2-2 n回目、パン屋雑談
あれから美希也と月葉の関係は良好に築いていった。
未希也は学校であった面白い人や珍事件を話したり、月葉と出会う切っ掛けとなった引き取った子猫の写真を見せて話したりした。月葉も月葉で負けるものかというぐらい雑学――特にパンや猫の雑学を中心に披露して未希也を感心させた。
パンを傍らに笑い合いながら雑談に花を咲かせる毎日が日常となっていったそんな頃。
最近では学校帰りの未希也が大量のパンを買い、飲食スペースで月葉と二人で食べるのが日課となっていた。
「――そういえば、未希也さん。もぐもぐ、猫ちゃんの名前どうなりましたか? もぐもぐ、僕達が出会ってから一週間は過ぎましたよ、もぐもぐ」
トレーがテーブルに置かれる。同時に、我慢できなかった月葉はトレーに盛られたパンの中からピザトーストを即座に選び取る。両目をキラキラ輝かせて幸せそうに口元へ運び頬張りながら聞いてきた。
「食べるか、喋るかどっちかにしろ」
「もぐもぐ、ごっくん……じゃあ、喋る方にします」
月葉は
「で、どうですか?」
月葉が
あれから一週間が過ぎようとしているのに未希也は引き取った子猫の名前を未だに付けられていないからだ。
「それが最終候補までは決めたんだけど決めあぐねてな……」
「では、その最終候補を教えてください」
未希也の考えた子猫の最終候補の名前は『はちまる』、『ぶちた』、『くつした』の三つ。
これは助けた猫が雄で模様が黒と白のぶち猫である上、鼻筋を境に左右に分かれている所謂『はちわれ』というやつだからだ。それに加えて足が四足全部が靴下のように綺麗に色が分かれていることから考え出された候補の名前だ。
この三つの名前は未希也にとってどれも捨てがたい。その結果、拾ってから一週間まだ子猫に名前がついていない状態なのだ。
――というのは建前。実際のところ、月葉と仲を深めたいという打算的な考えが未希也の中にある。態と相談という形で間接的に月葉に名前を付けて貰い少しでも愛着が湧いて接点が増えれば上々だと考えていた。
「じゃあ、僕がこの中の名前から決めてもいいですか?」
「俺では決められなかった状況だし、いいぞ」
「では『はちまる』がいいです」
「その心は?」
「写真を見た限り綺麗に分かれてますので『くつした』も良いなと一瞬、思いましたがやっぱり雄猫の名前を付けるのであれば格好良さと可愛さを兼ね備えた方が良いかと」
「おっけ、なら『はちまる』にするわ」
月葉が決めた名前を猫に付けることを即決して、話も一区切り。
二人は目の前の未希也が買ってきたパンの山を崩しにかかった。
身長が低く華奢な月葉は、平均より身長も筋肉もあると自負している未希也より早いペースでパンをどんどん胃に収めていく。
「相変わらずの胃袋で驚くことは諦めたが、病院から出る飯をちゃんと食えているか心配だな」
「その辺のご心配は無用です。僕って無駄にエネルギーを消費するタイプみたいで平均体温も四捨五入すると三十七度で結構高いんです。だから思った以上に食べることが出来るのでお気になさらず」
「高校生なのに子供体温ってことだな」
「高校生もまだ子供ですよ」
「そこは言葉の綾ってことで」
「んー? まあ、そういうことにしましょう。僕限定の人体の不思議ですし」
短い会話のやり取り間にも三個ほどのパンが月葉の胃袋に消えた。
これで約半分以上のパンがトレイの上から月葉のお腹へと消えていったことになる。
因みに未希也は未だ二つ目である。
「それよりも僕は……未希也さ――先輩の、懐の方が心配です。こんなに毎日、山盛りのパンを僕に奢ってくれるなんて……気前が良いを通り超えて怖いですよ。特に未希也先輩の懐と金の出どころが」
パンを食べながらわざとらしく身体をブルブルと震わせた。
それもそのはず、毎日毎日数十のパンを奢っても懐が痛まない学生なんて常識的に考えて怖いの一言に尽きる。
「去年までバイトして貯めた金の内、貯蓄以外で使うこと無かったお金を使ってる感じだから気にすんな。それに今年は色んな投稿サイトで作品投稿して広告収入で賄ってるし」
「広告収入って……それはそれで将来が心配ですね。安定しないので」
「そうでも無いぞ。使い回ししたり、加工の仕方を少し変えるだけでだいぶ印象変わるし、それに投稿すればするほど停滞はするが伸びない事は無いからな。継続は力成りってやつだ」
「そういものなんですか」
「そういうもんだと思っている」
「つまり、持論と」
「持論だな」
最後の一つになったのは通常の倍はある長い焼きそばパン。トレーの上に置いたまま咥えテーブルに顎を乗せる月葉。その頬を未希也は面白がって軽く突っついて遊ぶ。
この場に行儀やマナーなどを注意する者はいない。
――つんつん
「もぐもぐ――」
――つん
「もぐ?」
――つんつんつんつんつん
「もぐもぐもぐもぐもぐ」
突く度に徐々に月葉の口の中へと消えていく焼きそばパン。
そんなやりとりを何度かしていると月葉の口の動きが倍速に動き、焼きそばパンがその胃の中へと消えて行った。
「ごっくん。未希也先輩、突っつくの止めてください」
テーブルに顎を乗せたまま上目遣いでジトーっと見つめながら言う。
未希也は突いていた指先を直ぐに退かした。
「ごめんごめん。面白くてだからついつい……」
そんなこんなで二人の間にまだぎこちなさがあるが互いに毎日、この病院のパン屋さんで会って会話することを楽しんでいた。
幼少期から身体が弱く入退院を繰り返している月葉にとって未希也は無理に月葉の事情を無理に聞いてこず話したい事だけ話せてつまらない入院生活を面白くしてくれる存在として、常に新しいものや面白いものを求める未希也にとって月葉は容姿といい歩んだ人生といいその知識量は興味の尽きない無限に話せる存在として、欠かせなくなっていることは双方共に未だ認識していない。
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