2-1 二回目、パン屋で雑談

 月葉と出会った日から三日後、未希也は約束通り病院内のパン屋で待つ。今日は学校帰りだという事もあり制服のまま来ている。


(さてさて今日から毎日待つが……あの感じからすると早めに再会できそうだけれど、月葉の事情が深そうだからなぁ……気長に毎日待つとしますかな)


 初回のノリと勢いは何処へやったと言わんばかりの優雅さで構えていた。

 月葉は来れるか微妙と言っていたが、必ず会いに来るという根拠の無い自信が何故かあった。その御蔭か、毎日待つ前提なのに気持ち的余裕が大きくある。


 パンを何個かとジュノベーゼパスタを頼んだ未希也は一番奥の席で黙々と食べる。暇潰しに携帯でニュースサイトをぼんやりと流し見していた時だった。


「店主、今日は炒飯お願いします」


 店の入り口で聞き覚えのあるはっきりとした活舌の元気な声が聴こえる。


「あ、未希也さん!」


 自分の名前を呼ばれた未希也は声の主を確認するために振り返る。思った通りの人物、月葉だ。

 しかし明るい声とは裏腹に足に包帯を巻きつけて電動車椅子に乗っているという、声を掛けるのに躊躇してしまう姿であった。

 月葉は店主と一言、二言会話し未希也が座っている席へと車椅子を丁寧な操作で向かってくる。


「こんな姿で申し訳ないです。三日ぶりですね!」


 どう話を切り出そうか迷っていると先に話し掛けられた。歯に衣着せぬ態度に釣られて声が出る。


「お、おう。どう突っ込んで良いのか迷って声が出なかったわ」


 三日前の元気な姿と打って変わって痛々しい姿に何とも言えない微妙な表情の儘、未希也は素直に今の気持ちを言ってしまった。


「あはは、別にそんなに気にしなくて良いですよ。いつものことですから」


 笑っているが気を使うことを許さないと言わんばかりに少し力んだ声で強調する。

 それでも戸惑いが垣間見える未希也は月葉に軽口を叩くことが出来なかった。


「と、とりあえず椅子を移動させるよ」

「ありがとうございます」


 そんな驚きも直ぐに飼い慣らして未希也は席を立ち上がった。椅子を一つ退かして車椅子のスペースを確保する。


 このまま話を続けて車椅子に乗っている状況を深掘りするべきか、それとも軽く話題に触れてから回避し話題を変えるべきか二の足を踏む。見兼ねた月葉は自ら事情を話し始めた。


「……今の状態はこの前の弊害なのでぶっちゃけ突っ込んでくれた方が僕的に助かります」

「そうか。ならお言葉に甘えて聞くけどこの前ってのは俺と出会った日のことか?」


 月葉からのお願いに気持ちを切り替えて話を続ける。


「はいそうです。ほら、三階から飛び降りたじゃないですか。あのときに両足の骨にヒビがはいっていたんですよ」

「よくもまあ、ヒビが入っているのにあんなに動けたな」


 安静にするのが性に合わなのか月葉は包帯で固定された足を軽くブラブラ動かしていた。


「その辺はほら話したじゃないですか。テンション上がってると色々と箍が外れるって」

「ああ、アレか」

「そうそう、アレです」


 まだ概要しか知らない未希也にとって月葉の体質は知的欲求を疼かせる未知なる存在だ。態度にもそれがあからさまに出ている。

 興味を持って聞いてくれている相手に月葉は承認欲求が満たされ、饒舌に続けて語りだした。


「ほんと、我ながら凄い体質をしていると思いますよ。未希也さんが帰ったあと急に痛み出してそのまま治療室へ直行して今に至るって感じなんですけど。軽度の骨折だという事で一ヶ月程度、大人しくするように車椅子生活になりました」


 話の区切りが良いところで月葉が頼んでいた炒飯が運ばれてきた。月葉の炒飯と入れ替わりに食べ終わった皿を片付けられるついでに未希也は追加でパンを数個頼んだ。


「おいおい、骨折って完治するのに二、三か月掛かるんじゃねぇの?」

「過去にも何回か骨折したことあるんですけど……僕って治癒力は常人のソレとは一線を画するようなんですよ」


 炒飯をモグモグ口に放り込みつつ、「ぶっちゃけ、一週間で完治する可能性も九割くらいあるんですけど」とさっらと聞き逃しそうなくらい自然に更なる情報を追加した。


「はぁ。ほんと、聞いているだけで面白いな。全部、鵜呑みにするわけじゃないけど自分の常識の範疇外の人って現実でいるんだな……」


 考えることを止めてが現実逃避しはじめていた未希也は遠い目をする。それを見た月葉は同情して苦笑した。


「あはは、分かりますよ。自分でも未だに信じられないようなことがこの身体で起きてますから。本当に人間なのか疑わしいですよ」


 やれやれと首を横に軽く振り、炒飯を更に頬張る。


「月葉のことばかり聞いてるのがなんか悪いな。なんか俺に聞きたいことあるなら答えられる範囲で何でも答えるぞ」

「そうですね……」


 注文したパンがテーブルに届いたと同時に未希也が申し訳ない気持ちで謝りながら提案した。月葉は腕を組んで「う~ん」と唸り考えている。


「あ、そうだ。未希也さんって学生なんですか? 制服を見る限り、この街の山の上にある私立しりつ山玖華さんくか学園がくえんの高等部っぽいですけど」

「よく知ってるな。そうだよ、俺が通ってるのは山玖華だよ。因みに二年だ」


 未希也が肯定の返答をすると仲間を見つけたかのようにぱぁっと喜びの表情を見せた。


「そうだったんですね! では未希也さんではなく未希也先輩ですね!」

「なんでそうなる?」

「実はこの春から山玖華学園の高等部に通っている新一年生なんですよ~」

「マジか」


 食べていた手を止めて目を丸くする未希也に「まだ一度も行ったことないんですけどね」と自重した苦笑いで返す。

 同じ学校に通う者として少なからず親近感が沸いた美希也は学校生活の話を中心に話題の風呂敷を広げて会話に花を咲かせる。二人の心の距離は知り合った他人から気軽に話せる友人へと一気に変化した。


「――月葉ってさアイドルとかVIRTUALに興味あるんだろ? ほら、この前雑誌持ってたし」

「好きですよ~。なんなら一時期、目指してましたし。それがどうかしましたか?」


 未希也が食べきれなかった手付ずのパンを貰って口に詰め込んで食べていた月葉はパンの端から零れて手に落ちたジャムをペロッと舐めてから言う。表情が若干、強張っていることを見逃さなかった未希也は今は敢えて無視を決め込んだ。出会って間もない人間の心にズカズカと踏み入る程、空気が読めない馬鹿ではない。


「……いやさ、面白いことを片っ端からやってた時に作った曲がアイドル系なんだよ。だからさ今度、持ってくるから聴いて評価してくれないか?」

「良いですねぇ、聴いてみたいです」


 これ以上踏み込んで欲しくないと言わんばかりに目が笑っていなかった。張り付いた笑顔まま月葉は何事もない様に振る舞う。


「りょーかい。今明日にでも持ってくるわ。そんでさ、この病院ってさ――」


 不穏さを感じ取った未希也は透かさず今の話題を切り、次の話題へ変えた。月葉は何事もなかったかのように変えられた話題へと食らいつき、恙なく時間が過ぎ去り、二人は次会う約束をして解散した。

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