第7話 2人の時間

──俺の1日の流れはこんな感じだ。


6時30分   起床、身支度と朝食。

8時~       伐採作業の支援。

15時頃     伐採作業終了。

~その後、自由時間

19時 夕食


15時頃~19時の自由時間に

熟練度を上げるために魔法を練習したり、

林を探索して魔物と戦ったりする。


 もし街に行くなら、この自由時間だ。


 ──仕事を終え、

クルガーヌに声をかける。


 「クルガーヌさん、

ちょっと街に行ってきます。

夕食の19時迄には戻ります」


 「そうかい? 分かった!

行ってくるといい」


ムーヴを使い空を飛ぶ。

『空を飛ぶ』のは気持ちが良いものだ。

まるで物語の主人公になった様な気分になる。


──魔法書店に到着し、扉を開ける。


……カランカラン♪


「ミエルさん、こんにちは」


「あら、テルアキ君?

久しぶりね、元気にしてる?」


 「ええ、元気にやってます。

……今日は聞きたい事があって来ました」


 「あら? 何かしら?」


 「魔法についてなのですが、

魔法というのは、2つ同時に撃つことは

可能でしょうか?」


これは魔法の書を貰った時から

感じていた疑問である。


魔法の書には、

その魔法に関する概念や理論、

詠唱等がみっちりと記されており、

その魔法を覚える時には

完全に脳裏に刻まれている。

その為、魔法を撃つ際に

詠唱する必要は無く、

集中して魔法の名前を叫ぶのみだ。


 「うーん、どうかしら?

そんなの考えた事もなかったわ。

面白い事を考えるのねぇ。

試しにやってご覧なさい。

左手で私に『ヒール』をかけながら、

右手で『ムーヴ』をかけてこの本を

浮かせてみて」


 「はい。やってみます。

ヒール! ムーヴ!」


俺は両手を広げ、2つの魔法を叫んだ。


(……うぐっ!?

凄い勢いで集中力が削られる!?)


1つずつ魔法を撃つよりも疲弊したが、

効果は正常に発動した。


 「へぇ、これは驚いたわ。

こんな事ができるのね!

でも、その様子から察すると

消耗も激しいみたいだわ。

あまり沢山はやらない方が良いみたいね」

 

「……そ、そうですね。

ではもう1つ質問です。


魔法に魔法を合わせる……

例えば風の魔法『エアー』に

『スピード』をぶつけて威力を上げる

……なんて事はできますか?」


 「これはまた、大発明家の発想ね。

店の中じゃ危ないから、

屋上で試してみましょう」


書店の外に出て、

ムーヴを使い屋上に上がる。


 「では実験よ。まず、

左手でスピードを撃ってみて」


言われた通り左手をかざし、

スピードを唱える。

魔法の対象が指定されない為、

フワフワと青白く輝く煙のような塊が

左手の上に浮いている。


 「そこに、エアーをぶつけてみて。

危ないから上空に向けて撃ってね」


 「はい。分かりました。

……エアー!!」


……バシュッッ!!


(……こっ! これは!!)


右手から放たれた

空気の刃の様なエアーは

スピードの塊に重なると

一気に加速して通常の倍近い速さで飛び、

一瞬で空の彼方に消えた。

 

「あらあら、これは大発見ね。

魔法にはまだまだ未知の

可能性があるのねぇ」


 「これは凄いですね!

いざ! って時の奥の手に使えそうです。

ミエルさん、ありがとうございました!」


 「ええ、どういたしまして。

では、下に降りて紅茶でも飲みましょうか」


──書店の中に戻り、

ミエルと雑談をしながら紅茶をすする。

周囲をキョロキョロと見回したが、

ユナの姿は見当たらない。


 「あの、ところでミエルさん?

えっと……、ユナは?」


 「うふふ。やっと本題に入ったわね」


 「なっ! ちょっ! ……ミエルさん!?

何言ってるんですか!?」


「それは私のセリフよ。

そんなの……、あなたがココに来た

初めから顔に書いてあるわよ」


「ええっ!?」


赤面しているのが自分でも分かる。

否定したい所だが、

これでは説得力など全くない。


 「うふふ。テルアキ君は素直ねぇ。

いいわ、自分で切り出した

勇気に免じて教えてあげる。

ユナちゃんは2階の部屋で勉強中よ。

もうすぐ魔女認定試験なの。

でも、あの子……、私が部屋を覗くと

100%の確率で居眠りしてるのよね。

困ったものだわ」


(……なっ!? 『100%』って言った!!)


「……そ、そうですか」


「今は勉強中か? 夢の中か?

どっちかしらね」


「ところで、ミエルさん?

この街には閲覧可能な蔵書が沢山ある

『資料館』がありましたよね?」


この『資料館』とは現実世界の

図書館の様なものである。


「資料館には、魔法、歴史、地理、

学問書、魔物に関する調査書etc…

色々な本があるので、俺は今から

そちらで勉強して帰る予定なんです」


「それは良い心がけね。

前にも言った通り、この世界では

お勉強でも経験値になるから」


「あの……、ユナも誘ってみていいですか?

環境を変えたら試験勉強も

はかどるかもしれないし」


俺は思い切ってユナを誘う事を提案した。


「それは良いわね!

ぜひ私からもお願いするわ」


ミエルが2階からユナを連れてくる。

……久しぶりの再会に嬉しくなる。


「あれっ? 僧侶様?

おはよう……じゃなくて、こんにちは。

久しぶりだね」


(……『おはよう』って言ったし!)


「ユナ、久しぶり。元気かい?」


「うん、ちょっとお勉強で

疲れてるけど……、元気だよ」


(……何も言えない)


「ユナちゃん? テルアキ君は今から

資料館へお勉強に行くそうなの。

あそこなら集中できるから、

ユナちゃんも一緒に行ってみたら?」


「うーん。どうしよう?

でも、お散歩は気分転換になるかな。

……はい。では僧侶様と行ってきます」


思わず「やった!」と声が

出そうになったが、踏み止まった。


「では、ミエルさん、行ってきます」


見送るミエルが俺の耳元でささやく。


「……テルアキ君?

1回目のデートは焦っちゃダメよ。うふふっ」


「ちょっ! ミエルさん!?

そんなんじゃないですからっ!!」


……俺とユナ、2人で街を歩く。


「僧侶様は凄いんだね。

わざわざ資料館でお勉強するなんて」


「俺はこの世界の事を何も

知らないからな。色んな事を

勉強しないと!……って思うんだよ」


約15分の道中、

ユナとの会話を楽しんだ。


(2人で歩くこの感じ、

……結衣と歩いてるみたいだな)


資料館で俺とユナは90分ほど勉強した。

途中、何度か夢の世界に旅立ったユナを

資料館の司書が睨んでいたのは

本人には言わないでおいた。


──帰り道。


資料館を出てすぐの所にある

ドーナツ屋の前でユナが足を止めた。

つぶらな瞳の上目遣いで

こちらを見つめている……。


「ねぇ、僧侶様?

私、今日お勉強頑張ったなー」


(……おいおいっ! この状況はっ!)


「私、今日はハニードーナツの気分かなっ」


ユナの笑顔がはじける。


「全くっ、どこで

そんなアピールを覚えたんだよ。

僧侶をたかる一般人なんて聞いた事ないぞ。

……まぁ、でも俺も小腹は

空いてるし、買ってくるよ」


ハニードーナツをユナに渡す。

俺のはシナモンシュガー味だ。


「僧侶様はシナモンシュガーなの?

そっちも良いなー。ひと口貰うね」


(……えっ!?)


……パクッ。


「うん、こっちも美味しいー。

僧侶様、ありがとう!」


幸せいっぱいの可愛い笑顔。

あまりの可愛さに我を忘れそうだ……。

しかし、俺は自分の手に残された

ひと口目をユナにかじられた

ドーナツに戸惑う。


(……こ、これっ!? どーすんだよっ!?)


「んーっ。美味しいー!

……あれ? 僧侶様? ……どうかした?」


「……いや、何でもない」


俺が自分のドーナツを

食べ始めた頃には、魔法書店の

入口前に到着していた……。


「ミエルさん、ただいまー」


「あら、おかえりなさい。

しっかりお勉強出来たかしら?」


「うん、凄い集中できて

試験勉強もはかどりました」


(……何も言えない)


「テルアキ君もお疲れ様。

ユナちゃんを誘ってくれてありがとう」


「いえ、

元々、資料館に行く予定でしたから。

では、俺は帰ります。ユナも、またな」


そう言いながら帰ろうとした俺に

ユナが笑顔で声をかける。


「僧侶様っ。

今日は楽しかったよ。ありがとう!

また……明日も誘いに来てくれる?」


(……なっ!? か、可愛すぎるっ!!)


俺は混み上がる嬉しさを

悟られないように必死に抑え、

平静を演じて答える。


「……あ、ああ。

また明日、誘いに来るよ」


ムーヴを唱え、空を飛んで帰宅する。

その時の飛行はこれまでになく

気持ちの良いものだった。

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