第46話 テルアキの修行

──魔王の幹部ダンドにリベンジする為、

俺達3人はそれぞれの修業を始めた。

俺は神官長パタートを訪ねる。


「テルアキさん、

今日から僧侶の修業をして頂きます。

教育係はこちらのアナナです」


パタートが紹介したのは

ベテラン僧侶の雰囲気を漂わす

白髪混じりの女性だ。


「あなたがテルアキですね。

私はアナナです。神官長から

貴方の教育係を命じられました」


「アナナさん、

よろしくお願いします」


「テルアキさん、

アナナは優秀な教育係です。

しっかり学んで下さいね」


「パタート、分かりました」


俺はアナナと共に

修道女が勤める建物へ移動し、

その中の小部屋で修業の説明を受ける。


「ではテルアキ、質問です。

私達僧侶、女性の場合は修道女や

シスターとも呼びますが、

その勤めとは何だと思いますか?」


(……えっ!?

改めて聞かれると難しいな)


俺は戸惑いながら

しどろもどろで質問に答えた。


「えっと……、教会でお祈りをしたり、

困った人の相談に乗ったり、

奉仕活動、子供達への教育、

布教活動といった所でしょうか?」


「そうですね。

具体的な行動は概ね正解です。

では、何故それらを行うと思いますか?」


「えっと……それは、

漠然とした答えになりますが、

神に仕える者だから……でしょうか?」


「……なるほど。

どうやらテルアキが僧侶として未熟なのは、

その部分に確固たる信念が無いから

……の様ですね。テルアキ、

今から私が言う事をよく聞いて下さい」


「はい、アナナさん」


俺は重要な事を聞き逃すまいと

手帳とペンを取りだし

メモの用意をしてアナナの話を聞く。


「まず私達は、神の使徒職である

……と理解して下さい」


「使徒職とは、どういう意味ですか?」


「使徒職とは


神からの愛を、神に代わって施す

『使徒』の役割を担う者


という意味です」


「はい、覚えておきます」


俺はメモを取りながら

アナナの話を真剣に聞く。


「ではテルアキ、私達は誰の為に

それらの活動を行うと思いますか?」


「それは、貧困になってしまった人や、

生活が困難になってしまった人

ではないでしょうか?


その様な方々が我々の活動を

必要としている場合が多いと思います」


「なるほど……。その答えは

表面的に合っているように思えますが、

根本的な部分で間違っています」


「……えっ? どういう事ですか?」


「私達が神に代わって

使徒職として活動する対象は

神の愛が施されるべき全ての人々です。


貧しい人々や、生活が困難な人々だけが

対象になる訳ではありません」


(……っ!?)


アナナの説明を聞いて

俺ははっとした表情になった。

何だかとても深く、

根本的な発見をした気がした……。


「何かに気づいた様ですね。よろしい。

人々が貧困であったり、

生活が困難になってしまうのは

人間社会の中で様々な要因が

重なって起きた結果に過ぎません。


裕福であるとか、貧困であるとか……

そんな事は神にとって関係無いのです。


神は全ての人を愛しています。

例え裕福な人々であっても、

神の愛が必要なら、それは施されるのです。


貧しい人々や生活が困難な人々を救おう

……という活動は、人間社会の中で行われる

ただのボランティア活動です。


我々が行う慈愛の活動は

活動の対象となる人に条件をつけている

ボランティア活動とは違います。


テルアキ……、貧しい人々だけに

慈愛の心を向けるのではありません。

全ての人に平等な慈愛の心で向き合うのです」


アナナの言葉を聞いて

俺は複雑な感情に襲われた。


(……俺は今まで、

僧侶やシスターの奉仕活動は

貧しい人に行われる……と決めつけていた。


……でもそれは視野が狭かったんだな。

俺は心のどこかで、貧しい人々を

差別していたのかもしれない。


余裕のある人が苦しい人々を救う……

と言う行為で自己満足を

していただけなのかもしれない。


……違うんだ。


助けが必要な人は、

どんな環境や境遇であれ

助けを必要としているんだ。


人を見る時は、全員を平等に……

しっかりと見る必要があるんだ……)


「アナナさん、

何だか、とても大きなモノに

気づいた気がします。


俺が僧侶である存在価値というか、

意義というか……、大切なモノに

気づく事ができそうな気がします」


「……よろしい。

でも、たった一度の説教を聞いただけで

何かを理解する事など出来ません。


これから100日間、

午前中は我々と行動を共にして、

じっくり自分の存在と向き合って下さい。


そして神に代わって神の愛を施す……

という慈愛の心と向き合ってください」


「アナナさん、ありがとうございます」


「いえ、私は何も

特別なことはしていません。


……次にテルアキ、あなたは自分が

『ありがとう』という言葉を

よく言われる方だと思いますか?」


「いや、どうでしょう?

普通だと思います……」


「……ふふ。

他の人と比較などしないでしょうから、

よく分からないですよね。


でも、今後はあなたが

様々な人々から言われるであろう

『ありがとう』という言葉と

真摯に向き合ってください」


「……えっと、どういう事でしょうか?」


「あなたが神に代わって

誰かに慈愛を施した時、

その対象となった人はあなたに


『ありがとう』


という言葉を下さるでしょう」


「はい、そういう機会が多いでしょうね」


「その方々が下さる

『ありがとう』という言葉が

施しに対する義務の言葉ではなく、

素直な感謝の心で自然に出てくる

『ありがとう』であれば

あなたの慈愛は本物です」


(……なっ!? ……これまた深いっ!?)


「テルアキ、今後は沢山の

『ありがとう』という言葉を頂いて下さい。

それが押し付けがましい施しに対する

返礼の言葉ではダメです。


その人が真に喜び、

真に感謝した末に出てくる

本物の『ありがとう』です。


……よろしいですね?」


「アナナさん、ありがとうございます!

とても心がすっきりした気がします。

何だか、俺が懺悔ざんげに来て

相談に乗ってもらった様な気分です」


「うふふ。それは良かったです。

では、修道女の皆に

テルアキを紹介しましょう。

ついて来てください」


「はいっ!」


──こうして俺は修業の100日間、

午前中は僧侶として活動をした。

食事の炊き出し、子供達への教育、

清掃活動、布教活動……等だ。


俺は活動の対象となる人々に

何度も『ありがとう』の言葉を貰った。

その度にアナナの言葉を思い出し、

今貰った『ありがとう』の言葉が

本物であるか? を考えた。


そして自分の活動が

本物の慈愛から生まれる行動か?

……を常に考えた。


俺が僧侶として修行する事は

自分自身の存在を見直し

一人前の僧侶として、また、

人として成長するのにとても大きな

効果がある様に感じられた……。


──そして午後はユナと一緒に

魔物退治で経験を積む修業を行う。


ユナも魔法研究と学習で成長しており、

ユナの魔法は日が経つにつれて

次第に強力になっていく事が

一緒に戦っていてよく分かった。


「ユナ、しっかり修業を

できているみたいだな。

魔法がどんどん強力になっていくのが

隣で見ていてよく分かるよ」


「えへへ。ありがとう、僧侶様。

でも、僧侶様だって

回復魔法も攻撃魔法も強くなってるよ。


……それに、回復魔法は

傷が癒されるのは当然なんだけど、

何だか以前より温かい感じで

ホッ……と気持ちの方も癒されるんだ」


「それは嬉しい言葉だな。

僧侶として慈愛の心を学んでいるから、

そういう部分が魔法に

現れているのかもしれないな」


「へぇ……、

何だか本物の僧侶みたいだね」


「おいっ! 俺はこの世界に来た時から

本物の僧侶だぞ!」


「あはは、そうだったね」


「全く……。ところで、

ユナの方はどんな修業をしてるんだ?」


「……えっと、私はね。

魔法研究所にいるエルレさんっていう

ちょっと不思議な人に

色々教えてもらってるよ」


(ちょっと不思議な人って!?

……大丈夫なのかっ!?)


「大まかに話すとね、こんな感じだよ」


──俺はユナの修行について話を聞いた。

(以下、ユナの話)


……ユナはクルジュと共に

魔法研究施設を訪れ、

1人の研究員を紹介された。


「エルレ、こちらに来なさい」


小柄な女性がトコトコと

駆け足でやってきた。

度が強い瓶底メガネをかけ、

髪は若干乱れている。


そして、手には怪しく輝く緑色の液体が

入った三角フラスコを持っている。


「クルジュ様! 何かご用でしょうかっ?

いや、それよりもこれを見てください!

この液体は魔法の新しい

可能性を広げる妙薬ですよっ!」


エルレはそう言いながら

三角フラスコを左右に振った。


……すると次の瞬間!


……ドーーンッ!!


三角フラスコ内の液体は

轟音と共に爆発し、

部屋の中は煙に包まれた……。


「ゲホッ、ゲホッ……、

研究に精が出ますね、エルレ」


「……やや、

これは申し訳ありません、クルジュ様。

新しい調合に成功したと

思ったのですが……。


……おや? ところで、

そちらの魔女さんは?」


「ゲホッ……、は、初めまして。

ユナと言います」


──こうしてユナは魔法研究員の

エルレと出会うのであった。

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