第37話 再び山賊に襲われなかった


 セリカからの手紙で、シルフィさんの護衛など様々な用事を抱えた俺の久しぶりの旅の準備は、急に忙しさを増した。

 いや、実際にやること自体が急激に増えたわけではなかったのだが、急に圧し掛かってのしかかってきた精神的な焦りがそんな気分にさせているのかもしれない。


「ご主人様、なぜ、なぜなのだ!?」


「ホントお前は俺の命令をまともに聞いた事がないよな!」


 だから、マーシュの家にて俺から直接村に残れと言われて駄々っ子のように反抗するラキアへの対応も、多少雑になってしまっている自覚はあった。


「私もシューデルガンドに行きたいのだ!」


「そんなに距離が離れているわけでもないんだから一度くらい行ったことはあるだろう!?」


「いや、一度もないぞ。いくら村長に頼んでも許してくれないのだ」


 そうのたまうラキアのいで立ちは、いつもの袖なしのシャツに太ももまで見えるショートパンツという、そのまま都会に行けば痴女扱いされてもおかしくない服装だった。


「うん、お願いするならその服装くらいはなんとかしようか」


「なぜだ!?この方がいざという時に動きやすいではないか!」


 駄目だ、こいつ人の言うことなんて聞きやしねえ。


「いいかラキア、近場とはいえ今のコルリ村に余分な人数の旅費を出す余裕なんてないんだ。そして従者になってくれたラキアには悪いと思っているが、今の俺は一文無しで給金を払ってやることすらできていない。そんな状況でお前だけを連れて行ってやるわけにはいかん」


「ううぅ、わかったのだ……」


 俺の言葉を理解したのか、それとも真剣に説得したら従っただけなのか、とにかくちょっとべそをかきながらもようやく頷いたラキア。


 ……なんだろう、正しいことを言っているはずなのに、なぜかとても悪いことをしているこの気分は。


 だが今日の俺は、今までのただ慌てふためいていただけの俺ではない!

 ちゃんと秘策があるのだ!


「ラキアよ、俺もお前の主人として何も考えていないわけではないのだ。ちゃんと俺が旅に出ている間のことも考えてある」


「なに!?本当かご主人様!」


「うむ、ラキアよ、お前にこれを授けよう!……じゃじゃーーん!!」


 そう言って俺が奥の部屋からとってきたのは(じゃじゃーーんの間に少々間が空いたのはご愛敬だ)竹材オンリーで作った大型の和弓わきゅうと、竹の他に魔物の骨など複数の材料をドンケスに手伝ってもらって完成させた小型の黒い合成弓の二本の弓だ。

 弦は、何とかという虫の魔物(名前が長すぎて覚えられなかった)が紡いだというドンケスおすすめの逸品。

 もちろん、それぞれに合った長さの矢も矢筒付きで用意した。


「ラキア、俺が帰ってくるまでにお前はこの弓を使いこなして――ラキア?」


「………………」


 反応がないなと思ってラキアの方を見てみると、キラキラした子供のような純粋な目でじっと二本の弓を見つめていた。

 何か底知れぬものを感じたのでとりあえずそっと差し出してみると、ひったくるように二本の弓と矢筒を手にして外に出て行ってしまった。


「ちょっとためしてくる!!」


 そんな大声が聞こえたのは、すでに家の外からだった。


 いや、他にも自前の弓をなくしたラキアの為に作ったとか、見たこともなかったであろう和弓の使い方とか、まだまだ言うべきことはいっぱいあったんだがな。


 まあ、あれだけ喜んでくれたなら製作者冥利みょうりに尽きるってものか。






 本当は俺自らラキアに弓の使い方を教えてやりたかったのだが、いざ旅となると意外とやることが多く、正に雑事に忙殺された十日間となった。


「おいタケト、聞いとるのか?」


「え、ああ、すまん、ちょっと考え事をしてた」


 出発の朝、見送りに来てくれたドンケスと話しながら魔物の素材を積んだ馬車に乗り込んだ俺は、同行するJ四人組が準備をしている様子を見ていた。


「そんな調子で大丈夫か?ここに来た時と違って、行きは徒歩で行くつもりなのだろう?」


「大丈夫だよ。それくらいなんでもないさ」


 これは嘘ではない。

 爺ちゃんの指導のもと、元の世界で積んできた稽古の中には三日三晩飲まず食わずで戦い続けるための山中訓練もあった。

 確かに最近寝不足だが、行動に支障が出るほどじゃない。


 そして、そんな思いまでした俺がこの十日間何をしていたかというと、危険と思われる竹細工の、ケルンさんと相談しながらの整理と処分作業に追われていたのだ。

 大半の竹細工は、鍵付きのマーシュの地下室に保管という形で落ち着いたのだが、俺が旅に持っていくもの以外の、一部の危険と判断された代物は、完全に灰になるまで焼却処分することになった。

 特に、竹トンボとか竹炭とかは危な過ぎて、危機管理的にも心情的にも、とても村に置き去りにすることはできなかった。

 さすがにその様子を村人以外に見られるわけにもいかなかったので、その間はシルフィさんには適当に理由をでっちあげてセリオの診療所に移ってもらった。


 まあ、焼却自体は炭焼き小屋を利用しただけなのでさほどの苦労はなかったが、問題はその後の捨てる場所だった。


 ケルンさんと話した結果、魔力を蓄えているであろう竹の灰は、コルリ村を中心とした広範囲に少しづつ撒くことで、万が一起きるかもしれない魔力の影響を最小限に抑える方法をとることになった。


 村の人達に手伝ってもらって人海戦術を取ればさほど時間をかけずに済んだんだろうが、灰に残っている魔力に誘われた魔物に出くわしたらケガ人が出る危険があったので、結局俺一人で撒いてくることにしたのだ。


 マーシュに長いこと預けていた馬と竹の葉茶によるドーピングの力を借りたとはいえ、オレが疲労を感じるほどのなかなかの重労働だった。

 何をトチ狂ったのか、九日目あたりに「枯れ木に花を咲かせましょう!」なんてほぼ炭化した大きな木に灰を撒き散らした記憶があったから、精神的に相当ヤバいことになっていたのは間違いない。


 ついでとばかりに、俺の自宅近くの小山にも竹を一面に生やしておいたことは、これまでの話に比べたら些細な出来事だろうな。


「おいタケト!しっかりせんか!」


 おっといかん、また意識が他所へ向いていたようだ。


「ちゃんと聞こえてるよ。それで、わざわざ見送りに来てくれただけ、ってわけじゃないんだろ?」


 ドンケスとはまだ短い付き合いだが、それでも彼が感傷的な気持ちで動くことはないと、ようやく最近分かってきた。

 今日も、何か明確な用事があってこの場に来ているのだろう。


「ふん、それくらい頭が回っておれば大丈夫か。用はこれだ」


 そう言ったドンケスは小さな紙片を手渡してきた。


「ちょっと街で買ってきてほしい物のリストだ。村長には断ってあるから、費用は魔物の素材を売った金の中から出してくれ。店のことはあの四人の若造の誰かに聞けばわかる」


「わかった」


「頼んだぞ。この買い物は特にタケトには無関係ではないから、くれぐれも忘れんようにな」


「それはどういう――」


「お待たせしましたー」


 遠くの方から一番大事な積み荷であるシルフィさんの声が届くと、ドンケスは俺の肩を叩いて馬車から離れて行った。






 シューデルガンドへの短い旅の初日は天気も良く、正に旅日和といった感じだった。

 メンバーは俺、アーヴィン、J四人組の内三人が徒歩で馬車の周りを囲み、J四人組の残りの一人とケルンさん、シルフィさんの三人が馬車に乗って急斜面に作られた道を進んでいた。


「しっかしタケト、その格好はなんなのさ?オレも結構いろんな土地を見てきたつもりだけど、そんなの見たことがないぜ」


 確かにアーヴィンの言う通り、俺の姿はこのメンバーの中で異彩を放っていた。


 上下は藍染めっぽい着物に黒の山袴でその上から袖なしと呼ばれる上着を着こんでいる。

 この世界で言うところの、東方風の装いというやつだ。

 まあこれだけならちょっと珍しいいで立ちくらいにしか思われないだろうが、今日の俺はさらに竹を編んで作った深編笠ふかあみがさをかぶり、足元はこれまたお手製の武者草鞋むしゃわらじで固めた上に竹槍まで持っている。

 背中には、用意した竹細工や食料などを詰め込んだ竹籠を取り付けた背負子を背負っている。

 さらに、今は晴天なので着ていないが、馬車には雨具としてみのも積み込んである。

 アーヴィンでなくても、さすがに目を引くどころの話じゃないことは自覚していた。


「俺は、グノワルドじゃ知ってる人間がいないほどマイナーな東の方の小さな島の出でな。これはそこで作ってた衣装を参考にしたものなんだよ(っていう設定だ)」


「(なるほど、納得さね)」


 最後の部分だけは、俺が異世界の人間だと知っているアーヴィンにだけ聞こえるように囁いた。

 もちろん旅に合った機能的な服装なのだが、あえてこの服装にしてある。

 まあ、利用することになるかどうかは今は何とも言えんが。


 すると、それまで不思議そうにちらちら俺の方を見ていた、同じく俺の事情を知るケルンさん以外の五人の視線が納得したものに変わっていくのを感じた。

 なるほど、アーヴィンはこれを狙ってわざわざ話を振ってくれたのか。


 ほんのちょっとだけだが、アーヴィンの好感度を上げてやるとするか。

 まあ、出会い方がかなり悪かったからまだマイナスの状態だがな。


「そう言えばタケト、村を出る前にドワーフと話をしていなかったか?ていうか、あの村にドワーフなんていたんだな」


「ああ、ドンケスのことか。あいつはあんまり人付き合いが好きじゃないから、村に客が来ている間は工房に籠ってほとんど外に出てこないんだ」


 それ以外の外出も、ほぼ工事現場に行ったきりだしな。


「ああ、そりゃ確かにドワーフっぽいな。……でもあの顔、どっかで見たような気がするんさ。あのドワーフは何歳なんだ?」


「よくは知らんが確か二百歳とか言ってた気がするな」


「二百!?はー、ハイドワーフが国の外にいるとか、珍しいこともあるんさね」


「なんだ、そのハイドワーフっていうのは?」


「俺もよくは知らん。まあ、ハイとつくくらいだからドワーフの上位種じゃないんか?」


 知らんのかい!?


「随分適当だな、……まあいいけど」


「まあ、俺の心当たりのドワーフとは名前も違うし、そもそも皆一様にヒゲモジャ顔のドワーフの違いなんてわかるわけもないさね。忘れてくれ」


「わたくしも、あのドワーフ様のお顔に見覚えがある気がするのですが……」


 そう言いながら、馬車の中から俺とアーヴィンの会話に割って入ってきたのは、シルフィさんだ。


「といっても直接お会いしたわけではなくて、実家にあった三百年前の絵の中によく似たお顔があったんです」


「へえ、ちなみにその絵の人物って何者なんですか?」


「なんでも、人間と盟約を結ぼうとした偉大なドワーフ王、ゲルガスト様だと聞いた覚えがあります。噂では盟約が破談になって間もなく退位なされて、以降は消息が分からなくなったそうですが」


「じゃあきっと別人ですよ。年齢の計算が合わない上に、ドンケスもそんな名前じゃないですし」


「そうですね。きっと他人の空似なのでしょう」


 そんな無駄話ができるほど、旅は順調そのものだった。

 どうやら、村の周囲で魔物を間引いていたおかげで、シューデルガンドへの道はかなり安全になったようだ。


 ……ん?そう言えば何か忘れているような……たしかカトレアさんから言われたんだっけな?

 魔物がいなくなると代わりに出てくるもの……


 ドオオォォン!!


 そんな俺の思考は、ちょうど両側を斜面で挟まれた谷に作られた道に差し掛かった地点で、突如前方で巻き起こった爆音によって中断された。


「タケトの旦那、木だ!何本も大きな木がが落ちてきて道の真ん中をふさいでやがる!木の断面が綺麗すぎる、盗賊だ!!」


 大声で俺に告げたのはJ四人組の……ジャック、そうジャックだ。多分。


「とにかく馬車を守るんだ!」


 馬車を止めて外にいた五人で周囲を警戒しようとしたところで、アーヴィンが俺達を制してきた。


「まあちょっと待つさね。依頼を受けてからこっち、あんまり護衛らしい出番がなかったから、ちょっとケルンの旦那にアピールさせてくれないか?この状況なら、多分俺が一番適任さね」


 そう宣言したアーヴィンは、俺たちの返事も聞かずに右手を天にかざして詠唱を唱え始めた。


「天空の覇者たるわが友よ、契約に従いその力を見せたまえ、『ゲートオープン』!!」


 その言葉と共に俺たちの直上に現れたのは、巨大な青い魔法陣。


 そしてその魔法陣の中から空間を飛び越えて降臨したのは、アーヴィンと初めて会った時に召喚した個体よりも五倍はあるだろう巨大な青のドラゴンだった。


「貴様、竜王の眷属たる我を、またこのような雑事で呼び出しおったな」


「まあまあ、たまにはこうして会いたくなってると思ってわざわざ呼んでやってるんだから感謝してほしいくらいさね」


 ドラゴンがしゃべった!?


 ……いや、アーヴィンの方は普通に会話しているが青いドラゴンの方は口を動かしていないし、それなりの距離があるのに、関わりのないはずの俺にも、まるで隣にいるかのようにはっきりと聞こえて

 くる。おそらく通常の発声法ではなく、何らかの魔法的な意思伝達の術があるんだろう。

 そして、理屈は分からんが、あのドラゴンが相当賢いことだけは間違いないな。

 前にカトレアさんは言っていた通り、この世界には人族や魔族以外にも知性のある存在がいるってことか。


 そんなことを考えながらも周囲の警戒を続けていたが、俺を含めた全員が意外なほど落ち着いていた。

 考えてみればケルンさんとシルフィさんは一般人ではないから納得だが、J四人組の方は……ああ、あれは状況に脳が追い付かずにフリーズしているだけか。

 まあ、パニックになって騒がないだけ上等だな。


 こっちは問題ないので、崖の上、死角になっている位置にいるであろう、盗賊と思われる複数の気配に意識を向けてみる。


 いや、不自然に木々が揺れている様子からいって、気配を探るまでもなくあちらさんが動揺しているのがはっきりとわかる。

 これならちょっと脅しただけで逃げ散ってくれそうだなと、俺が考えたその時、


「よしセイクン、いっちょう派手にビビらしてやれ!!」


「まったく、ドラゴン使いの荒い奴だ。・・・・・・グルルルルルウウウゥゥゥ、ギャアアアアアアウオオオオオオゥオオオォォォ!!!!」


 それはまさに竜の威厳と恐怖を示すには十分すぎる示威行為であり、ていうかあまりに規格外の存在に俺もビビったし、他のメンバーはみんな腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。


 当然、その竜の咆哮の矛先だった盗賊たちが感じた恐怖が、俺たちが体験したものが子供騙しに思えるほど桁違いの威力だったことは、想像に難くない。


「おいおい、さすがにやりすぎだろ……」


 そう思った俺はアーヴィンに非難の眼差しを向けようとしたが、当のアーヴィンも、まさかこの後死ぬほど後悔するとは夢にも思っていなかっただろう。


「………………うえぇ、ワァ~~~~~~~~~~ン!!」


 ふいに、小さな女の子の泣き声と思しき声が山中に響き渡ると、まるでそれが合図だったかのようにあちこちから子供の泣き声が大合唱のように始まった。


「えぐっえぐっ」

「ママーーーーーー!!パパーーーーーー!!」

「おうち帰りたーーーーーーい!!」

「ヤダアアアァァァァァァァ!!」

「泣くな!泣くんじゃ……ヴエェェェェェェェェェェェ」


「契約は果たした。我は失礼する」


「あ、ちょ、待てこら、オレにだけ責任を押し付ける気か!?」


 上空を見ると、威圧感を与えていた青いドラゴンはすでに姿を消しており、残されたアーヴィンは俺の極低温の視線に気づくと、助けを求めるように袖を掴んできた。


「子供がいるなんて思わないじゃないか!!」


「知らん、この外道が」


 蔑みの目で見ながら俺がアーヴィンを振りほどくと、いつの間にかに立ち直っていたケルンさん、シルフィさん、J四人組が静かにゆっくりとアーヴィンを取り囲んでいた。


「待った!待ってくれ!」


「……皆さん、神樹教司祭の名において許します。この鬼畜に天罰を」


 見たこともないほど冷たい目をしたシルフィさんの宣言で、私刑は執行された。


「ホントに、ほんとに悪気はなかギャアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 グノワルド王国四空の騎士の一角、征空の騎士にしてSSランク冒険者アーヴィン、未成年虐待の罪でここに死す。


 享年は知らん。

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