら かげたけ:朝倉一門衆。一門衆筆頭。敦賀郡司。越前金ヶ崎城主。


堀江景忠ほりえ かげただ:朝倉家臣。家臣筆頭。越前国丸岡城主。


真柄直隆まがら なおたか:朝倉家臣。越前一乗谷城代。亡者。


真柄隆基まがら たかもと:朝倉家臣。加賀鳥越城代。亡者。


桜井平四郎さくらい へいしろう:朝倉家家臣。貞宗の与力。亥山城第・桜井平右衛門の子。


山崎景成やまざき かげなり:富田流名人・富田景政の門下生。色葉とは兄妹弟子。のちの富田の三剣。


内ヶ島氏理うちがしま うじまさ:朝倉家臣。飛騨帰雲城主。


尾上氏綱おがみ うじつな:朝倉家臣。加賀二曲城主。


国友六左くにとも ろくざ:近江国友衆の一人。色葉に招聘される。


橘屋三郎五郎たちばなや さぶろうごろう:越前北ノ庄の豪商。朝倉家の御用商人。


●武田家

武田勝頼たけだ かつより:甲斐武田家当主。


仁科盛信にしな もりのぶ:武田一門衆。勝頼の弟。


武藤昌幸むとう まさゆき:武田家臣。武藤家当主。


馬場信春ばば のぶはる:武田家臣。信濃深志城代。


山県昌景やまがた まさかげ:武田家臣。駿河江尻城代。


内藤昌豊ないとう まさとよ:武田家臣。上野箕輪城代。西上野郡司。


春日虎綱かすが とらつな:武田家臣。信濃海津城代。


河窪信実かわくぼ のぶざね:武田一門衆。武田信玄の弟。


三枝昌貞さいぐさ まささだ:武田家臣。


跡部勝資あとべ かつすけ:武田家臣。勝頼の側近。


長坂釣閑斎ながさか ちょうかんさい:武田家臣。勝頼の側近。


望月千代女もちづき ちよめ:武田家家臣。信濃巫の巫女頭。


乙葉おとは:信濃巫の巫狐。


●徳川家

徳川家康とくがわ いえやす:徳川家当主。


酒井忠次さかい ただつぐ:徳川家臣。


石川数正いしかわ かずまさ:徳川家臣。


奥平貞昌おくだいら さだまさ:徳川家臣。三河長篠城主。家康の娘婿。


奥平定能おくだいら さだよし:奥三河の国衆。貞昌の父。


鳥居強右衛門とりい すねえもん:奥平貞昌の家臣。


●織田家

織田信長おだ のぶなが:織田家当主。


大嶽丸おおたけまる:鈴鹿の使役する鬼。


鈴鹿すずか:織田信長と行動を共にする鬼子。信長と帰蝶の娘。農姫とも。



----------これより本編です----------


     /


 こんなに走ったのは生まれて初めてだろう。


 一面の銀世界。

 真夜中であるというのに、その真っ白な地面は月の光を照り返し、蒼く輝いている。

 普段ならばずっとこの世界に佇んでいても良いくらいの、理想の冬の夜だ。


 しかし今は、そんなことを気にする余裕も無かった。

 名も無き雪の精である少女は、ただひたすらに駆けていく。


「はあ――はあ――はあ――」

「逃がしませんよ」


 雪よりも冷たい声が、背後からかかる。

 振り返っては駄目だと本能が訴えかけ、少女は走り続けた。


「あっ……!」


 自分にとってもっとも得意な積雪の上にあって、足がもつれて転ぶなど、一生の不覚。

 少女は転がりながらに涙する。


「ふん……。妖でも泣くのですか」


 半ば雪に埋もれながら少女が見たものは、反りの無い直刀を今にも打ち下ろさんとしている女だった。

 見間違うはずもない。


 妖である自分から見ても化け物としか思えない力を持った、女。

 巫女装束と呼ばれるものを身に着けている以上、巫女の類なのだろうが、少女にはよく分からない。


 ただこの女が、鳥越城に籠る骸兵を全滅させたのは間違いなかった。

 だからこそ、城から脱出した少女が追われ、殺されようとしているのだから。


「死になさい」


 もはや抵抗などする余力も無く、少女は自らの運命を受け入れる。


「――させぬぞっ!」

「っ」


 しかしその運命は、少女が思っていたものと異なっていた。

 振り下ろされた忍刀を打ち払ったのは、野太刀にしても大きすぎる大太刀。


「――まだ動けたのですか」


 感情を感じさせない声のまま、巫女装束の女はいったん大きく間合いをとる。

 少女と女の間に太刀を滑り込ませ、割って入ったのは一人の武者であった。


「真柄様!?」


具足に身を包んだその姿は屈強な武将の何物でもなかったが、しかし兜の中の顔には皮も肉も無く、白い骨と落ちくぼんだ眼窩が異様な存在感を放っている。

 いわゆるしゃれこうべが、兜の中には収まっていたのだった。


「何をしている早く行け! この場は俺に任せよ!」

「ほう……よく言いますね。亡者の分際で」


 女が動く。

 が、それよりも早く、真柄と呼ばれた亡者はその大太刀を大いに振り回した。


 しかし普段のように自由自在には振るえていない。

 なぜならばその骸の武将の片腕が損傷しており、片手でしかその大太刀を扱えていなかったからである。


 その超重量の太刀は、亡者となってその膂力が大いに増したとはいえ、片手で扱うには難儀する代物だったのだ。


「ぬん……!」


 真正面から振り下ろされた一撃を、しかしあろうことか女は片手でもった忍刀で受け止めてしまう。


「ぬう……っ!」


 避けようと思えば避けれたであろうに、女はわざと受け止めたのだ。

 そしてそれは、ごく単純に女の力がその亡者を上回っていることを示していた。


 その亡者――真柄隆基がこの身となって復活してより、明確な恐怖というものを覚えた相手は、これまでたった二人だけであった。

 彼の主と、その主が敵視している鬼だ。


 どちらも妖であったが、しかし今目の前にいる女は明らかに妖ではなく、ひとの子である。

 それに対して恐怖を覚えるなど――……。


「死者に鞭打つ趣味はありませんが、今の私はとても機嫌が悪いのです。ずっとずっと……不愉快で仕方が無い。ですから」

「むっ……!」


 鍔迫り合いは、明らかに隆基の負けであった。

 両手であったならば多少持ち堪えられたかもしれないが、片手では是非もない。

 力任せに押し返され、体勢を崩す。


 そこに投げつけられる二枚の符。

 それが隆基に触れるや否や、一気に燃え上がった。


「ぐ……おおおおおっ!」

「徹底的に滅ぼしてあげます」


 だがその炎は長続きせず、隆基の全身から消えていく。

 そんな様子を女はやや意外そうに見守っていた。


「亡者にはそれなりの効果がある火符だったのですが……打ち消すとは。やはりただの骸とは違うようですね。何者かの加護を得ているのは明白……。教えていただけますか? そうすれば、成仏させてあげますが」

「――たわけが。この真柄隆基を侮るでないぞ」

「死者にも躾が必要なようですね」


 不愉快そうに表情を歪ませて、女が一歩前に出る。

 合わせるように隆基も大太刀を構えた。


 そしてさりげなく、背後に視線を走らす。

 それだけで、雪に埋もれてそれまで動けなかった少女は、意を察した。


 行けと言っているのだ。

 そもそもそれが、少女の目的だったはず。

 こんなところで諦めていいはずがない。

 せめて、一目――その姿を目にするまでは。と。


 歯を食いしばり、立ち上がる。

 そして何も言わずに駆けだした。


 女の冷めた視線に捉われていることは分かっていたが、気になどしていられない。

 一歩でも前に進むしかなかった。


「無意味なことを。あなたが語らないのであれば、あれに聞くだけです。あれに、私の拷問が耐えられるとも思えませんが……」

「愚かなことを。そういう言葉は、ここを抜いてからほざくがいい――」

「それもそうですね。しかし愚かと言うのであれば、それはあなたのことでは?」


 女は一瞬で間合いを詰め、隆基に迫る。

 慌てず、隆基は迎え撃った。


 天正三年二月。


 雪の降り積もる加賀国白峰山中にて、隆基は死闘に身を投じたのである。


 そして時はやや遡る。

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