第21話 勝負あり
結局、夏野高原に来た直後に、ここで過ごす口実が無くなってしまった俺らだけれど、理事長は夏休みの一か月近くここにいてもいいって言ってくれたので、ありがたくここにいさせてもらうことにした。
「ねぇ、出ておいでよ、総花君?」
「ソウ、来ないの?」
……で、なんで俺の部屋の前に二人が陣取ってるんで・す・か・ね?
事の発端は多分、俺に責任がなかったと言いたい。なかったよね?
『それじゃあ、明日はいっちょ夏野高原の駅前にでも行きますか』
あの揚げたこ焼き屋さんの話で盛りあがったあと、夕飯前に明日からの予定をどうしようかとなって、とりあえず明日は息抜きで駅前に行こうという話になったんだけれど、最初にお昼ご飯でもめた。
『私、ここのローストポーク丼がいい』
『てりたまバーガーがいいわね』
見事に櫻と茜さんの意見が見事に違い、それを俺に判断するように迫られた。そのときは駅前に行って、実際に見てから決めればいいんじゃないですか?と言うと、渋々頷いた二人だったが、その後ももめた。
『体験するんだったらこのトンボ玉づくり』
『そこはトレッキングじゃないの?』
『ついでに東地区の新興商業施設に行きたい』
『いやいや旧市街地を歩くのが粋でしょ』
二人は事あるごとに俺に聞いてくるもんだから、少し、いやかなり面倒になってとうとう貸してもらった自室へ引きこもった。なんでもかんでも俺に仲裁を求めようなんて、ふざけてる。
うん、ふざけてる。
こうなったらヤケッパチだ。
ここでですぐに出てもいいけど、もうしばらく引きこもってみるか。
「あっ。今、流氷さんがフォンデュ・ド・ショコラのシュークリームを差し入れで持ってきてくれてるよ?」
「おいしそうだけど、ソウはいらない?」
うーん。フォンデュ・ド・ショコラのシュークリームは好きだけど、だからといって、シュークリームに釣られて外に出ていくというのは……――
「うわぁ、すごい!! 夏限定のシトラスクリームがさっぱりしてて、おいしいね!」
「おいしい」
なんでだよ。
なんでこんなときは二人そろって笑いあってるんだよ。
しかも、あの幻といわれてたシトラスクリームのシュークリーム、だ、と……
「ねぇ、ソウはこないの?」
「私たちで食べきっちゃうよ?」
ぐぬぬ。
なんなんだ、この悪夢のような時間は。
拷問だろ。
匂いは漂ってこないけど、ガサゴソという音、おいしいとささやきあう声。食欲に負けたという不名誉極まりないものではあるけど、
「……――――」
ぐぬぬ。
しょうがない。行くか。諦めた俺は扉を開く。
……――――――
……――――
……――
そこには誰もいなかった。
「なんでやねん」
二人ともどうやら別の場所に移動したようだ。
あのときと同じくらいの微妙な悔しさがあった。
でもいいや。とりあえず今だけでも気楽にいよう。多分、また二人のもとへ行ったらまた巻きこまれるんだから。
そう思って、もう一度部屋にこもろうとしたら、なぜか満面の笑みを浮かべた二人が部屋にいる。しかも、両手に花ならぬ、両手にシュークリーム状態。
自分で思いついておきながら意味わからん。
「……――――あは」
してやられた。いや、二人のご機嫌をとる手間が省けたのだろうか。
「ねぇ総花君。結局、君はどちらを取るのかい?」
「ねぇソウ? どっちを取るの?」
肉食獣のような顔で迫ってくる二人。
わかったよ。この際だからはっきりさせておくよ。
「俺は二人とも
その言葉にやったぁとまとわりついてくる櫻と茜さん。何がそんなに嬉しいのか張本人にはわからなかったけど、まあいいや。
物理的に苦しいし、面倒に思うときもあるけど、ここにいる間は二人の好きなようにさせてやろう。
夏野高原にいる間、俺は櫻と茜さんに振りまわされた。
『ねぇ、あそこのジェラートおいしいから、食べにいこう?』
『そこのチーズタルト、三ツ星シェフが作ったんだって。絶対おいしいよね?』
『トレッキングとバードウォッチングに行こっか』
『このトンボ玉、ソウの瞳に似てる』
『旧市街の街並みって大正時代から変わってないのね』
『このショッピングモールにカフェ・ド・グリューが入ってるんだぁ!』
二人ともキラキラしていたよ、うん。
楽しそうでなによりだ。
でも、二人とこうやって夏野高原を散策している間、あることが気になっていた。
最終日の夜に薔さんと囲碁をしていた俺は、相手に考えていたことを当てられた。
「もしかして、伍赤はあの『襲撃』についてなにか思うところがあるのか。ずっと考えていたようだが」
「はい」
そう。三苺苺と野苺の兄妹の『襲撃』について、俺は気になっていた。
たしかに二人は《鬼札》として櫻に決闘を挑んだ。それはたしかに
「こうとも考えられんか、伍赤?」
「え?」
「たとえば一松の誰かと結託している、一松から依頼された、そもそも奴が一松櫻を追い落としたい」
「なるほど。考えられますね」
たしかにそれは考えられるな。あの三か月前の死闘がいまだに続いていると考えてもおかしくはない。
「多分、動きがあるとすれば二学期に入ってからだろう」
「そうですね」
とはいえども、ここは皆藤家の元領地。そうそう簡単に手だしはできないだろう。学園に帰ってからが本番になるだろう。
これからもアイツを守ることには異存はないが、気が滅入りそうになるな。引き締めないとと、まずは目の前の勝負に集中する。
「……――――負けた。さすが柚太さんの子だな」
気づいたら薔さんの投了の声が聞こえた。二百十二手。どうやら久しぶりにやったけれど、その上では鈍っていなかったようだ。
しかし、あの人が得意なのを知っていたようで、いいなぁという視線を向けられてる。あの人の息子というのは正直重いが、ここは素直に受けとっておこうか。
「ええ。そこだけは自慢の父親です」
そう俺が言うとなぜか苦笑いされた。
「またいつか手合わせしてくれ」
「承知いたしました」
薔さんとの対局は思った以上に楽しかった。片づけながら早く来てほしいと楽しみになったのは櫻にも茜さんにも言わないでおこう。俺だけの秘密だ。
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