第二十三章 対決の時

  第二十三章 対決の時


 「輝明てるあきちゃん、元気?」

 私のことをそう呼ぶのは柿山かきやまさんだけだった。柿山かきやまさんは私の中学時代の友達、柿山良太かきやまりょうた叔父おじだった。良太りょうたが姿を消して一年以上経ったが、未だに行方不明ゆくえふめいだった。

 「お久しぶりです。今日はどうしてこんなところに?」

 私たちは翡翠邸ひすいていの庭にいた。

 「ちょっと用があって。お仕事お仕事。遊んでるわけじゃないよ。」

 柿山かきやまさんは面白い人だった。

 「輝明てるあきちゃんこそ、ここで何してるの?稽古けいこはいいの?」

 「稽古けいこはこれからです。ノーマン先生が準備に時間がかかるって。ここで待っているんです。」

 「ふうん。ねえ、それ何?そのかがみ!」

 柿山かきやまさんが子供のように嬉々として言った。

 「それは安倍晴明あべのせいめい様がのこした魔鏡まきょう。僕が輝明てるあきに贈った。」

 そう言って話に加わって来たのは貴人たかとだった。貴人たかと安倍晴明あべのせいめいに仕えていた式神しきがみで、十二神将じゅうにしんしょうと呼ばれる式神しきがみ精鋭部隊せいえいぶたいの一員だった。訳があって十二神将じゅうにしんしょう主将しゅしょうだった貴人きじんの振りをしているが、本当は天后てんこうという名だった。

 「お、貴人たかとか。いつも輝明てるあきにべったりだね。」

 貴人たかとまゆ不快ふかいそうにピクリと動いた。貴人たかと面白おもしろい人がきらいみたいだ。

 「魔鏡まきょうってどんなものなの?」

 柿山かきやまさんが興味津々きょうみしんしん様子ようすで質問してきた。

 「現在、過去、未来が映ったり、人間に化けているあやかしの正体が映ったり、いろいろかな。私も使いながら、そういうのが分かっていった感じで、まだ私が知らないだけで他のものも映るのかも。」

 「へえ。それで輝明てるあきちゃん、今何見てたの?」

 「え?」

 「俺が声かけるまで、ずっとそのかがみ見てたでしょ?一体何をそんなに食い入るように見てたのかなって。」

 柿山かきやまさんはするどい。そう思った。

 「これから起きる私の未来を見ていました。」

 私は正直にそう答えた。

 「その未来を知っていて、ここにいるの?」

 柿山かきやまさんはさっきまでとは打って変わって真剣しんけんな顔でそう尋ねた。

 「はい。」

 私は短くそう答えた。これから自分の身に何か起きるか知っている。知った上で、すべてを受け入れるつもりで私は今、生きている。

 「うんうん。輝明てるあきちゃんはえらいね。俺はもう行くね。さようなら。」

 柿山かきやまさんはまるでもう二度と会えないような口ぶりでそう言った。


 「輝明てるあき、準備ができた。稽古場けいこばに行こう。」

 しばらくするとノーマン先生がむかえに来た。

 「はい。先生。」

 私はすべてを知っても先生をきらいにはなれなかった。これから私にひどい仕打しうちをしようとしていると知っても、大事だいじな先生だった。

 「先生、今までありがとう。」

 私は稽古場けいこばに入る前にそう言った。先生は驚いて目を見開て、振り返った。その表情は今にも泣きだしそうだった。それで十分。あなたの私への情は伝わった。私はやっぱり先生の大事だいじな生徒だったんだね。

 私は一歩踏み出し、稽古場けいこばに入った。


 稽古場けいこばに足を踏み入れた瞬間、張り巡らされていたじゅつが作動し、私をらえた。

 術者じゅつしゃ稽古場けいこばの中にいた。老人が一人、その隣に知った顔があった。天乙てんおつだ。

 「かかったな、輝明てるあき。」

 そう言ったのは老人の方だった。会ったことのない男だった。

 「わしは志賀しが陰陽道人おんみょうどうじんだ。わしがったこのじゅつからお前は逃れられない。」

 やはり志賀しが様だったか。大方予想おおかたよそうはついていたが。

 「気でも狂ったのか!?輝明てるあきに何をする!?」

 そう言って一緒について来た貴人たかとこと天后てんこう志賀しが様に飛びかかろうとした。すかさず、天乙てんおつが阻止した。

 「止めるんだ。天后てんこう。」

 天乙てんおつ貴人きじんに化けた天后てんこうにそう言った。

 「今、何て・・・」

 天后てんこうは言葉を失った。

 「分からない?僕だよ。」

 天乙てんおつはそう言うと、天后てんこうとまったく同じ姿に変わった。

 「貴人きじん!?」

 「そう。僕は十二神将じゅうにしんしょう主将しゅしょう貴人きじん。今は天乙てんおつと名乗っている。長い間ご苦労だった。天后てんこう。僕の身代わりはおもかっただろう?僕は戻った。にんく。元の姿に戻るといい。」

 天后てんこうは言われるがまま元の天女てんにょのような美しい姿に戻った。自分の意志いしというより、気が抜けてじゅつけたようにも見えた。

 「天后てんこう、お前にも聞かせてやろう。あの日の真実しんじつを。僕らがつかえるべき本当のあるじは誰なのかを。」

 天乙てんおつはこの瞬間を待っていたかのように声高こえたからかに言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る