第56話 騎士爵になった


 明くる日の朝、袴を脱いだ着流し姿の俺はセリカの執務室に呼びだされていた。


「ふあ~~あ、用件はなんだよ。俺は二度寝で忙しいんだ」


「うっさいわ!タケトがウチの部下やないから次の日の報告で許してやっとるんやないか!さっさと喋れ!」


 ああ、そりゃ用件といえばそれしかないよな。


 というわけで、俺は昨夜教会に単身乗り込んだ一部始終をセリカに語って聞かせた。


「……ふうん、大体シルバが言うとる通りやな。確かに証拠は残っとらんのやな?」


「ああ、周囲に張り巡らせた竹は、俺が外に出た後で全部枯らして塵にした。残留している魔力から異常なことが起きたことくらいは分かるだろうが、それだけだろうな。あ、」


「なんや、その嫌な感じの、あ、は?ウチのカンが全力で聞くなと言うとるんやけど……」


 いやいや、言わなかったらそれはそれで怒るだろうが。


「いや、リリィを背負って正門の手前まで来たところで、もうひと悶着あってな」






「ま、待ちなさい!あなた、こんなことをしてただで済むと思っているのですか!?」


 リリィを起こさないようにゆっくりと正門に向かっていた俺に耳障りな甲高い声で話しかけてきたのは、リリィに鞭で暴行を加えていたババアのシスターだった。


 正直、腕がまともに上がらない状態で追いかけてくるとは思ってもみなかった。

 意外と根性あるじゃないか。


「いや、ただで済むも何も、認識阻害スキルの影響で、お前ら全員俺のことがわからないだろ?」


 深編笠の隠蔽スキルは、リリィが寝入った後再び絶賛稼働中だった。


「そ、そんな程度のことで神樹教があきらめると?その獣人の顔は憶えました。この街にいる限り必ず探し出して相応の報いを受けさせてやります!」


「はったりもいいところだな。お前らはこの街でルキノ商会、もっと言えばシューデルガンドのすべての商人を敵に回すつもりか?」


「な、なんですって!?なぜそこでルキノ商会の名が出てくるのです!?」


 なんだ?ひょっとしてこのバアさん詳しい事情を聞かされていないのか?

 だとすると、今回の誘拐の首謀者はそこでぶっ倒れてるカルムとかいう初老の騎士の可能性が高いわけか。

 今となっては知る必要もないことだが。


「まあとにかく、ルキノ商会と揉めたくないなら、これ以上の詮索はやめておくことだな」






「――それでもババアがメンツだなんだとうるさかったんでな、一発かましてやったわけだ」


「どうかましてやったんや?」


「こう、礼拝堂の一部をガラガラと土台から崩して竹林に変えてから、次ちょっかい掛けてきたらこうなるのはお前たちだぞ、って言ってやったんだよ」


「………………ちゃんと証拠は消して来たんやろな?」


 考え込んだ末の反応がまたそれかよ。

 まあ、神聖な礼拝堂を破壊したとか道徳的な問題を一々口にしないだけやりやすいし、この方がセリカらしいんだが。


「安心しろ。そいつも塵に変えたし地中の魔力の網もきっちり消した。連中が何を言っても、原因は地盤沈下としか説明がつかないだろうな」


「ならええわ」


 ええんかい。

 いや別に文句はないんだが。


 多分だが、今頃俺のやったことの後始末にシルバさんたちが動いている真っ最中だろうから、こっちとしてはむしろ感謝せんといかんのだがな。


「用件はこれで終わりか?じゃあ俺は二度寝に戻るぞ」


「アホか、報告はただのついでや。本題はこれからや」


 さっさと帰ろうとする俺を呼び止めたセリカは、机の引き出しから二枚の書類と美しい細工の施された短剣を取り出した。


「なんだこれ?……叙爵、証明書?」


「まあ名前の通り、タケトの騎士爵としての身分を証明する書類や。一応魔法で偽造防止の処理を施された紙やから、なくすといろいろ面倒なことになるから気を付けてな。それと、これは携帯用の身分証代わりの短剣や」


「……なんていうか、一応貴族なんだろ?叙爵の手続きにしちゃ、扱いが雑過ぎやしないか?っておい!危ないから投げるな!」


 貴族の証の短剣を投げてよこしたセリカは、なぜか俺を見ながらため息をついた。


「……本来なら、簡略化してでもちゃんとした叙爵式をシューデルガンドのトップの代官が執り行うべきなんやけどな、ウチが昨日のうちに断りを入れて、タケトが急病ということで急遽中止にしてもろうたんや。それで、忙しくてなかなか予定の取れない代官の代わりに、ウチがタケトにそれを渡す役に就かされたっちゅうわけや」


 俺は答えない。

 なぜなら、セリカが俺を仮病にした理由を大いに自覚していたからだ。


「もちろん、タケトが教会に殴りこんだのが大きな理由なんやけどな。叙爵式ともなれば、教会を含めたシューデルガンドのお歴々の耳に一応は入れとかんといかん。まあ、タケダ騎士爵と昨日の襲撃者を同一人物だと勘ぐられることはまず無いやろうけど、昨日の今日や、念には念を入れとこうと思うてな」


 やはりというか、セリカが俺の考えを先回りして言った理由は、昨日の襲撃が原因だった。

 そこで話は終わるかと思ったが、意外にもやや真剣な面持ちでセリカは続けた。


「もう一つ、世間様でも割と知られた理由があるんや」


「そんなものがあるのか?」


「このグノワルドに限らず、隣の帝国も長い間魔族との戦いに明け暮れとるわけやけど、そうなると出てくるのが、貴族になるほどの功績を上げる人間が際限なく増え続けるっちゅう問題や」


「なるほど、まあ当然だよな」


「大抵は剣やら金貨やらの褒美で済むんやけど、中には貴族に取り立てるような大きな功績を上げる者も確実に出てくる。代々家が続いていく世襲貴族は別やけど、タケトが今回もらった騎士爵のような一代限りの貴族の扱いっちゅうのはかなり雑でな、有り体に言って王都でもそないな木っ端こっぱ貴族のことなんか管理しとらんのや」


「じゃあいったい誰が……東の大公か」


「正解や。滅亡した北を除く三人の大公には、一代貴族に限って叙爵の裁量権が与えられとるんや。まあタケトに関しては、表向きは白焔によって壊滅した東の山岳地帯で唯一自力で立て直した村の代表者の功績をたたえる、って形やけどな」


「それなら、別に村長であるマーシュでもいいんじゃないか?」


「そやから表向き言うとるやろ。まあ、その村長にウチやジジイに正面切って物を言える度胸があるなら、考えてやってもええけどな」


 セリカや東の大公に正面切って話しかけるマーシュか……ないな。

 どちらかというと、その場に土下座しながらその姿勢で心臓の鼓動を止めそうだ。


 ……どの道、もう受けてしまった騎士爵の地位だ、今更な話だな。


「まあいいや。それで、もう一枚の紙は?」


「むしろこっちが話の肝やな。まずは見てみい」


 なになに……

 俺は書類関係に詳しくないので正確には分からないが、どうやら俺の戸籍と経歴が合体したような感じの書類のようだ。

 簡単に言うと、俺がはるか遠い東の島国からの移住者で、現在はコルリ村の住人だと書かれているようだ。


「これは写しなんやけどな。大事なのはここや」


 そう言ったセリカが指さしたのは犯罪歴と書かれた項目だった。


「犯罪歴、無し。………………は?」


 おいおいちょっと待て。俺は王都で反逆罪に問われてコルリ村への流刑にされたんだぞ?

 それが、何をどうしたら犯罪歴無しなんて書類を作成できる状況になるんだ?


「その反応はもっともやな。そやけど、タケトが最初にシューデルガンドに来た後にルキノ商会のコネを使って一通りタケトの身辺を洗わせたことがあるんやが、その時の調査とこの紙の内容はぴったり一致しとる」


「……多分、俺の正体が勇者召喚で呼ばれた異世界人だと知っているセリカならわかっていると思うんだが、召喚された時のごたごたで俺は流刑に遭っているはずなんだがな……」


「そんなもん、答えは一つしかないな。タケトはそもそも最初から流刑になんかなってなかった、ちゅうだけやろ」


「おいおい、マジか」


「正確には、あのムーゲル侯爵がうやむやにして握りつぶしたんやろな。そもそも公式には、あの事件は魔族の襲撃のせいになっとる。唯一人族側で責任を負うべき立場の勇者も死亡扱いになっとるしな。いまさら事を荒立てて、グノワルド王国の大失態を表沙汰にしようなんてアホは、少なくとも王都の中にはおらんっちゅうわけや」


 ……なんてこった、まさか遠く離れたこのシューデルガンドの地で、大臣のおっさんのツンデレが再び炸裂するとは。

 一体あのおっさんは、どれだけ俺の好感度を上げたいんだよ。


「……いや待てよ、その流刑の証明さえできれば、俺は貴族なんて面倒くさそうなものにならなくてもよくなるんじゃないのか?」


「アホか、その時は、ウチとジジイで適当にタケトの戸籍をでっちあげるに決まっとるやないか。あれだけ派手なことをしておいて、今更ウチらから逃げられると思わんことやな。さあ、用は済んだから、とっととその証明書と短剣を持って出て行ってくれんか?これでも忙しい身なんや」


 ククク、と陰謀を企む悪の秘密結社のボスのように笑うセリカに(実際似たようなものだが)反論する気も失せた俺は、何の感動もないままに騎士爵叙勲の証明書と短剣を受け取るのだった。






 そういえば、騎士爵になったら何か生活が変わるのかという、ある意味で肝心なことをセリカに聞きそびれたまま部屋を出てしまった俺は、考えが纏まらないままぼーっと屋敷の中を歩いていた。


 まあ、貴族といっても一代限りの木っ端貴族のようだし、いきなり家臣や屋敷が湧いてくるわけでもないだろう。

 そんな風に自分を納得させた時、ちょうど居間に差し掛かったところで、ある人に呼び止められた。


「ああタケト様、ちょうどよいところに。実はお話したいことがありまして今朝から捜していたのです」


「シルフィさん……」


 聖女のような気品をたたえた神樹教の司祭様は、俺にソファに座るように促すといきなり頭を下げてきた。


「まずはお礼を言わせてください。昨夜はリリィを助けていただいて本当にありがとうございました」


「いや、俺だってリリィを助けたかった思いは同じだったわけですし、シルフィさんに感謝されるような事じゃないですよ。それよりも、リリィの様子はどうですか?」


 昨夜、といっても日の出間近の時刻にセリカの屋敷に帰って来た後、徹夜で俺たちの帰りを待っていたシルフィさんに俺の背中で眠りこけていたリリィを任せて、俺は速攻で自分の部屋に戻っていたから、その後のことはまだ知らなかった。


「昨日の疲れが出たようで今も眠っています。あの様子なら夕方までは起きないでしょう。タケト様さえよろしければ、あの子が起きるころに見舞いに来てあげてくださいませんか?」


「それは構いませんよ」


「ありがとうございます。……あの、それでですね、お話というのはあの子たちの今後にも関わってくる話なのですが……」


 そこまで話してから、なぜか言いよどむシルフィさん。

 だが何かを決意したようなその瞳は、話すこと自体をためらっているわけではなさそうだった。


「実は、あの子たちのために孤児院を設立して、親と再会できるまで私が面倒を見ようと思うのです」


「それはいいことですね」


 ……ん?でも孤児院を建てる相談なら、俺じゃなくて大金持ちのセリカにするべきだろう。俺では孤児院どころか、を建てる土地を買う金すらないぞ。


 そう思って、セリカに話を仲介してほしいというお願いなのかなと?いう俺の予想は、次にシルフィさんから飛び出した言葉によって完膚なきまでに粉砕された。


「タケト様!その孤児院をコルリ村に作らせてはもらえないでしょうか!?」

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