第62話 テルアキとユナの想い

──俺とユナは道具屋の帰り道、

時計台の上から夜景の街並みを

2人で眺めていた。


「わぁ! 綺麗っ!」


ユナの顔に笑顔がこぼれる。

その笑顔を見て俺も微笑む。


しかし、それもつかの間、

ユナの顔は複雑な表情に変わっていった。


(……僧侶様、やっぱり

ホーリーサクリファイスの事、

私に教えてくれないのかな?)


ユナは綺麗な町並みを見下ろしながら、

ゆっくり話し始めた。


「……僧侶様、明日はいよいよ

魔王との決戦だね」


「ああ、そうだな。

ついにここまで、来てしまったな」


「僧侶様、一つ聞いても良い?」


「うん? どうした?」


ユナは深呼吸をして、

俺の目を真っすぐ見て言った。


「僧侶様、

私に何か隠してる事……、無い?」


(……えっ!?)


俺はユナの質問に戸惑った。

ユナに隠してる事……、勿論ある。


俺は一番大切な事をユナに隠している。


ホーリーサクリファイスの真実……


でも俺は、これをユナに伝えない……


と心に決めている。


ユナは俺の目の前で

不安げな顔をしている……。


(……どうしよう?

ここは冗談で場を和ますべきかな?)


真実を伝える事が出来ない俺は、

ユナに冗談を言ってごまかす事にした。


「……ユナに隠してること。

ああ、実はあるんだ」


「……えっ!?」


ユナは予想外の答えに驚いた。


(僧侶様!? もしかして……、

教えてくれるの!? 本当の事っ!?)


俺は話を続ける。


「えっと、今まで黙ってたんだが、

……ダンドにリベンジする為に

100日間修業していただろ?


実はその時に、同い年の女性僧侶から

求愛されてたんだ……」


(……ユナ、すまないっ!

この捨て身の冗談で見逃してくれっ!)


「……なっ!? ……ファイアッ!!」


「どわっ!! 熱っちち!!」


ユナのファイアが俺の顔を覆った。


「僧侶様、酷いっ!! ……それ本当!?

真面目に修業してると思ってたのに!

同僚とイチャイチャしてたなんて!!」


「ちょ、ちょっと待て! ユナッ!

俺はちゃんと断ったぞ!

決してイチャイチャなんて

してないからなっ!


それにだ! 俺にとってそういうのは

……お前だけなんだぞ!」


(わわっ! 俺っ!?

……勢いで何て事を!?)


自分の発言に堪らず赤面してしまう……。


(……えっ!? 僧侶様!?

……今、何て!?)


ユナも俺の発言に照れながら赤面した。


「もぅ……、そんな事言って!

僧侶様のバカッ!」


……ドンッ!


ユナは俺の胸を軽く突く。


……そして、ユナはそのまま

切なそうに俺の前に寄り添う様に立ち、

俺の胸に顔をうずめて下を向いた……。


(……僧侶様、やっぱり本当の事、

教えてくれないんだね)


ユナは感極まり、

そのまま俺の胸の中で

小さく震えながら泣き始めた……。


そして俺の胸を

両手で交互に小さく叩く……。


……トンッ、トンッ。


(……えっ!? ユナッ!?)


その行動に驚いた俺は、

ユナを落ち着かせようとして

ユナの両肩に手を乗せた。


「……ユナ、大丈夫か?」


ユナは俺の胸を叩き続け、

小さく答える……。


「……ううん、大丈夫じゃない」


(……えっ!?

この状況……、俺はどうしたらっ!?)


「……ユナ、明日の戦いが不安なのか?」


「それもあるけど……、

でも、そうじゃないよ。

これは……、僧侶様のせいなんだから」


俺はユナの言葉に更に驚く。


(……えっ!?

どういう事だ? 俺のせいって?


はっ!? ユナ……、まさか!?

ホーリーサクリファイスの真実を

どこかで知ってしまったのか!?


いや、でもそんなっ!?

もしそうだとしたら……俺はっ!?


……ユナッ!?

まさか、そんなっ!?)


ユナがホーリーサクリファイスの

真実を知っているかもしれない……


そう考えた俺は、

無意識の内にユナを抱きしめていた。


(……えっ!? 僧侶様!?)


……ユナは俺の腕の中で顔を上げ、

目に涙を浮かべながら俺に問い掛ける。


「僧侶様、本当に……私に隠してる事、

無いんだよね?」



……辛そうなユナの顔に


……涙を浮かべるユナの瞳に


……俺は胸が張り裂けそうだった。



でも、やはり俺の心は変わらない……。


(……ユナッ! すまないっ!)


「本当だ。

ユナに隠してる事なんて無いぞ」


その言葉に

ユナの目から涙が流れ落ちる。


(……僧侶様、

やっぱり最後まで本当の事、

教えてくれないんだね)


「……分かった。

もういいよ、僧侶様」


ユナはまた下を向き、

小刻みに震えながら

俺の腕の中で泣きはじめた。


「……うぅ、うぅっ。


……僧侶様のバカッ!


……バカッ、バカッ!!」


……ドンッ! ドンッ!


ユナは泣きながら、

先よりも強く俺の胸を叩く。


「うぅ……うぅっ。

私! 知ってるんだからっ!!


……僧侶様は隠してるっ!


……凄く大事な事!


……私に隠してるんだからっ!!


……あうぅっ! ……うぅっ!!」


(……えっ!?

ユナ!? 何でそんな事をっ!?


……ユナッ! ……すまない!

本当にすまない!!)


ユナの言葉に返事をできなかった俺は

言葉で何かを伝える代わりに

ユナを強く抱きしめた。


(……えっ? 僧侶様!?

私を抱きしめてくれてる!?


……僧侶様の胸の中、温かい。

僧侶様の優しさに包まれてるみたい……。


でも……


この優しさが……


この心地良さが……


今の私を余計に辛くするんだよ……)


「うぅ……、うぅっ……」


ユナは暫く、俺の胸の中で泣き続けた。

どうにかしてユナを励まそうと思った俺は

ゆっくりとユナに話しかける……。


「ユナ、明日の戦いが

不安なのは分かるが、約束しよう。


明日、俺達は魔王を倒して、

……4人で帰ってくるんだ。


そして一緒にロティールの街に帰ろう」


(……えっ!? 僧侶様、それって!

ホーリーサクリファイスを

撃たないって事だよね!?


4人で帰ってくるって……


一緒にロティールに帰るって……


そういう事だよねっ!?


初めから死ぬ覚悟で

戦う訳じゃないって事だよねっ!?)


……ユナはゆっくり顔を上げ、俺を見る。


「僧侶様、本当?

それ、約束だよっ! 絶対絶対!!

絶対の約束だよ!?」


俺はユナの頭にポンッ……と

手を乗せて答えた。


「ああ、約束だ。

絶対に絶対の……約束だ、ユナ」


ユナの顔に笑顔が戻る。


「うん、分かったよ、僧侶様……。

約束……だからね」


(……でも、ただ言葉で交わす

約束だけだとちょっと弱いな……。

何か良い方法があると良いが。

……あっ! そうだ!)


俺はある事を思いついてユナに言った。


「ユナ、俺が元居た世界で

約束を交わす時にやる


『指切り』


って言うのがあるんだが、

それを今から一緒にやろう」


「……えっ?

『指切り』って……何をするの?」


俺は指切りのやり方をユナに説明する。


「まず、こうやって

お互いに手の小指を絡ませるんだ。

次に、絡ませた手を揺らしながら

約束の歌を歌う。


~指切りげんまん

嘘ついたら針1000本飲ます

指切った!~


ってやるんだよ」


「えぇっ!? 嘘ついたら

針を1000本も飲ませるのっ!?

私っ! ……そんな事できないよっ!?


それに、相手が990本の所で

ギブアップしたらどうするのっ!?」


「……いやっ、

これはその例えっていうか、

決意表明みたいなものだから、

実際に針を飲ませる事はしないんだ。


てゆか、俺も元居た世界で実際に

針を飲んでる人を見たことないし」


「あはは、そうなんだね。

それを聞いてちょっと安心したよ。

でも、それくらい固い意思で約束するよ!

って事なんだね」


「ああ、そうだ。

じゃぁ、今からやるぞ」


俺とユナは互いの体を抱き寄せたまま、

体の間に少しだけ隙間を作った。


そして互いに右手の小指を絡ませて

『指切り』をした。


~指切りげんまん

嘘ついたら針1000本飲ます。

指切った~


綺麗な街の夜景が眼下に広がる時計台で

俺とユナの声が調和する……。


俺との『指切り』を終え、

ユナがまた俺にしがみつく。

少しの間、互いの体温を感じ合った後、

ユナが嬉しそうな笑顔で俺に言う。


「ねえ、僧侶様?

強い約束の仕方なら、

……私も良い方法を知ってるよ」


「え? そうなのか?

……なら、是非やってくれよ。


『指切り』に、

ユナの知ってる方法も合わせて、

もっと強い約束にしよう」


「うん。じゃあ私の言う通りにして」


「ああ、分かった」


「まず、目を閉じて……。


次に、膝を少し曲げて……、

顔の位置を少し下げて貰える?」


俺はユナの言う通りにする。


「こうか?」


「うん。

もうちょっと……顔は下が良いな……。

膝はそのままで良いから、

顔を少し下に向けて」


「ああ、こんな感じか?」


俺は目を閉じ、下を向いた。


……そしてユナは、自分の顔を上に向けた。


……その時だった。


(……えっ!?

なっ!? ユナッ!?

これってっ……もしかしてっ!?)


俺の唇に柔らかく温かい感触が伝わる。


(……僧侶様っ!


……これでっ!


……私の事、いっぱい感じてっ!


……どんな状況になっても

私の事を思い出してっ!


……自分だけ犠牲になれば良いなんて

考えないでっ!)


ユナは勇気を出して

精一杯の行動をしている。


(……えっ?

……ユナッ! ……ユナッ!?)


唇に温かい感触を感じながら……

俺は少しだけ……

ほんの少しだけ目を開いた。


(……っ!?)


状況を理解した俺はユナの背中に手を回し、

その体を強く抱き寄せた。


綺麗な夜の町並みが見える時計台の上で、

暫くの間、2人の唇が重なった……。


(……ああっ! ……僧侶様っ!!

私っ! ……やっぱり僧侶様の事っ!


明日……、全てが終わったら……、

一緒にロティールに帰ろうねっ!)


(……ユナッ! 俺は……お前の事がっ!


明日は……どんな危険に襲われても……、

お前だけは必ず守ってみせる!!)


──こうしてテルアキとユナは

互いに相手を想いながら、

『指切り』よりもずっと強い約束を

交わしたのであった……。

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