第57話 いろいろ用事を済ませた


 獣人の子供たちのための孤児院をコルリ村に作りたいというシルフィさんの突然の提案は、いくつもの確認を取らざるを得ない難しい問題だった。


「いいですよ」


「そうですよね、タケトさんも即答できるほど簡単な話ではないですよね……」


「だからいいですよ」


「できればあの子たちに自然に近いところでのびのびさせてあげたいんですけど……っていいんですか!?」


 だが、コルリ村の都合と、俺個人がシルフィさんの味方に回ることは別の話だ。


「まあ、村長と相談してみないとなんとも言えない部分はあるんですけど、多分大丈夫だと思いますよ」


 少なくとも、俺がシューデルガンドを守るためにあっちこっち飛び回っていた間に、コルリ村を取り巻いていた食糧や住居などの緊急性の高い課題はあらかた片付いていた。

 実際に冬を越せるかどうかでその真価が問われることになるのは間違いないが、それを考慮に入れてたとしても、獣人の子供たちを受け入れる余裕はあるだろう。


「それに、あの子達もここに厄介になりっぱなしというわけにもいかないですしね。とりあえず俺たちと一緒にコルリ村に帰りましょうか」


 俺が言葉にしたのはそれだけだったが、大勢の人族が集まる街という場所は、獣人、とりわけ親のいない子供たちが住むには厳しすぎる環境だ。

 しかも、シルフィさんが真っ先に頼るべきシューデルガンドの神樹教の教会はあの体たらくだ、出会って間もない俺に一縷の望みをかけるのも無理のない話だ。


「ありがとうございます、ありがとうございます。……今の私ではこの恩をどう返せばいいのか考えもつきませんが、精一杯子供たちとコルリ村のために働かせていただきます」


 一筋二筋と流れるシルフィさんの涙を見ながら、俺は彼女の優しさに心打たれるのだった。






 来た道を戻ってセリカにシルフィさんの話を軽く説明した後(前向きに検討するとのことだった)、俺は一人で街に出ていた。

 というのも、とある二つの知らせが俺が滞在しているセリカの屋敷に届いていたからだ。


「いらっしゃい、ってあんたか。どうやら無事に帰ってきたようだな」


 カウンター越しにそう話しかけてきたのは、ドンケスからの頼まれ物の調達を依頼していた武器屋の店主だ。


「運よく五体満足で帰ってこられたよ」


「運よく、ね。まあその話はいいか。で、頼まれてた素材だが、結論から言うと全部は集めきれなかった」


 やっぱりか。

 まあ、冒険者もあの戦争に駆り出されていたこともあって、かなり望み薄だったから落胆するほどではないな。


「特に、大樹海で採れる鉱石のインゴットが全く出回っていなかった。下手をするとシューデルガンドに一つも残っていないかもしれんと思うほど、噂すら聞かなかった。もう少し探せば何か情報があるかもしれんが、どうする?」


「いや、そろそろ村に帰る頃だしここまででいいさ。ありがとう。ドンケスにもよろしく伝えておくよ」


「ああ、わかった。ドンケスの旦那に、たまには酒でも飲みに来いと伝えてくれ」


 俺は入手できた素材をセリカの屋敷に運んでもらえるよう頼んでからドンケスから預かっていた代金を支払った後、武器屋を後にした。






「まさか、本当に君のお茶が飲めるとは思ってもみなかったよ。しかもうまい」


「そりゃどうも。それにしても、ギルドマスターともなると部屋も立派ですね」


「私にとっては過ぎた広さだよ」


 俺が淹れた竹の葉茶を飲みながらギルドマスターの私室でそう話すのは、シューデルガンドの冒険者を纏め上げる冒険者ギルドのギルドマスター、エスメラルダさんだ。

 ちなみにお茶を淹れた、この部屋に備え付けられていたキッチンだが、なんと竈ではなく魔道具で加熱する設備だった。

 最初に見た時にはIH調理器かと疑ったほどに洗練されたデザインで、初めて見た俺でも

 簡単に使える造りになっていた。


「いや、それにしても美味いな。君を専属の使用人として雇いたいくらいだよ」


「褒めても何も出ませんよ」


 あれから武器屋から直行で冒険者ギルドに立ち寄ったのだが、多忙の身だろうからアポを取り付けるだけのつもりだったのが、前回案内してくれた受付のお姉さんに話しかけたところ、一分と待たされずにエスメラルダさんのいる部屋まで案内されてしまった。

 その時、部屋の前でギルドマスターとの面会を待っていた何人もの人たちから強烈な視線は、しばらく忘れられそうにない。


「そんなにのんびりしていて、外で待ってる人たちはいいんですか?」


「ああ、あれはいいんだ。ああいう飛び込み同然で私のところに来るような奴らは、どうせ大した用事なんか持っていないよ」


「それ、正に飛び込みで来た俺に言いますか?」


「君はいいんだよ。むしろ私の方に用事があったのだから。だが、まずは君の話を聞こうか」


「それこそ大した用じゃなくて、ただの依頼完了の形式的な報告ですよ。エスメラルダさんに会う必要があったのかと思う程度のね」


「いや、今回はシューデルガンドの存亡に関わる大事件だったんだ。街の責任の一端を担う立場としては、最大限の情報を集める義務がある。タケト殿が話せる限りでいい、一部始終を聞かせてくれないか?」


 そこまで言われては是非もない、俺はエスメラルダさんに、俺の力のことを伏せながら敵の情報を中心に報告した。


「……そうか、やはり銀鋼騎士団が出張って来ていたのか。やはり君を行かせた判断は間違っていなかったようだ」


「それにしては、あの鎧の色はお世辞にも銀とは言えなかったですけどね」


「うん、やはり銀鋼将軍の死亡説がただの噂ではなかったということだな。これが本当なら、グノワルドのみならず人類圏全体の戦略に影響する大事件だ。私の方からも、早急に王都に向けて報告書を送るようにしよう。だがそれ以上に、これからのグノワルドにとって厄介なのは、ワッツ子爵だな」


 途端に苦々しい顔つきになったエスメラルダさんだが、どうやら竹の葉茶を飲んでそうなったわけではないらしい。


「厄介?処罰されて終わりじゃないんですか?」


 むしろ個人的にはお家断絶でも温いぬるいくらいなのだが。


「ところがだ、戦争も終わらない内から当主直々に王都に報告が入ったらしくてね、東の大公が自分の策を受け入れなかったから自分の部隊は敵軍に隙を作るために悲壮な覚悟を持って玉砕、その機を逃した東の大公にこそ戦争責任があると主張しているんだ」


「……なんだそりゃ、完全な言いがかりじゃないですか」


「ところが、その言いがかりですら場合によっては通用してしまうのが貴族の世界というところでね。ワッツ子爵家の現当主は領地経営も領軍の指揮も素人以下なのだが、宮廷工作を始めとした世渡りだけは異常に上手くて、ある意味で最も貴族らしい貴族と評判の人物だ」


「それ、褒めてないどころか害しかない最悪の人間、じゃないですか」


 人間のクズという言葉は何とか飲み込んだが、どうやら俺の言いたいことは伝わったらしくエスメラルダさんは大きく頷いた。


「ただ、さすがにワッツ子爵も東の大公に楯突くのは分が悪すぎると分かっている。それが、最近になってワッツ子爵がある人物に急速に近づいていると、複数の筋から情報が寄せられるようになった」


 そこまで言ったエスメラルダさんは意味ありげに俺を見てきた。

 ……当てて見せろということか。


 要は、東の大公が手を出しにくくなるほどの力を持った人物ということだろう。

 なら……


「まさか王家?」


「悪くない発想だが、外れだ。そもそも陛下から全幅の信頼を持たれているムーゲル侯爵は、無能な人間が大嫌いと公言してはばらない性格だ。ワッツ子爵の言葉になんて耳も貸さないだろうね」


「いや、むしろこんな当てずっぽうが当たらなくて安心しましたよ」


 あのツンデレオッサンが実は極悪人でした、っていうのはある意味テンプレの極みなんだが、俺的にはそんな展開は願い下げだ。


「さて、ヒントは与えた。今度こそ当ててほしいものだ」


 ……グノワルドを揺るがす様な結構な大問題を、この人はまるでクイズ感覚で楽しんでるな。

 器がデカいのか、頭のネジが緩んでいるのか、いや、あえてそう思わせて相手の油断を誘っているいるだけかもな。


 まあそれはともかく、そろそろ答え合わせと行こうか。


「……西の大公、ですか」


「ほう、どうしてそう思った?」


「これも当てずっぽうですよ。王家に匹敵する力を持っているのは三人の大公だけ、その内の東の大公と事を構えようとするなら、他の大公の後ろ盾を得るのが自然な流れかなと」


「ふむ、では南の大公を外したのは?」


「いや、それこそただのカンでしかないんですけどね。唯一魔族の領域と接していない南の大公がわざわざ東の大公を陥れて自分の安全を脅かすようなことをするかな?と思っただけですよ」


「……西の大公家はグノワルド建国以来の武門の家柄を誇ってきたところでね」


 どうやら正解だったらしくエスメラルダさんはいきなり話の続きを語り始めた。


「指揮権こそ王都派のムラサメ公爵が握っているが、昔からノスミルド要塞の軍の中核を占めているのは西の大公軍なんだ。それだけに、彼らのグノワルドを守っているのは自分たちだという自負は強くて、いつの頃からか西の大公は野心を持っているなんて噂されるようになった」


「……野心って何ですか?」


「噂は噂さ、そればかりは大公本人にしかわからないな。とにかくあそこは王家や他の大公からの介入を嫌っていて、まるで一つの国のような振る舞いをすることがある。その西の大公が諍いの火種にしかならないワッツ子爵を本当に抱え込んだとなると、何か事を起こす気なのかもしれない」


「それ、もう叛乱を企ててるって言ってるようなものじゃないですか……」


 なんてこった、気軽なあいさつ程度のつもりがとんだ陰謀論を聞かされてしまってるぞ。

 こちとら政治なんて面倒の極みみたいな世界に微塵も興味はないんだ、絶対に関わらないからな。


 絶対に関わらないからな!!


「さて、私の話はこれで終わりだ。さすがに外で待ってくれている者達に悪いからこの辺りでお開きにしようか。おや、なんだか元気がないね、大丈夫かい?」


「誰のせいだ!誰の!」


 無言でお暇しようとした俺に対して、エスメラルダさんは容赦なく追い打ちをかけてきた。

 だが、こんなものは彼女にとってはジャブ程度の軽いものだったらしい。

 本命の攻撃はその後に来た。


「そうそうタケト殿、なんでもこのたび騎士爵に叙せられたそうで、おめでとうございます」


「なんでいきなり敬語で話すんですか……まあ、ありがとうございます」


 立ち上がって貴族っぽく会釈するエスメラルダさんは、次の言葉に猛毒を塗り込んで放ってきた。


「一応この街の代官が叙爵したということになっているが、この件に東の大公が絡んでいたことはいずれ貴族の間にも伝わるだろう。おめでとうタケト殿、これで君も東の大公の手の者として西の大公に狙われる可能性が出てきたわけだ。精々共に頑張ろうではないか」


「それを先に言えーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 目の前のエスメラルダさんに言ったのか、それとも俺の叙爵を企んだセリカと東の大公に言ったのか、とにかく俺の絶叫はギルドマスターの部屋のみならずギルドの建物中に響き渡ったのだった。

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