第十六章 空蝉の術

第十六章 空蝉うつせみじゅつ


 十二神将じゅうにしんしょうが力を合わせても阿修羅王あしゅらおうの息の根を止めることはできなかった。仕方なく、清明せいめい様は阿修羅王あしゅらおうを封印することにした。


 死闘しとうの末、地面に倒れた阿修羅王あしゅらおう。それを確認すると清明せいめい様は先にお帰りになられた。後の事は我々十二神将じゅうにしんしょうに任せたのだ。


 まさに鬼の所業しょぎょうと言うのに相応ふさわしい。我々は各々の刀で阿修羅王あしゅらおうの体を四つに引き裂き、清明せいめい様がじゅつほどこしたつぼ遺骸いがいを入れた。あとは誰にも知られないようにつかきずくだけだった。


 「四つのはんに分かれ、各班かくはんが一つずつつぼを持ち、つかきずくこととする。騰蛇とうだ朱雀すざく六合りくごう手塚てづかを、勾陳こうちん青龍せいりゅう玄武げんぶ胴塚どうづかを、太裳たいじょう白虎びゃっこ天空てんくう足塚あしづかを持て。僕と天后てんこう太陰たいいん首塚くびづかを預かる。いいか、互いにつかきずいた場所は明かすな。仲間同士であろうとも秘密とせよ。では行け!」

 貴人きじんの号令で十二神将は《じゅうにしんしょう》飛び出した。

 その場に残ったのは貴人きじん天后てんこう太陰たいいんだった。


 「天后てんこう、こちらへ。太陰たいいんはそこで首を見張っていろ。」

 貴人きじん太陰たいいんに命じた。

 「天后てんこう、話がある。」

 貴人きじんがそう言って、太陰たいいんに声が届かないところまで天后てんこうを呼び寄せた。

 「何か?」

 「天后てんこう清明せいめい様のお傍についていろ。」

 「え?でも・・・」

 「阿修羅王あしゅらおうの首は僕と太陰たいいんで封印する。お前は清明せいめい様をお守りしろ。分かっているとは思うが、清明せいめい様はご高齢で力が弱まっている。我々との主従のきずなも弱まり、いつ式神の契約が破れ、十二神将じゅうにしんしょうの誰かが裏切ってもおかしくない。もしもの時は頼む。」

 貴人きじんが言った。

 「分かった。私が清明せいめい様をお守りしよう。」

 もっともだと思って、天后てんこう貴人きじんの命に従った。


 「それでだな。」

 貴人きじんが話を続けた。

 「僕に化けて、清明せいめい様の下に戻ってくれ。」

 貴人きじん突拍子とっぴょうしもないことを言った。天后てんこうは耳を疑った。

 「この貴人きじん清明せいめい様のお傍にいれば、手を出してくるやからはそうはいない。だから僕が戻って来るまでこの貴人きじんの姿で待つんだ。いいな、天后てんこう。」

 「・・・分かった。」

 十二神将じゅうにしんしょう主将しゅしょうが言うのだから逆らえる訳もない。天后てんこう貴人きじんの命を受け、貴人きじんの姿に化け清明せいめい様の下に戻った。


 「清明せいめい様、只今戻りました。」

 天后てんこう貴人きじんの姿でそう声をかけた。清明せいめい様は小さな鏡を覗き込んでいた。

 「お帰り。早かったね。」

 「ええ。先に帰って参りました。」

 「どうかしたのかい?」

 「清明せいめい様のおそばにはこの貴人きじんがついてなければ。」

 「そうか。この老いぼれを気遣きづかってくれたんだね。ありがとう。」

 清明せいめい様はそう言って力なく微笑んだ。

 「清明せいめい様、そんな言い方・・・」

 天后てんこう清明せいめい様の自虐的じぎゃくてき物言ものいいが悲しかった。いや、もう寿命がつきかけ、おとろえている現実が悲しかった。

 清明せいめい様は嘆く天后てんこう尻目しりめに、再び視線を小さな鏡に落としていた。


 「清明せいめい様、何をご覧になっているのですか?」

 気になって天后てんこうが尋ねた。

 「お前も見てみるかい?貴人きじんよ。」

 清明せいめい様はそう言って鏡を差し出した。天后てんこうは覗き込んでみたが、何も見えなかった。

 「何も見えませんが・・・」

 「おや、見えないのか。私にはいろいろなものが見えるんだがな。」

 清明せいめい様は魅入られたようにまた鏡を見つめた。

 「わしはもうじき死ぬ。でも未来が見える。それが良い未来なんだ。」

 清明せいめい様は和やかな顔で言った。


 「どんな未来が見えるのですか?」

 「わしらはまた会える。姿形は変わっても、またお前たちがわしに会いに来てくれる。嬉しいなあ。」

 「本当ですか!?」

 天后てんこう貴人きじんの顔で喜んだ。

 「本当だよ。わしらは阿修羅王あしゅらおうつかを探す旅に出る。いろんな土地を巡って、いろんな人やあやかしと出会うんだ。今からワクワクするよ。」

 清明せいめい様は童心どうしんに返ったように目を輝かせた。


 「清明せいめい様は旅がしたかったのですか?」

 「ああ。ずっと京を離れ、旅に出たかった。それに今生にはやり残したことがある。もう一度やり直す機会が与えられるのなら、今度こそはやり遂げたい。己の信念を曲げたくない。」

 清明せいめい様は少し苦い顔をして言った。

 やり残したこととは阿修羅王あしゅらおうの封印のことだろうか。やはり討伐とうばつしておきたかったのだろうか。

 「来世らいせでも必ずお会いしましょう。清明せいめい様。」

 天后てんこうはそう約束した。


 それから一年も経たない内に清明せいめい様はこの世を去った。それでも本物の貴人きじんは帰って来なかった。貴人きじんだけではない。他の十二神将じゅうにしんしょうたちもあの日を境に姿を消した。清明せいめい様の死に目にも帰って来ないなんておかしいと思いながらも、天后てんこうは何もできなかった。今更天后てんこうだと名乗ることもできず、貴人きじんのふりをして翡翠邸ひすいていで待った。千年以上も周囲に嘘をついて、孤独に仲間の帰りを、再び清明せいめい様に会える日を待った。

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