第3話

 楓香が転校してきてから少しの時間が流れた。

 明るく元気な振る舞いをする彼女が学校に馴染むのは早かった。

 特に茉莉とは意気投合している様子だった。


「そんじゃね、楓ちん。蓮きゅんも!」


 放課後になると、茉莉は疾風の如く去っていく。


「まつりんはいつも忙しそうだねぇ」

「次期神主ともなれば、覚えなければならないことも多いんだろう」


 茉莉は一人娘なので、普通は婿養子に継がせることの方が多い。

 しかし、彼女は自らが神主になって継ぐことに決めているらしい。

 その理由までは知らないが。


「その為に大学では神道学を専攻するみたいだしな」

「はー、そうなんだ。先のことを考えてて偉いね」

「そうだな。俺はとりあえず進学程度にしか考えてない」

「この年だと大体そうじゃない? 私もそうだよ」


 俺達は雑談しながらも、鞄を持って教室を出る。

 最近は一緒に下校するのがすっかり当たり前になっていた。


「蓮ちゃんはいつも帰ったら何してるの?」

「…………」


 楓香の何気ない問いかけに思案する。

 さて、何と答えるべきか。

 俺は自分が放課後にしていることを楓香に隠していた。

 しかし、そろそろ隠し通すことは難しいかも知れない。


「え、そんなに悩むこと?」


 俺が悩んでいると、楓香は不審そうにこちらを見た。


「まさか……何か裏社会的なお仕事を……」

「待て待て。想像が飛躍し過ぎだ」


 楓香は手でピストルを作り、向けてくる。俺はそれを平手で払った。


「家で勉強か読書くらいしかしてない、ってことにしておいてもいいんだがな」

「その口ぶり、他にしてることがあるわけだね。さあ、白状するのです」


 興味津々な様子の楓香に、俺は提案する。


「どうせなら、これから一緒に来るか?」

「え、良く分からないけどいいの?」

「別に構わない」

「行く行く!」


 楓香は内容も聞かずに元気よく了承する。


「そんなほいほい頷いてたらそのうち騙されるぞ」

「蓮ちゃんだからだよ」

「本当か?」

「……た、たぶん」


 俺が疑わしい目で見ると、目線を逸らす楓香。怪しい。


「まあ、いい。とりあえず行くか」

「ちなみに、どこに行くの?」

「今日は白樹会館に行こうと思う」

「それって、町内会の?」

「ああ」

「一体そんなところで何が……」


 楓香は頭の上に疑問符を浮かべていた。




 白樹会館は町内会で使用する為の建物だ。

 中にはいくつかの個室と、数十人が集まることが出来る座敷の部屋、炊事用の台所などがある。

 また、建物の外には祭りで使うような道具を収めた倉庫もある。


 俺と楓香は会館の中に立ち入ると、『会長室』と扉のプレートに記された一室をノックした。


「はい、どうぞ」


 中からしゃがれた声の返事が来た。俺は扉を開ける。


「こんにちは、剛三ごうぞうさん」

「ああ、蓮くんか。こんにちは」


 白髪で老齢の男性が机に向かっており、老眼鏡を外してこちらを見た。

 そこは八畳程の部屋となっており、壁側は棚が埋め尽くしている。棚の中身は町内会に関する資料だ。


「おや、蓮くんの彼女かな?」

「あ、そう見えます?」


 楓香はなぜか嬉しそうに返事したが、俺はきちんと訂正する。


「違いますよ。手伝いです」

「なるほど。前の梗介くんみたいなものか」


 剛三さんは得心した様子で自己紹介をする。


「初めまして。私は木下きのした剛三。町内会の会長をしている。気安く名前で呼んでくれると嬉しい。町には同じ名字の者も多いからね」

「初めましてー! 蓮ちゃんと同じクラスの天野楓香です、よろしくお願いします、剛三さんっ!」

「はは、楓香ちゃんは元気の良い子だね」


 二人の自己紹介も済んだところで、俺は本題を切り出す。


「今週は何かありますか?」

「ああ、ちょっと待ってくれ」


 剛三さんは引き出しを開けると、一枚の紙を取り出した。

 俺はそれを受け取り、書かれた文字に目を通す。


「問題なさそうかい?」

「はい、どれも前に行ったことがある場所なので」

「なら、よろしく頼むよ」


 俺達は軽く会釈して部屋を後にする。

 楓香は歩きながら釈然としない様子で問いかけてくる。


「で、結局、蓮ちゃんが何をしているのか、まだサッパリなんだけど」

「これを見れば分かる」


 俺は剛三さんから受け取った紙を、楓香に手渡した。彼女は文面に目を通す。


「これは……困ってる人リスト?」

「そんなところだ」


 紙にはいくつかの町に住む人の名前と住所が記されており、その横にはそれぞれ困っていることが書かれている。


「この町は老人が多いだろ? それで、身体的に厳しい力仕事なんかを手伝って欲しいと思ってる人が結構いるんだ。町内会でそんな人の支援をしていて、俺はその手伝いだ」

「なるほど、ボランティア活動だね」

「分かりやすく言えば、そういうことだな。バイト代は出ないが、お茶や菓子を出してくれる人は多いぞ」

「偉い! 私は今、猛烈に感動してるよっ!」


 楓香はわざとらしく号泣するような仕草をして見せる。


「……そんな風に言われると気恥ずかしいから、あまり自分からは言いたくないんだよ」


 それこそが楓香に隠していた理由だったりする。


「まあ、ボランティアしてるんだぜー、みたいに積極的に言って来られると、疑わしく思っちゃうのはあるよね。それに比べて、陰でひっそりと人助けを行う蓮ちゃんはまるで現代に現れた侍……よし、これからはラストサムライ蓮ちゃんと呼ぼう」

「おい、絶妙にダサい名前やめろ」

「えー、渾身のネーミングなのにー!」


 不満そうに唇を尖らせる楓香。俺はそれ以上取り合わず、白樹会館の外に出る。


「さっさと行くぞ。別に一日で全部済ませる必要はないが、終わらせられる分は終わらせておきたい」

「その時の蓮ちゃんはまだ知らなかったのです、あんなにも恐ろしいことが待ち受けていようとは……」

「妙なナレーションを入れるんじゃない」


 そうして、俺達は手始めに近場の家から向かうことにした。

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