第72話 遠ざかる人、近づく人

 いや、一松櫻が自分の命を狙おうとした一松紫鞍と話をつけにいくというのはまだいい。まだ理解できる範疇だ。あのとき、俺もそのつもりで彼の居場所を教えたのだから。

 そこに伍赤葵が鉢合わせした。

 それは葵さんの一存だった。それも、俺のかたき討ちのためだからしょうがないと言えばしょうがないのだが。


 櫻が紫鞍さんをかばうとは思わなかった。

 そこにはなんの意図があるのだろうか。紫鞍さんに人質としてでも取られたのだろうか。俺には読めなかった。


 ちょうどよく理事長のスマホが鳴る。流氷さんは俺にディスプレイを見せる。

 見慣れた電話番号。

 櫻からだった。


「どうした」


 通話モードにした流氷さんはスピーカー状態にし、俺たちが聞こえる状態にした。

 若干緊張しているのは間違いないだろう。


『……――――流氷さん、単刀直入に言います。私は流氷さんに《花勝負》を申しこみます』


 マジかよ。俺が聞いているのを知らないから流氷さんに言ったんだろうけれど、もし俺が聞いていることを知っていたら、アイツはなんて言ったんだろうか。


「そうか。お前はあくまで自発的に行動しているんだな」

『その通りです。私は自分の目的のためにあくまでも自発的に行動しています』


 どうやら葵さんの襲撃を受けたとき、櫻は自発的に変態兄貴側についたんだろう。だとするとなんでだ?

 まさか親父の二番煎じ・・・・でもしようとしているのか。

 しかし、流氷さんは安心したような表情で笑う。


「そう、なのか。ならばよい・・。だが、お前も知っておろう。《花勝負》を申しこめるのは一つの家につき、一か月一回まであると」


 そうだな。よっぽどの事情がない限り体力温存をするためと、非常事態に備えて《花勝負》は一か月に一回のみだ。先日の《花勝負》はぎりぎりで六月に入っていた。だから、通常ならば申しこめないはずだ。


『ええ。ですから……――』


 しかし、櫻はそれをわかっていて申しこもうとしている。




『《花勝負》特別版をお願いしたいです』



 なるほど。

 たしかにそれならば、関係ないな。

 普通の《花勝負》は五対五。でも特別版は違う。普通の戦のように大将の首をとるまで勝負は続く。


「なるほどな」


 流氷さんも乗った。

 それぐらいこの勝負は楽しめるのだ。


『そちらの勝利条件はひとつ、三日以内に私を捕まえることです。もし捕まえることができず、私がどこかに逃げ延びた場合、私たちの勝ちでお願いします』


 しかし、櫻はとんでもない制約を出してくる。

 だが面白い。


「面白い勝負だな」

「流氷さん!?」


 目の前の人も同じ考えに至ったようだ。ただ、茜さんだけはハイリスクなその内容に焦る。たしかにハイリスクだ。だが、特別版の面白みでもある。

 彼女の焦りにも動じない流氷さん。

 茜さんは運命が少し違っていたのならば、流氷さんと同じ立場だったのに……でも、それでも彼女は優しい。優しすぎる。


『あと試合の条件ですが、私は逃げも隠れもしません。ですが、まわりはどうでしょうか』


 ううむ。その言葉に思わず俺も首を傾げてしまった。流氷さんや茜さんも首を傾げているところを見ると、それで正しいんだろう。


「というと?」

『文字通りの意味でしかありません。それが私が今いる場所の最大のヒントです。そこから動くつもりはありません』

「うむ……――――わかった」


 櫻の言っていることは相変わらず抽象的だったのだが、なんとなく理解でき、彼女がいる場所がわかった。


『なので、私を捕まえるのは最大二人まで……そうですね、五位会議内の首領なんかはどうでしょうか?』


 なるほどぉ。そうきたか。

 ということは、行くことができるのは俺しかないな。流氷さんや茜さんも同じことを考えたようで、俺をじっと見る。

 師節や紫条に任せることもできるが、彼らはお家騒動の真っただ中だ。こちらに手を煩わせるのは忍びない。

 それに任せる気にはならない。

 これは俺自身の問題でもあるのだから。


『では、楽しみにしています』


 俺たちの様子なんてお構いなしに一方的に電話を切る櫻。




 ああ、わかったさ。

 もう一度、櫻と戦う。俺は今までにない高揚感があった。





「俺は櫻を連れもどします」

「ほう」


 電話をしまった流氷さんにそういう。ところで、俺はいまどんな表情をしてるんだろう。ワクワクしているのか、真剣なのか、それとも無表情なのか。


「すべては俺の責任ですし。首領としてではなく、一人の幼馴染として彼女を連れもどしたいんです」


 でも、これだけは言える。

 俺という存在さえなければ、アイツはこんな思いきったことをするはずなかったんだってね。だから、その責任は取ろう。

 アイツのためにも、俺のためにも。


「どこに行ったのかわかっているのか」

「ええ。ですが、茜さんの助力が必要です」


 行先は一松家の本拠、常夏魔界の夢野。

 そこにいくためには船舶の免許が必要で、それを確実に持っているのは茜さんしかいない。


「茜、頼む」


 俺がそう言うと、流氷さんは即座に茜さんに頼みこんだ。彼女はしょうがないといった体で苦笑する。


「……もちろんですよ。でもそうね。総花君、報酬はきちんといただくわよ?」


 マジですか。

 さて、なにで払えばいいんでしょうかねぇ。

 茜さんのことだから法外な金額や俺に払えないものを請求することはない……はずデスケド、大丈夫でしょうかねぇ。


「そんなに身構えなくても大丈夫よ」


 俺の葛藤に気づいたのか、茜さんは苦笑いする。


「すべてが終わった後に、ほんの少しで良いから時間を頂戴」

「それでいいのなら、俺は構いません。よろしくお願いします」


 えっと、そんだけでいいんですか。

 ならば問題はない。ちょっとくらいなら茜さんのために使おう。そう言うと、本当にいいのね!?と目を輝かす茜さん。


「こちらこそ。じゃあ、早速行きましょう」

「はい」


 そうして俺と茜さんは協力して櫻を、そして日常を取り戻すことにした。

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