第26話 采配をふる
「櫻をそろそろ返してもらおうか」
どうやら榎木さんと俺たち二人だけでは話を進めることができなさそうだ。
「とりあえず理事長室に移動しませんか?」
「なんでだ」
俺の提案に榎木さんは非常に嫌な顔をする。
でも、いつ文化祭が終わるかわからない以上、ほかの生徒たちが来る可能性がある。それに櫻の進退は多分、俺と櫻、そして榎木さんだけでは成り立たない。
「わかった」
それを説明すると、仕方ないように頷く榎木さん。
理解していただいたようでなによりだ。一応、気のおけない人ではあるが、今のこの状態では背後から襲われたくない。櫻を先頭に、榎木さん、そして俺の順で理事長室へ向かった。
いつもの椅子に座っている理事長、その正面に立つ榎木さん、理事長の後ろで脇を固めている茜さんと薔さん――そして、出入り口あたりに呆けたままの俺ら。
「……断る」
そうきますかぁ。
わかってはいたけど、理事長の返答は榎木さんと真っ向から対立するものだった。ただ、そう言ってる理事長の格好が微妙にメルヘンチックなのが締らないが。
ちなみに櫻は先ほど榎木さんが登場したときと同じ体勢、俺の左脇にぶら下がっている状態だ。
「そうですか」
理事長の拒否に榎木さんは目を細める。
櫻と全く同じ背丈、髪型にもかかわらず、その冷酷さは段違いだ。とはいえども、彼はまだ首領候補、正確にいえば首領
「ですが、こちらとしては、首領に帰ってきていただけなければなりません」
「ほう。それはどういうことだ?」
今度は理事長が目を細める。午前中まで和気藹々としていた雰囲気は一切ない。
この人にしてみれば、《一松》というブランドはかなりの老舗で、出る杭は打たれるというわけではないが、そろそろ五位会議第二位の座を返上させたい、もしくはそのプライドをへし折りたいというところなのだろう。
しかし、榎木さんはいけしゃあしゃあと笑いながらそれに返答する。
「もしかして、こちらの内紛に首を
「いや、こちらとしては正しい方向に向かうための
従兄殿の言いたいこととしては『諸法度がありますけど、うちに干渉するのですか?』というところで、理事長の返答は『なにかあれば諸法度に基づいて、しかるべき措置をとる』というところだろう。
ちなみに当たり前だが、この場で俺の発言権は一切ない。というか、いてはいけない気しかしないのだが、櫻が離れないので、動けないのだ。
「そうですか。こちらとしてはできる限り大ごとにしてくないので、できれば穏便に返していただけると思います」
榎木さんは二十三歳。
百戦錬磨といわれている理事長に『保護』されている櫻を引き戻すには少し
しょうがないな。
本当はほかの家のことなんか気にしてる余裕なんかないし、口出しは無用と言われそうだけど、あれを提案するか。
「榎木さん、理事長、ここで睨みあっててもらちがあかないので、こうしてみてはどうでしょうか?」
ぶら下がっている櫻を振りほどき、正面で向きあっている理事長と榎木さんに近よると、二人からかなり怪訝な視線を向けられる。まあ今から提案することは今後、正式な五位会議でやったら総スカンくらう、下手すると首が飛ぶレベルのものであり、今後は一切、使えない手だ。
「ここで花勝負をする気はありませんか?」
その提案にお前なぁと呆れる二人。なんでそこだけは息があうんだよ。櫻と茜さんみたいなやりとりに、こんな状況にもかかわらず少し笑いそうになってしまった。櫻からも総花、バカでしょ!?と叫ばれる。
やっぱりな。でも、ここでただ指をくわえて櫻の行く末を見守ってるなんてできやしない。だから、今はお前の言うことでも一切聞けないからな、櫻。
「恨みあいっこなしの五本勝負。『話で決められなければ、武で決めろ』。武芸百家ではそれが常套手段ですよね?」
俺の確認にそうだなと頷く二人。そういえばと思って、茜さんを見ると、心配そうにこちらを見ている。
大丈夫ですよ。
そう安心させるように彼女に頷いて見せたが、それでも少し心配そうにされた。
「もちろんこのあとに『他家への干渉行為』として俺を煮て食うなり、焼いて食うなりしていただいて構いません。ですが、今はあなたたちの無生産な話し合いにケリをつけたいだけです」
俺の言葉に少しだけ悲痛な表情になる茜さん。
だから、大丈夫ですってば。
もし、これで本当に『煮て食うなり、焼いて食うなり』したら、多分、きっと多分、うちの親父が黙ってない。だから、ある意味脅し文句だ。
相撲でいう行司が進退伺いを出す行為に近い。
「……わかった。そうだな」
「……――承知した」
理事長も榎木さんも承知してくれた。
「とはいえども、今はオレ一人だ。後日、いや明日にでも
榎木さんは俺の瑕疵にならないようにしてくれるようだ。ええ、お願いしますと俺は頭を下げ、小さくため息をつく。とりあえず最悪の事態、俺があの人に確実に連れ戻されるという未来だけでは回避できたんじゃないか、と思う。
まあだからといって、悪い事態には変わらないんだけれどね。
榎木さんの電撃訪問から小一時間。文化祭終了の合図を鳴らさなければならない時間だった。
『みなさん、文化祭は楽しめましたでしょうか? これにて立睿高校文化祭は終了します。あっという間の時間でしたが、それなりに充実した時間になったと思います。これから片づけ作業に入りますが、くれぐれも最後まで怪我をしないように気をつけてください』
生徒会長の櫻のアナウンスはアドリブにもかかわらず、
「お疲れさん」
放送スペースから出てきたところを労ってやると、いきなり俺に抱きついてきた。抱きつくのはいつものことだけど、それでもなんだか様子がおかしかった。
「……――――ソウの馬鹿」
小さく呟かれた声に俺はなにをしたっけと記憶をたどる。今回はむしろ、お前の
「……――――!!」
ぱっと離されたソレに驚いていると、もう一度馬鹿と小さく呟かれた。
「私のそばに、絶対に総花が必要だってわかってるのに、なんで
櫻の涙まじりの抗議に俺はさっきの榎木さんとのやりとりのことだなと理解した。だけども、それ以上櫻に言わせてはいけない。
「それ以上は言うな」
俺の制止に櫻はそんなと悲鳴を上げる。
それは
多分、今それを言ったらお前も俺も後には引けなくなる。
だから、それを言うのは……――そうだな、多分死ぬ前が一番いいんだよ、櫻。
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