第15話



 荷物を預けて身軽になって、俺はステージに向かった。

 パッと見、急ごしらえとわかる階段をのぼる――あ、いや、違うな?

 ステージの上は足もとの感覚が違う。


 ちゃんと石材の上に作ってあるな。

 好印象だ。

 遠目にはわからなかったが、フードの下からこっちを見つめている司会者も、同じく好印象………………


 ふ、

 む?


「3番の方。名前と職種を」


 フードの襟口から覗く髪の色は、金。

 ぎりぎり目元までしかうかがえないが……そこまで見えれば、じゅうぶんだ。

 魔王の中でも、俺はとびきり、人間の顔を覚えるのが得意でな。


「これは……酔狂な」


「ん?」


「いいや。なんでも。名はゼルスという」


 俺のような辺境の魔王など、人間たちは名も知らんと思うんだがな。

 マロネもアリーシャも心配性だから、知恵を絞って偽名を考えたのだ。さすが俺様。


『しょ~もな』


 マロネおまえツインテもぐぞ。


「ゼルスン殿。職業は?」


「神官だ。見ての通り」


「神官殿。仕えている神さまはどちらで?」


「げ」


「げ?」


 いえいえ、と笑顔を取りつくろう。

 しかしやばい。

 マロネてめえ。

 今度ツインテ、セメントスライムでカッチカチに固めてやる!


「ええと……仕える神、は」


 司会者こいつ、こんな質問をしてくるってことは、よほど神の名に詳しい自信があるのか。

 下手にうそをついたら、見破られるかもしれない。


 だが俺も、1人の魔王として、実在する神に仕えているなどと。

 たとえうそでも、口にするのはプライドが……!


「太陽神ラドラリオンにお仕えしておりま……した」


 さよならプライド。

 また会う日まで。


「太陽神さまに。それはそれは」


「ええ。はっはっはっ」


「着ている物には、太陽神のシンボルを付けていないようだが?」


「ああ、うむ……今は教会を辞し、自らの道徳とはなんぞやを探究するべく、学びの旅の途上であるからして」


「なるほど。それはすばらしい心構え、感服いたした」


 あっぶね。

 ギリやばいかと思って、仕え『てた』って過去形にしてよかったあっぶね。


「では、身につけているスキルの中で、Aクラス以下のものをどうぞ」


 ふむ。

 冒険者ランクに対応して、スキルの強さにも段階がある。

 たとえ実力Sと認められる冒険者でも、ここではAまでのスキルに抑えねばならんのだな。


 これだけの数の魔法陣なら、Sスキルでも……その上のもの・・・・・・でも、耐えられそうな気がするが。

 念には念を入れて、か。


「危機管理能力、見習うべきだな」


「なにか?」


「いいや。できるだけ良いパーティに見初めてもらいたいものだ、とね」


「どうぞ健闘を」


 にこりともせず、司会者が後ろへ下がる。

 応援ありがたく。

 しかし、健闘するわけにはいかないのだよ。


 たとえAクラス相当のスキルでも、俺が全力を振り絞れば……

 アリーシャに忠告された通り、たちまちここから逃げるはめになりかねんからな。


 だが、とはいえ。

 予定して・・・・いた手加減・・・・・のほうも、中止だ。


 確実に実力をアピールしなければならない。

 そういう状況に、今、なっている。

 どうしたものかな……


「……ふむ。よし」


 俺はゆったりと、全身を脱力させた。

 子供だましのような発想だが、意外とこういうののほうが、目にとまるのではないか?


「神官スキル、<ドメオストロンド>」


 スキルが発動し、俺の周囲に薄紫色の光が躍った。

 本来ならば、死者の魂を安らかに浄化するAクラススキル。

 しかし実際に使用しているのは、効果のよく似た闇のスキルだ。


 本当に神官のスキルを使えるわけがないからな! 俺が!

 このくらいのごまかしなら、朝飯前というものよ。


「よく見ておいてくれよ……?」


 にい、とひそかに口元で笑む。

 俺の狙い通り、浮かぶ魔法陣のうち4枚が、その色を濃い青に変じ――


 ざわ、と広場にさざなみのような声が起こった。


 驚き、というほどではない。

 なんだあれ? という誰かの声が示すように……

 ステージの上空を制する魔法陣たち、そのいちばん外側・・・・・・の4枚だけ・・・・・が色を変えたことに対する、疑問のようなものだろう。


 ちら、と審査員席に目をやる。

 彼らはとまどいながらも、俺にSクラスの判定をくれた。

 よしよし。


 これで確実に……少なくとも『俺たちのターゲット』は、俺に興味を持ってくれることだろう。

 だが。

 それをより、確かなものとするために……!


「木の実に!!」


 ステージ上から群衆に向かって、俺は全身をくねらせた。


「あとちょっとで手が届いたのに、もぎとる直前でカラスに持っていかれたときの、ウッドゴブリン!!」


 広場に満ちていたざわめきが。

 消えた。


 ふ……

 誰もが、俺に見惚れているようだな。

 このモノマネのキレたるや。

 1パーティに1人、いや、1家に1台はおいておきたいほどだろう。台? いやよくわからんが。


「……マロネよ」


 胸を張ってステージを下りながら、俺は遠き腹心に呼びかけた。


「収穫があったぞ」


『どこがっスか。絶対やるなって言ったのにモノマネ』


「いいだろ別に、結果的に成功だったんだから」


『魔王様の言う成功って言葉、ちゃんと辞書に載ってます?』


「なんだとコノヤロ、そんなこと言ったらテメーよけいなことアリーシャに吹き込みやがって! 仕える神聞かれたぞ! 危なかったぞコノヤロ!」


『太陽神の軍門に降ってましたね、プークスクス』


「ゆるさねー! 俺ぁおまえをゆるさねー! セメントスライムで全身固めてやる!」


『それで、収穫ってなんです?』


「こいつ主人の話を……! まあいい。以前、おまえにビジョンを見せてもらった、ターゲットの勇者だが」


『ああ、はい。え、見つけたんですか?』


 うむ、と俺はステージを振り返った。

 どういう事情かは知らないが。


「さっきの司会者がそうだ」


『……ほほーーーん? それはまた』


「フードで顔が見えにくかったが、間違いない。単にイベントの仕切りを頼まれただけなら、素性を隠したりはせんだろう。パーティメンバーをさがしているってのは本当のようだな」


『マロネの調査がズバリってことですね? 魔王様ぁ、今がほめどきですよお!』


「よくやった。うまいものを食わせてやる。スライム固めで動けんだろうから、アリーシャに食べさせてもらうといい」


『ちょっ』


 会話を打ち切り、俺はアリーシャをさがした。

 ターゲットが食いついてくるかこないか。

 人間流のひまつぶしを楽しみながら、待つとしようか。



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


ここまでで、もし「おもしろい」と感じていただけたり、

「マロネ……」と黙祷を捧げてくださったり、

そういうのなくてもお心がゆるすようでありましたら、

心やさしき★★★でのご評価、またご感想など、

なにとぞよろしくお願いいたします!


次は11/21、7時ごろの更新です。

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