第56話ナインとリル
訓練場の壁を破壊して数日後、やっと修理が終わって日課だった日向ぼっこに戻ってきた俺のところにリルが来た。
リル、赤髪赤目で髪を伸ばしていて小さい角が生えてる魔王様そっくりの女の子、今日は魔王様みたいな赤い体にフィットするドレスを着ていて、本当に魔王様が子供になったんじゃないかと思うほどだ。
俺のことを気にいっているみたいでよく一緒に勉強したり、魔王様との戦いで死にかけている俺を助けてくれた恩人だ。
「ナインここにいたんだ。お仕事は終わったの?」
てくてく歩いてきて俺の定位置である日向ぼっこスペースの隣に腰を下ろす。
「うん、やっと終わったから日課の日向ぼっこに戻ってきたよ」
訓練場の壁を破壊したことは俺と魔王様しか知らない、知らないわけではないが誰が壊したかは不明となっている。
他の人にバレると俺の扱いに疑問を持たれてしまうってことで魔王様からは口止めされている。
俺としても自分の立場をわざわざ悪くする必要も無いので、魔王様と敵対した罰として壁の修理などの雑用をしたってことになっている。
「あのね、ナインにお願いがあるんだけどいいかな?」
俺の方をくりくりした目で見つめながらお願いをしてくる、リルが俺にお願いなんて珍しいな。
「いいよ、俺にできることなら何でもするよ。」
「本当?あのね、明日、サラマンダーを狩りに行くの。ナインも一緒に行かない?」
サラマンダー。
簡単に言うとトカゲのデカい版だ、人族の間では下級の龍種として扱われているが、アース大陸では火山地帯にしか生息していなくて俺は実際に見たことはない。
デカいといってもドラゴン程ではなく、サラマンダーの大きさは大きくても五メートルほどらしい。
赤い皮膚に覆われていて、爬虫類特有の素早い動き、口から火を噴くって感じでランクでいうとCと言われている。
「サラマンダー?良いけど・・・何でリルが狩に行くの?」
「やった!サラマンダーがいっぱい増えているみたいで山を降りてきちゃう子がいるの、だから大きいのを狩って数を減らすんだよ。サラマンダーって美味しいんだから」
サラマンダーって美味いのか・・・。
「わかった、じゃあ明日行こうか。何か用意する物はある?」
「アイテムボックスがあれば大丈夫だよ、じゃあ明日起こしに行くね」
起こしに行く?どういう事?
俺が何かいう前にリルは行ってしまった・・・朝早くから行くのかな?
俺は地下牢に住んでいるので、その日はもうリルと会うことはなかった。
「ナイン起きて!行くよ。」
俺が目を覚ますと、俺の部屋(地下牢)にリルが来ていた。
リルは新品の赤い革鎧を着て剣を装備している・・・似合ってて可愛いな。
「その鎧似合ってるね。新品かな?」
俺が褒めると嬉しそうにクルッと一回転して俺に見せてくれた。
「へへぇ〜いいでしょ。前にナインが使ってるのを見て私も欲しかったから作ってもらったの。火耐性があるんだよ。」
サラマンダーだから火耐性の防具か、リルが使うぐらいだから俺のとは天と地ほどの性能差があるんだろうな。
俺のは初心者Aセットだし・・・てかあれももう魔王様との戦いでボロボロだから新調しないとな。
「よし、じゃあ行くか。でも俺武器も何もないけど、大丈夫かな?」
俺は自分の服装を見る、俺がきているのは薄緑色の上下の服・・・イメージ的にエルフが着ているような自然色の何も装飾がない平民服って感じだ。
全部没収されて腕輪と指輪しか付けていない・・・今更だが、戦力外なんじゃ。
「大丈夫。これ貸してあげるね。」
リルはアイテムボックスから一本の剣を取りだすと俺に渡してくれる。
渡されたのは一本の魔力剣だ、リルが予備で使っているものだな、それでもかなり強力なもののはずだ。
「ありがとう。じゃあ行こうか。」
俺とリルは手をつないで意気揚々と牢屋を出るが、俺しか牢屋にいないからって警備がいないのはおかしくない?
外に出ると辺りはまだ暗い、こんな時間から行くのかよ。
リルはずんずん歩いていくと門のそばに繋いである馬に乗る、俺も隣にいる馬に乗る・・・何か違和感があるがそれが何なのかわからない。
ゆっくり進ませてフルプレートの門番さんに門を開けてもらうと俺達は馬を走らせる。
まだ日が出ていなくちょっと寒いが景色が流れるように過ぎていくのは走っていて気持ちがいい。
だんだん明るくなって日が上ってくるとさらにスピードを上げる、しばらく走っていると前方にほとんど木の生えてない岩山のようなものが見えてくる。
「ナイン!あそこがサラマンダーが増えてる山だよ!」
「了解!」
馬を走らせているのでお互い声を大きくして話をする。
それから少しすると、岩山というか禿山といったほうが良いだろうか、山の麓にたどり着く。
そこにはすでに山を降りてきてしまったはぐれサラマンダーが一匹。
大きさは全長三メートル程度で高さは俺とリルの腰程度、一般的な大きさだ。
赤い鱗の隙間から縦長の瞳孔が獲物を見つけたとでも言うようにこちらを見ている。
俺達が馬を降りると、すぐさま襲いかかってきた。
「アイス・リンク」
リルが魔法を唱えると、複数の氷の柱がサラマンダーに突き刺さる。
一瞬でサラマンダーを氷の彫刻に変え絶命させる、これは氷属性の魔法だな。
でもこれやりすぎじゃないか?倒したのはいいけど、解凍しても食べられないと思うんだけど。
「リル、やりすぎじゃないか?カチコチだよこれ。」
「大丈夫だよ表面しか凍ってないもん。サラマンダーはね、熱いから冷まして食べるってエヴァが言ってたもん」
リルは凍らせたサラマンダーに近づいていくとアイテムボックスにポンと仕舞いこむ。
表面しか凍ってないのにサラマンダーは死ぬのだろうか?
それに冷まして食べるのは調理法なんじゃないかと思ったが、俺も知らないことなのでそういうもんなんだと思って納得する。
・・・エヴァさんで今更ながら気がついたんだが、何で俺とリル二人だけなんだ?そうだ、魔王城を出るときの違和感、リルのお付きの魔族がいない。
「リル、今さらながらだけど、何で二人なの?エヴァさんとか他の人は?」
俺は恐る恐る聞いてみる。
「エヴァ?来ないよ。誰も来ないよ~、だって内緒できちゃったんだもん」
リルが舌を出しながら気づかれちゃったか、とでも言うように可愛くニコッと笑う。
俺の全身から血の気が引く・・・これはまずいんじゃないか・・・もう日が昇っている、魔王城の中ではリルがいなくなった、そして俺もいなくなったと大騒ぎになっているんじゃ・・・。
魔王の娘の誘拐・・・牢に閉じ込められて拷問される俺の姿が浮かんでくる。
「大丈夫だよ、サラマンダーみんな好きだし。いっぱい持って帰ってみんなに食べてもらおうね」
そう言うとリルは放心状態になっている俺を引きづるようにして元気に禿山に登っていく。
放心状態が解けた俺はもう諦め半分でリルと一緒にサラマンダーを狩りまくった。
小さい個体は放置して、三メートル以上あると思われるサラマンダーだけリルが氷漬けにして俺がアイテムボックスに回収しながら山を登っていく。
アイテムボックスにサラマンダーが三十匹以上になった時にやっと頂上付近にたどり着いた。
ここまで来ると遠くまで景色を一望できる・・・とても良い眺めだ。
真っ青な空と温かい光が降り注ぎ昼寝をするのには最高の天気だ。
とそこに、今までよりもかなり大きな気配が接近してくる。
気配の方を見ると遠くの岩陰から今まで見たサラマンダーの中でも極端に大きい個体が姿を現す、これはサラマンダーのボス的なやつかな。
目測でしかないが大きいと言われている五メートルをゆうに超えている巨体、赤い肌は鱗のように刺々しく、ギロリと覗く目は獲物を見つけた狩人のようだ。
「リル!大物がきたぞ、たぶんこれが・・・」
俺が言い終わらないうちにリルとサラマンダーが動きだす。
接近してくるリルに対してサラマンダーは大きく息を吸うブレスの予備動作を見せる。
「アイス・リンク」
炎を吐き出す寸前でリルの魔法が発動しサラマンダーに氷の柱が突き刺さり氷の彫刻に変える、が、リルが今まで通り手加減したのだろう、パキパキと音が鳴り響きサラマンダーに張り付いていた氷がすぐに砕け散る。
ダメージは受けているようだが致命傷には程遠い。
「あれ?倒せない・・・ちょっと威力が弱かったのかな?」
リルは不思議そうにサラマンダーを見つめている、サラマンダーは氷漬けにされてリルが危険だと感じたのかそのまま炎のブレスを吐き出した。
炎というよりは何か混じっていてどろどろの溶岩を吐きだしているようなブレスをリルは避けずそのまま魔法を使う。
すっとリルの目が細まると一瞬でリルの雰囲気が変わる。
「リ・フィジェレイト・ブリザード」
呟くような、歌うようなリルの声が聞こえてくる。
その瞬間、リルから爆発的な魔力が膨れ上がり氷の渦が吐き出した溶岩ごとサラマンダーを包み込む。
サラマンダーを包み込んだ魔法は一直線に空の彼方に消えていく。
魔法がおさまった時には吐き出した溶岩ごと、いや魔法が触れた周囲の地形ごと氷の世界に包まれた台地がそこに広がっていた。
ちょっ!?この子はなんて魔法を使うんだ・・・このサラマンダー身体の芯まで凍ってたぶん生き物じゃなくなっているぞ。
俺が固まっているとリルはサラマンダーに近づいてコンコンと叩く、大した衝撃でもないのにサラマンダーは形を残さず崩れて風にさらわれそこには何も残らなかった・・・。
「やりすぎちゃった・・・何もなくなったら持って帰れない・・・」
悲しそうな顔で呟いているリルを見て俺もやっと正気に戻るとリルの頭を撫でて慰める。
「ちょっとやりすぎだけどものすごい魔法だったね、リルはしっかり勉強して頑張ってるんだね」
そういうとリルは嬉しそうにニコニコ笑顔になった。
「うん、そのうちナインと一緒にお出かけできるように頑張っているんだよ」
胸を張って自慢げにどんな勉強をしているか話してくれているが、すぐに元気を無くしてお腹を押さえる・・・。
「お腹減った・・・」
そう言えば朝ごはんも食べずに来たんだった、もう結構時間がたっているからお昼ぐらいだろう。
「リル、朝ご飯は食べてなかったけど、お昼ご飯はどうするの?」
俺が聞くと考えてなかったんだろうな、悲しそうな顔をして小さい声でつぶやく。
「持ってきてない・・・」
だろうな・・・だが俺もアイテムボックスは没収されているので俺が持っているのはリルの物だ。
索敵を使うと周辺のサラマンダーはほぼ壊滅させているからか小さい気配がいくつかある、これが食べられる魔物ならいいんだけど・・・。
「じゃあちょっと待ってて、何か探してくるよ。」
「お願いナイン・・・」
索敵で見つけた気配の元に移動すると、ホーンラビット的な一つ角の赤い兎がいる・・・だが大きさがパッと見一メートルぐらい、顔も中々凶悪に目がつり上がっていて口には牙もある。
兎なのか・・・?まあいいとりあえずこれを狩ってみよう。
俺はリルから借りた剣に魔力を通すと後ろから音もなく飛び出して斬りつける。
一瞬気がつかれるも俺の方が早く胴体を両断する。
胴体を両断したのでそのまま血抜きをして内臓を取りだし肉と皮だけの状態にする。
そのままアイテムボックスの中にしまうとリルの元へ急ぐ、お腹を減らしているだろうから早く行って焼いてあげないとな。
「ただいま、兎捕まえてきたよ、これを食べよう」
「どうやって食べるの?ナインは料理ができるの?」
お腹を抑えながら不安そうに聞いてくるリルに頷くと、リルに指示を出す。
「兎は俺が調理するから、リルは魔法で薄い石を作ってくれるかな?石を鉄板代わりにして焼いて食べよう」
俺は兎の肉をさばきながら鉄板代わりにちょうど良い石を綺麗にリルの魔法で切断してもらって、石で台を作りその上に石坂を置く、石板を下から炙るように魔法で火をつけるとそのまま俺は兎をさばくのに集中する。
その間リルは俺がやっていることを不思議そうに見ていた、リルは魔王様の子供だからな、自分で調理とかしないから珍しいんだろう。
石坂が熱くなったのを確認すると俺は薄く切った兎の肉を置いて行く、初めは石にくっついてしまったが何枚か焼いているうちに油が出たのかジュージューいい音をさせながら綺麗に焼けるようになってきた。
「ナイン、もう食べてもいい?」
よだれを垂らしそうな勢いでリルが聞いてくるが・・・まずは毒味として俺が食べたほうが良いだろう。
「鑑定」
ファイアラビットの肉・・・ファイアラビットから取れる肉
うん、特に毒とかはないみたいだけど、念のため。
俺はリルに待ったをかけると木の枝で作った箸で食べてみる、うん、普通においしい。
「リル、大丈夫みたいだ、食べていいよ」
そう言うと嬉しそうにリルはフウフウしながら次々に食べていく。
「何も味をつけてなくてもおいしいね、これは何ていう魔物なの?」
「これはファイアラビットっていうらしい、俺も初めてみたからよくわからないけどね」
俺たちはお腹いっぱいになるまでファイアラビットの肉を食べると、山の上で日向ぼっこをしてサラマンダー討伐を切り上げてニッコニコで魔王城に帰ったのだ。
魔王城で待っていたのは正座をさせられているフルプレートの門番さんと、こめかみに青筋を立てたエヴァさんだった・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます