第101話 ドンケスの目的を知った
「しかし、こういう時のために作っておいた隠し扉とはいえ、まさか本当に使う日が来るとは――む、扉の仕掛けが壊れておるではないか!?ゲルガスト、貴様ハイドワーフならちゃんと仕掛けを解いてから入ってこんか!」
「バカなことを言うな!あの暗闇の中でどうやって複雑な仕掛けを解けというのだ!昔からお前は理論ばかりで現実的な問題を考えようとしとらんな!少しは使う者の身にもなれ!」
再会の時こそ互いを懐かしむような眼をしていたドンケスと、世界最高の鍛冶師であるマスタースミスの称号を持つハイドワーフのグラファス。
だが次の一瞬でどういうスイッチが入ったのか、俺達の存在を忘れたかのようにケンカを始めてしまった。
「大体貴様はいつも細かすぎるのだ!それで何度面倒事に発展したか!」
「それを言うなら、貴様が雑な扱いをして壊した武具を直してやったのは誰だと思っておる!挙句の果てにはどれだけ乱暴に扱っても傷一つつかない武器を作れだと!その制作のために何度死にかけたか忘れたのか!?」
しかも、現在進行形でどんどんエスカレートしているし。
これはそのうち殴り合いに発展するぞ。
ここで常識人なら普通は止めに入ったりするものなのだろうが、亜人の中でも一番の怪力のドワーフ、それも上位種であるハイドワーフ同士の喧嘩に割って入るほど俺も命知らずじゃない。
それは同行者であるラキア、リリーシャ、リーネも同意見だったようで、その辺のものを物色したり、近くにあったソファに腰かけたりと思い思いの行動をとり始めていた。
俺も壁にかけてある剣を眺めようとしたが、どうせなら時間は有意義に使おうと思いなおし、暇を持て余している一人、リリーシャに近づくことにした。
「なんだ?何か私に聞きたいことでもあるのか?」
「いやな、そう言えばそこでドンケスと喧嘩している相手のことを何も知らないなと思ってな。教えてくれないか、リリーシャ」
俺としてはできる限り丁寧にお願いしたつもりだったが、それを聞いた彼女の反応はドン引きそのものだった。
「お前正気か?あそこにいるグラファスという男は、ゲルガスト王と並ぶドワーフを代表する生ける伝説だぞ?お前、本当にこの世界の住人か?」
「ダイセイカイ、ワタシハ、イセカイジンダ」
あまりにドンピシャなリリーシャの疑問にそんなくだらないギャグも思いついたが、バカなことを言っていると氷のまなざしで見られるならまだしも、この場には俺の言うことなら催眠術にかかったようにホイホイ信じてしまうラキアというアホな星からやって来た子の存在を思い出して、すんでのところでやめておいた。
「いやな、元々俺はこの大樹界よりもさらに東から来たんでな、いわゆる大陸の常識ってやつを知らないんだよ。だからここはひとつ教えてくれないか?」
「……なるほど、道理でいつも変な格好をしているかと思っていたが、そういうことだったのか。確かに、ここからさらに大陸の東の果てに、俗世間から隔絶されたように生きている人族がわずかにいると聞いたことがある。そうか、タケトはそこの出身だったのか」
なんか変な格好とか言われて俺の心がちょっと傷ついたこと以外は、どうやらリリーシャに納得してもらえたようだ。
……それにしても東の果て、と来たか。
なんだか日本のことを言われているみたいで妙な気分だ。
「ならば教えてやろう。とは言っても、説明の半分はあそこにいるドワーフ王がしてしまったがな。ドワーフが物づくり、特に武具制作に血道を上げていることは知っているな。そのためなら、本来人付き合いの苦手な性格を押して他種族と交流を持つほどだ。一流の鍛冶師のドワーフともなれば人生そのものを武具制作に捧げていると言ってもいい。そんな求道者たちの頂点に立っているのが、あそこにいるグラファスだ」
リリーシャに教えられ、改めてドンケスと一緒にいるハイドワーフに目を向けてみる。
「ぐおおおおおおっ!?離せ!離さんか!?」
ドンケスにヘッドロックをかまされて顔がぐにゃぐにゃに歪んでいた。
「あれが?本当に?」
「し、知るか!?あのドワーフ王が言っただけで私は見たことなどないぞ!」
自信なさげなリリーシャだったが、まあ、ドンケスがそう言ったのだからひとまず信じるしかない。
「で、それで終わりってわけじゃないんだろ?」
「も、もちろんだ!コホン、マスタースミスというのは一つの時代に一人にだけしか与えられない称号だが、グラファスが歴代のマスタースミスと一線を画しているのは、破壊不可能な金属でできた武具、ミスリルシリーズを生み出した点にある、らしい」
「……それが本当なら確かにすごいことに思えるが、なんで『らしい』なんだ?」
「実際にミスリルシリーズを自分の目で見た目撃者が少ないからだ。現存していると言われているのが、大戦斧、大楯、ハンマーの三つだけだからな。しかもそのうちの二つの在り処はここ、ゲルガンダールで両方とも厳重に管理されていて、同じドワーフでもまずお目にかかれないらしい」
「なるほどな。ところでリリーシャさんや」
「なんだ、突然変な呼び方をして。気持ち悪いぞタケト」
「気持ち悪いって言うな!……いやな、どうやらその世にも珍しいミスリルシリーズとやらの三つのうち二つがこの部屋にあるみたいなんだがな」
「何を馬鹿な――って、あれは!?」
リリーシャにわかるように俺が順番に指差した先に、それらはあった。
一つ目は、幼馴染に再会するなり喧嘩を始めてしまったドンケスが床に転がした大戦斧、それを包んでいた布が
もう一つはもっとあからさまだった。
グラファスの私室にしては広すぎるこの部屋の中には何十もの武器防具が飾られているのだが、そのうちの一つが部屋の照明を反射して尋常ではない輝きを放っていた。
ちょうど床に転がるドンケスの得物と同じくらいの輝きを。
「ま、魔王軍に属していた時には何度盗もうとしても近づくことすら敵わなかったミスリルシリーズが目の前に、しかも二つ同時にだと……!?」
どうやら自分の身に起きていることが夢なのではと疑うくらいに驚いているらしいリリーシャ。
正直驚きすぎだと思うがな。
「多分だけどな、どんなに厳重な警備や頑丈な金庫を突破するより、あの二人からあれを奪い取るってハードルの方が何百倍も厳しいと思うぞ」
「わ、わかっている!それに今の私は魔王軍とは何の関わりもない!ちょっと気になっただけだ!」
そりゃそうだよな。
だれでも、かつて自分が追い求めたお宝がいきなり目の前に現れたら、心を揺らさずにはいられないよな。
「とにかく、あの大戦斧フガクと大戦鎚ツルギ、あの二つを持ったドワーフの大戦士が、当時まだ弱小種族に過ぎなかったドワーフ族を、戦いと鍛冶の二面で繁栄に導いた立役者であることは間違いない」
「俗にいう二枚看板というやつか」
「ああ。だが、ゲルガンダールの名が大陸中にとどろくようになったある日、ドワーフ王ゲルガストが突如出奔、慌てふためいた王の側近たちはグラファスに王位を継いでもらおうと懇願したが、取りつく島もなく拒絶され、やむなく王不在のまま元老制を敷いて合議制で政治を行うことになったらしい」
「まあ、その理由はなんとなくわかるけどな」
「おそらくタケトの想像は当たっている。再三の要請に嫌気がさしたグラファスは、当時すでにゲルガンダール随一の規模となっていた自分の工房を弟子たちに任せて、自身は工房の奥に作った私邸に引きこもるようになったそうだ。そこには高弟ですら立ち入ることを許されておらず、ゲルガンダールの最高機密の一つとまで言われるようになっている」
「どうやら俺達はあっさり入れちゃってるけどな」
これまでの経緯を考えると、ここがそのグラファスの私邸であることは疑うまでもないんだろうな。
「言うな!これでも現実を受け入れようとして今までの自分と心の中で必死に戦っている最中なんだ!」
「お、おう、なんかすまん」
そんな風に、頭を抱えだした元暗殺者兼間諜のリリーシャに謝った後、俺はさっきまでドスンドスンと部屋中に響き渡っていた大きめの物音が止んでいることに気づいた。
「きょ、今日はこのくらいにしておいてやる。ぜえ、ぜえ、」
「そ、それはこっちのセリフだ。はあ、はあ、」
肩で息をしながらよろよろと立ち上がる二人のハイドワーフ。
どうやらヒートアップしていた感情は、ケンカのおかげで冷却されたようだ。
「ふう……とりあえず今日はここに泊まっていけ。無駄に広く作りすぎたせいで部屋だけは余っているからな。それとそこの小僧」
グラファスが指差さなくても、この場で小僧という呼び方が合っているのは俺だけだ。
「ゲルガストから話は聞いた。貴様にはあとで話がある」
え、どう見ても会話しているようには見えなかったんですけど?
ひょっとしてケンカの時によく言う、《肉体言語》ってやつか?
「さて、長旅で疲れとるところを悪いが、もう少し付き合ってもらうぞ」
あれから、グラファスの高弟の一人というドワーフを紹介された後(なぜか俺達がいることに驚かれなかった)、それぞれに弟子が寝泊まりするための部屋をあてがわれ、ドワーフ流の肉メインのスタミナ系ディナーをごちそうになった後(リーネが果たしてドワーフの食事を食べるのか心配だったが杞憂だった)、女性陣は工房の地下に作ったという温泉に案内されて、俺一人だけ別行動になった。
本当は俺も久々の温泉を堪能したかったのだが、工房の主から話があると言われては断るわけにもいかず、再び先ほどの隠し通路がある部屋に弟子の一人に案内されてやってきた。
「なんだ、ようやく来たのか。遅いぞタケト!」
「いいからこっちに座って飲め!」
そんな感じで俺に怒鳴ってくる二人のハイドワーフ。
その二人が座っている大理石っぽいデカいテーブルの上はこんな感じだった。
肉肉肉酒肉肉酒肉肉肉酒酒肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉
つまり、二人は酔っていた。
「酔ってんじゃねえよ!話があるんじゃなかったのかよ!?」
「もちろんだ。何を馬鹿なことを言っておる?この顔が酔っているように見えるか?」
「わかった!酔ってないのは分かったから顔を近づけるな!」
ラキアとかとは別の意味でドンケスを拒絶する。
だが力でドンケスに勝てるわけもなく、俺ができた抵抗は精々必死に顔を背けることくらいだった。
だが、一瞬ちらりと見たその顔には、確かに酔いの欠片も見えなかった。どうやらこの二人、俗にいうウワバミというやつらしい。
そして、ようやく元の位置に戻ったドンケスに、背中にびっしょりと冷や汗を掻いたまま、俺は尋ねた。
「それで、話ってなんだ?長いようなら明日にした方が俺の疲れも取れて効率もいいと思うんだがな」
「安心しろ、話ならゲルガストから一通りは聞いた。小僧――面倒だな、ワシもゲルガストと同じくタケトと呼ばせてもらうぞ。その代わり、ワシの呼び方も好きにしろ。それでだタケト、お前をここに呼んだのはただの確認だ。それほど時間は取らせん」
前置きをすっ飛ばすところも、いきなり呼び捨てにしてくるところも、幼馴染とそっくりなグラファス。
だがその性格は、必要に駆られる時以外はできる限り手短に済ませたい俺には好ましいものだ。
「タケト、お前がこのゲルガンダールまでやって来たのは自分の武器を手に入れるため、そうだな?」
「ああ、だが俺は――」
「皆まで言わんでもすべてゲルガストから聞いておる。お前が強力すぎる自らのスキルの副作用でまともに武器を扱えないことはな」
驚いた。
まさかあのドンケスが一言も断ることなく、俺の秘密をグラファスに打ち明けるとは夢にも思わなかった。
……いや、待てよ?
ドンケス、グラファス、マスタースミス。
このピースをつなぎ合わせて考えれば、導き出される答えは一つしかない。
「グラファス、あんたが俺の武器を作ってくれるのか?」
「違うな、大間違いだ。ワシの専門はあくまで鋼。このゲルガストのように樹木を扱う才能などない」
おいおい、それじゃなんでドンケスは俺の秘密をグラファスにばらしたんだ?
そう思ってドンケスの方を見てみると、ようやく俺をここまで連れてきたハイドワーフが口を開いた。
「タケト、思い出せ。そもそもお前は自分で自分の得物を作り出していた。だがそれには限界があった。その未熟を金煌将軍に打ち砕かれた。その原因は何だ?」
黄金の男の話は初耳だったらしいグラファスの驚きの表情をよそに、俺は答えた。
「それは、所詮ただの竹槍じゃアイツの武器には勝てなかったからだ」
「ふむ、まあ、半分正解といったところだな。確かに、かつてワシが対峙した金煌将軍と今のタケトを比べると、技という部分ではそれほどの差があるとは思わん。つまり、勝敗を分けたのは武器の差であるというタケトの推測はおそらく正しい」
「だったら――」
「だがな、思い出せタケト。お前の魔道具作りの腕は超一流、しかも竹細工に関しての腕はワシをはるかに上回っとる。そしてタケトの実力は竹を武器とした時にこそ真価を発揮する。ならばお前に足りないものはなんだ?」
「………………材料と、工具?」
「そうだ!!」
ドオン!!
頑丈な大理石のテーブルが砕け散るんじゃないかと思うほどの力で拳を叩きつけたドンケス。
その音と声が、俺の心にかかっていたモヤを吹き飛ばしていく、そんな錯覚に襲われた。
「工具はワシとグラファスが用意する。タケト、お前はお前だけの最強の武器を作るための最強の竹を用意するのだ!ワシはその瞬間を見たいがためだけにお前をここに連れてきたのだ!見せてみろタケト!お前の本気とやらを!!」
初めて見る、そしてこの先二度と見ることはないだろうと確信させるほど、興奮しきったドンケス。
「ワシにはゲルガストほどの熱意はないが、それでも幼馴染の一生の頼みとあっては聞かぬわけにもいかん。ワシにも見せてもらうぞ、金煌将軍の黄金を打ち砕くほどの武器をやらを」
それとは対照的に落ち着き払った声色で俺に語り掛けてくるグラファスだが、その瞳にははっきりと情熱の炎が宿っていた。
「……わかった、二人とも、よろしく頼む。いや、俺に最高の武器を造らせてくれ!」
そして、二人のハイドワーフに迫られるまでまなく、俺の心もまた、一世一代の竹細工を生み出す計画に心を動かされずにはいられなかった。
「そうと決まれば今日は飲め!どうせ興奮して眠れぬのなら夜通し飲み明かして燃え尽きるのだ!」
そのセリフを言ったのは果たしてどちらのハイドワーフだったのか。
その後の記憶はぷっつり途絶えている。
俺の次の記憶は、ラキアに甲斐甲斐しく世話されながら、天地がひっくり返り続けるような文字通り二日間の人生最悪の二日酔いに襲われる、長い長い戦いの始まりだった。
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