第65話 ワルプルギス

「アルトラ、ワルプルギス……!」


 星川皐月ほしかわ さつきの背後から、毒々しい色合いの「手」が出現した。


「なっ……」


 そのおどろおどろしさに、ウツロはたじろいだ。


「ふふふ、見てなさい、ウツロ?」


 女医が口角をつり上げると、その「手」は人差し指を万城目日和まきめ ひよりにかざした。


「んっ……!?」


 彼女は体から力が抜けていくのを感じた。


 まるで肉体と精神が分離されたかのような……


「ほ〜ら」


 人差し指が横に振られ、トカゲもそちらのほうへと吹っ飛び、工場の壁に激突した。


「これは、まさか……」


「そうよ、ウツロ。わたしのアルトラ、ワルプルギスは、人間の肉体を乗っ取って、人形に変えることができる。ふふっ、こいつはもう、わたしの意のままに動くオモチャになったってわけ」


 明かされた能力の正体。


 その内容にウツロは戦慄した。


「さあ、日和ちゃん。遊びましょうか〜」


「うっ……!」


 万城目日和の体が宙に浮く。


 「手」が大きく開き、それに呼応して、彼女の体も外側へ引っ張られる。


「ぐああっ!」


 磔の状態のまま、全身が引きちぎれそうなほど、力を加えられる。


「う〜ん、きっもちい〜っ」


 苦悶するトカゲをながめ、女医は満足そうに笑っている。


「おやめください、叔母さんっ!」


 見ていられなくなって、ウツロは叫んだ。


「だから黙ってろって。それともウツロ、あんたもこうされたいの? ふふっ、いかにもそんな顔、してるもんねえ。なにせあの、鏡月きょうげつの息子だし。当然か、ははははっ!」


「ぐっ……」


 ウツロは内心、不服だった。


 相手は実の姉とはいえ、みずからの父を侮辱されたのだ。


 いや、しかし、しかしだ。


 ここでいきり立ったら俺の負けだ。


 何か、何かあるはずだ。


 あのアルトラの、弱点が……


「ーーっ!」


 彼は気がついた。


 開いた「手」のうち、人差し指の先端だけが唯一、万城目日和のほうを向いている。


 もしかしたら……


「さて、そろそろ飽きてきたわね。このまま肉塊になってもらいましょう、日和ちゃん?」


「あ……が、あ……!」


 「手」が限界まで開く。


「じゃ、さようなら〜」


 アルトラと連動している自分の手を、星川皐月はギュッと閉じた。


「ぐはあっーー!」


 肉が爆ぜた。


 しかし、爆ぜたのは……


「ウツロおっ……!」


 間に飛び込んだ毒虫の戦士。


 そう、ウツロだった。


「ぐふっ……」


 圧迫された全身から、血がしととどに吹き出す。


「あらあらあ、いったいこれは、なんの真似なのかしら〜?」


 女医は忌々しい顔で彼をにらんだ。


「わかり、ましたよ……その、力の、正体が……!」

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