第15話 失われていない光

「そういえばお前、読むだけで成績がいいとかほざきやがっていたが、それは柚太殿ゆずりなのか?」


 昼食後、三十分くらい買い物してくると言って、茜さんと櫻が出かけてしまったので、車の寒いところじゃなくて、車近くのあたたかい外のベンチで薔さんから押しつけられた本を読んでいると、その張本人が俺の顔を覗きこみながらそう聞いてきた。どうやらこの人は葉巻を吸うようだ。少し香りが残っているが、決して悪くはないものだった。しかし、少し睨むような顔は顔がいいだけに迫力がある。


「どうでしょうか。親父よりは死んだおふくろの方に近いのでは?」

「あんずさんか」


 どちらかというと親父は努力型だと思う。皆藤家以外は定年制度があるせいで、中学生のときからすでにあの人は半隠居状態で、伍赤のふもとの別邸に行くといっつも書物を読んでいるイメージしかない。一方で小学生のときに死んだ母親はどちらかというと櫻を彷彿させる脳筋のくせして、一度目で覚えたことだったらなんでもできた。だから、小さいころ、双刀術の本を読んですぐに大人相手に勝っていた記憶がある。


 だからか、親父は子供が俺しかいなかったこともあってか、母親が死んだ直後から半隠居状態になって、俺は山の頂上にある本家を守っていた。


「たしかにあの方は山吹さんと似たような方だったな」

「山吹さん?」


 薔さんが茜さんのことについて話すときと同様でなにかあこがれのような感情を抱いているようだ。しかし、俺はその人物を知らなかったので尋ねると、なんでもないと強く首を振った。


「お前が知る必要はない」

「はぁ」

「行くぞ」


 どうやらこの話題には触れてほしくないようだ。さっさと車の中に戻ってしまった。しょうがないから俺も車に乗りこんだが、まだ茜さんと櫻は戻ってきてないようで、沈黙が重い。

 五分ぐらいして、二人が戻ってきて今度は茜さんが運転するようで、先ほどとは位置が変わっていた。






「ねぇ、ソウ、いっこ聞きたいんだけど」

「なんだ?」


 動きだしてからしばらくして、櫻がある冊子を持って尋ねてきた。


「そういえば冬休み近くに文化祭があるんだけど」


 忘れていた。

 普通の高校と同じように立睿高校にも文化祭という行事があるんだった。もちろん、体育祭もあるんだけど、これは一般科と武芸科で別れて行われるので、ほとんど生徒が運営に携わることはないんだけど、文化祭は合同で行われる。


 クラスや部活、有志単位での発表。よほど危険を伴うものでなければ、原則なんでも出店・発表できる立睿高校の文化祭は忙しい。ちなみにこれには運営に生徒側が携わるのだが、その役割は当然、生徒会がかかわるわけで、俺はそのことをすっかり忘れていた。


「人手増やすか」

「やだ」


 おいおい。


 普通の学校ならばそこまでヘンテコなものは出てこないはずだが、いかんせんここは武芸高校。おまえ同様脳筋の生徒が多い。数代前の生徒なんかはたしか再現シージー画像の実写版をやろうとしたとかでうっかり教室だか体育館の備品を壊したって聞いたことがあるんだが。

 あとは毎年恒例、屋台の内容がかぶってしまうせいで乱闘を起こすこともある。だから、それの対処にも駆りだされることが多いという。


 そういったイレギュラーなことに対応するためにはやっぱり人手が必要な気がするんだが。しかし、櫻はあくまでも人手をいれたくないようだ。


「総花がいるから、なんとかなるんじゃない」

「はぁ?」


 俺がいるからなんとかなるってかなり厳しいぞ、こりゃ。いや、頭の方では対処できるんだろうが、それ以前にキャパシティがな。


「まあでも、櫻ちゃんもそろそろ生徒会に新しい人を入れることを考えておいたほうがいいかもね」


 茜さんが救いの手を差し伸べてくれたが、櫻は嫌そうな顔をする。それは提案が嫌なのか茜さんに提案されたのが嫌なのか。


「ねぇ、薔はだれかいい人はいないの?」

「ええっと……」


 突然話をふられて戸惑う薔さん。本当に分かりやすい人だなぁ。話しかけられただけで顔が真っ赤になっているぞ。しかも、今までの話をあまり聞いていなかったようで、『茜さんじぶん』が相手だと思いこんでしまっているような口ぶりだった。


「武芸科じゃなくても、一般科の子とか」


 薔は一般科の子たちもみてるんでしょ? と妖艶に微笑む茜さん。この人はわかってやってるんだろうか。もしわかってやってるならすっごい罪は重いぞ。


「……――まあ、いないことはありませんが、多分、一松と伍赤のいちゃつきに耐えきれんぞ」


 おいおい。なぜかこちらまで火の粉をまき散らしはじめたぞ、この人たち。そして、あろうことか茜さんはバックミラー越しに俺を見てウィンクを飛ばす。


「そうねぇ。でも、総花君といちゃつくのは私じゃなくて?」


 ナン ダッ テ。


 面倒くさい……――というか、とても面倒くさい人が増えた。いや、もともとか。なぜだかその発言に凍りついたのは俺だけで、薔さんはその言葉に動じず涼しい顔をしてるし、櫻は俺にピタリとくっついた。


 真に受けちゃだめですよ、櫻さん。


 俺の願いがわかったのか知らないが、すっと離れる櫻。うん、今のでまた俺の命が少し短くなったね。






 しばらく大きな道路を進んでいった車は田舎道へ入り、都会に比べてところどころ痛んでいる道を進んでいく。そして、大きな建物の前についた。



「ようこそいらっしゃい、櫻ちゃん、総花君」


 正面玄関に車を横付けした茜さんはにっこりとほほ笑む。薔さんもそうだなと頷く。


「ああ、武芸百家、そして皆藤の発祥の地、艶好館へようこそ」


 その建物は古いかやぶき屋根の建物だったけれど、光を放っているような荘厳さがあった。

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