第42話王都動乱11

 授業が終わると、俺、セリス、シルは使われていない体育館の一角を借りるとシルの訓練に入る。


 今日のところは授業でもやった魔力制御だ。


 セリスも念のため訓練できるように右手でセリス、左手でシルと手をつないで俺は微弱な魔力を流していく。


 魔力自体はシルもあるのだが他人の魔力の制御はかなり難易度が高い、そもそも普通は他人の魔力の制御などやらないしできるものじゃない。


 今回は俺が微弱な魔力をただただ垂れ流しているから何とか制御できるのだ。


 この訓練は難しい魔法の制御することに似ているので、できるようになると魔力操作が格段に上達する。


 シルはまだ武器に魔力を通せないということなので、課外授業まではこれを重点的にやっていくつもりだ。


 セリスもこれをやっていけばもしかしたら魔眼の制御ができるようになるかもしれない。


 シルが魔力を通せるようになれば、二人でもこの訓練ができるようになるので俺がいなくなった後も訓練ができるしな。


 セリスは一度やっているので難なく制御し始めたので出力を上げる、シルはかなり苦労しているのでまだそのまま。


 左右の手で魔力の強さを変えるというのは俺にとってもかなり神経を使う作業だ。


 それを一時間程度行い俺も含めてかなり疲れた、セリスとシルは座り込んでしまって苦しそうに息をしている、少し休んだ方が良いだろう。


「疲れた。中々魔力がまとまらない・・・」


 シルは悔しそうに呟いているが、だんだん通す魔力を俺が強くしていっているので実際はそこそこできているのだ。


「ちょっと魔力が強くなると全然制御できません・・・」


 セリスも授業の時とは違って出力を上げているのでかなり疲れたようだな。


「今日のところはここら辺できり上げよう。疲れ切ってしまっては帰るのも大変になるだろうし、俺も護衛に支障が出る。」


 俺たちは日が落ちる前に訓練を切り上げて学園を出る・・・学園では索敵を使っていたが俺たちを監視するような気配は全く感じられなかった。


 俺とセリスは馬車置き場に向かい、シルは徒歩で帰途につく。


 屋敷へ帰るとキアリスさんが出迎えてくれて、俺とセリスとキアリスさんで来週の課外授業の計画を話す。


 ただやっぱりか、キアリスさんは反対する。


「危険です、セリス様。森では何があるかわかりません。証拠も消しやすいですし、もしものことがあっては・・・」


「キアリス、それはわかっているのだけど、このまま何もしないでも状況は変わりません。今はまだナインがいるからいいでしょう。今回は一カ月耐えれば何とかなると思っていますし、できるでしょう。ただそれが永劫続くわけではありません。また同じ状況になった時は、今よりも直接的な方法で私を消しに来る可能性だってあるのです。ナインがいる今なら、それを変えることができるかもしれないのです」


 自分が生きられる可能性、それをセリスは求めている、俺はそれを否定できない。


 俺自身も立場は違えど同じようなものだったからだ。


 キアリスさんの説得はセリスに任せるとして俺はちょっと野暮用にでも行くか。


「屋敷に帰ってきたので俺は今からちょっと出かけてきます。いつ帰れるかわからないので夕飯はいりません」


「どこに行かれるのですか?護衛は私が引き継ぐので問題はないですが・・・」


 キアリスさんは不思議そうにお茶のお代わりを出しながら聞いてくる。


「どこと言われると困りますが、念のため周囲を見回ってこようかと思っています。」


 そういうと俺は用意されている自分の部屋に戻る。


 今着ているスーツを脱いで洗濯籠の中に入れると、前に着ていた初心者Aセットのインナーを着て、上からアイテムボックスに入っている普通の洋服を着る。


 屋敷に飾ってあった白く目の部分だけ空いている仮面を取りだす。


 これだけじゃ面白くないな。


 俺はその仮面の両頬部分にぐるぐると花丸を書き、そして額の部分に『肉』の文字を入れる。


 これで完成だ。


 仮面をつけて暗殺者の衣を纏い、日が傾いて夜になっていく貴族街に俺は足を踏み出した。


 俺が向かうのはグブリーズ子爵邸だ、この前黒フードが入って行ったと思われる屋敷だな。


 グブリーズ子爵邸に到着すると俺はすぐに索敵を発動させる。


 警備の兵は門に二人、敷地内には三人てところか・・・。


 まあこういうのは大体一番上の階に偉い人がいるっていうのがお約束だ、なのでグブリーズ子爵邸の三階を探索だな。


 敷地内の警備の隙を抜けるように外壁をよじ登ると下を確認して飛び降りる、こういうところにはトゲトゲがあって何も考えずに壁を飛び越えるとぶっ刺さるのかと思っていたが、ただの貴族の屋敷にはそんなものはない様だ。


 うん、気づかれてはいないようだ、侵入防止の結界などは張られていない。


 俺はすぐに移動して建物の影に隠れるとよじ登れそうな部分を探す。


 索敵で人がいない部屋を確認すると警備の隙を突いて、窓枠に足をかけてズンズンよじ登って行く。


 三階にたどり着いたので適当な窓を開けようとするが鍵がかかって開かない、まあそうなるだろうな。


 どうしよう・・・ピッキングなんてできるような作りじゃないしできない、前みたいに隙間から雷鳴の剣を突っ込んで開けようかと思ったが魔力を通すと剣が発光するので警備に見つかるかもしれない。


 窓から入るのを諦めるてとりあえず屋上まで上がってみる、屋上は平べったくなっていて柵はないが出入り口があった。


 ちょうどいいからここから侵入しよう。


 扉の向こう側に人がいない事を索敵で確認すると、雷鳴の剣を取り出し扉の隙間に強引に捻じ込んで鍵をぶっ壊す。


 ゴトン


 扉の向こうでちょっと音がしたがそれで誰かが動きだす気配はない。


 扉が音を立てないようにゆっくり開くと俺はそこに滑り込む。


 扉には閂がかけられていたみたいで閂の残骸が床に落ちていた、音がしたのはこれね。


 残った部分を強引に取りつけて扉を施錠する。


 中は暗くてよく見えないが物置か何かなのだろう、注意しながら変なものに躓かないように歩いていく。


 夜と言ってもまだ暗くなったばかりなので人はみんな起きていてこれから夕食なのだろう。


 気配がせわしなく動いている。


 気配が一つのところに集中するのを見計らって、俺は素早く物置から出ると索敵で誰にも見つからないように警戒しながら気配が集まっている場所を目指す。


 暗殺者の衣で気配を殺しているといっても直接目視されるとバレるからな、俺は廊下を人がいない部屋に隠れてメイドなどをやり過ごしつつそこに向かった。


 厨房の近くから天井に上り、夕食を食べている貴族のところに侵入する。


 そこには二人いた、一人は大柄で金髪の貴族、たぶんこれがここの主人、ザンギエフ・グブリーズ子爵。


 もう一人がその次男、金髪のニヤけ顔、ジャドナ・グブリーズ。


 そうジャドナ・グブリーズこそ昼間のDランク冒険者バウズの雇い主の貴族だ。


「バウズは解雇したが、他にいい護衛候補はいるのか?」


「いえ、無理でしょう。Dランク冒険者を手玉に取るようなEランクをどうにかできるような者は王都にはほとんどいないでしょう。いたとしても護衛を引き受けることはないと思います」


 これは昼間の話か、バウズ先輩は結局クビか・・・まあそうだろうな、自分から喧嘩吹っかけてボコボコにされたんだもんな信用なんてなくなるか。


「それにしてもEランク冒険者のナインか・・・ここにきて厄介なのが出てきたな。」


「父上はナインを知っているのですか?」


「直接の面識はないが、貴族粛清騒動の発端、グライアン・コンスタン伯爵の娘の護衛をしていた子供がそんな名前だったはずだ。年も十歳、見た目も一致している。他国での有名な暗殺ギルドの一人を撃退したとか」


 俺の情報が出回っているようだな、確かにロゼットの誘拐騒動は貴族にとっては他人ごとじゃないから有名になっても仕方ないか。


 だが、厄介とは・・・やはりグブリーズ子爵家がセリスの暗殺に関わっているのか?


 そうなるとあの黒フードが出てくるはずだ、こっちも厄介だな。


「なら早めにセリスを強引にでも始末するべきではありませんか?」


「口を閉じろ!滅多な事を言うな!・・・誰に聞かれているかもわからんのだぞ」


「す、すみません、父上」


 それ以降は大した会話もなく食事が進んでいく。


 やはりコイツらか、この感じだと今までの様な温い事故死なんて狙わない感じだな。


 学園内の不審な落下物や魔法は息子のジャドナの手筈で協力者が他に学園内にいるのか、それとも外部の人間を学園に入れているのか。


 食事が終わるとジャドナはすぐに退席し、しばらくしてザンギエフが退出したのを追ってヤツの執務室に潜り込む。


 ザンギエフは椅子に座って何かを考えた後、手紙を書き始めた。


 遠くて内容はわからない。


 手紙を書き終えると封をして鈴を鳴らす仕草をするが音が鳴らないな・・・これは特定の人物を呼び出すための魔道具か?


 少しするとヤツが入ってきた、黒フードだ。


 やはり黒フードはグブリーズ子爵の子がいの密偵か暗殺者ってところだろう。


「これを侯爵様のところへ」


 グブリーズ子爵は手紙を黒フードに差し出すと黒フードは無言で受け取り執務室を出ていく。


 おいおい侯爵だと?まだ上がいたのか、話の流れ的にセリスに関する事だと思うが、どうするかな。


 俺が悩んでいるうちに黒フードの気配は離れていく。


 これは追いかけて手紙を奪ったほうがいいのではないだろうか・・・多少動きを遅らせることができるかもしれないし、何より手紙が届いてないとわかれば誰かが動いていると警戒してくれる。


 黒フードの気配を逃さないようにしながら、何とか執務室を脱出すると急いで黒フードを追跡する。


 暗くて見えないがギリギリ索敵範囲内だ、俺は足止めも兼ねてストーン・バレットを放つ。


 後ろから迫ってくるストーン・バレットに気がついた黒フードは足を止めて身を隠す。


 よし、今のうちに!


 足を止めた黒フードとの距離が詰まる、追いついた。


 ちょうど良く広場になっている公園といったところか。


 黒フードの隠れている木の陰を見ながら俺は問いかける。


「こんばんは、黒フードさん、この前ぶりですね。そこにいると危ないので出てきてもらえませんか?」


 声に一瞬反応はするが中々出てこない。


 俺は剣を抜き放ちゆっくりと隠れている木の陰に地下づいていく。


 スッと音もなく黒フードが木の影から飛び出してくると俺に斬りかかる、黒く塗られた片手剣か。


 ギンッ!


 剣が黒く光を反射しないので見にくくて受け流しづらいな。


 黒フードはすぐさま離れると何かを投げつけてくる、これも黒く塗られたナイフか!?


 それを弾き飛ばしながら魔法を使う。


「ストーン・バレット」


 三つの礫が黒フードを襲うが簡単に避けられる、と同時に俺は避けた黒フードとの距離を一瞬で詰めて、殺さないように刃を寝かせて思いっきり横殴りで斬りつける。


 これも剣で受けられて黒フードは軽くノックバックするが、そこにさらにストーン・バレットを放つ。


 黒フードは何とか避けようとするが、礫の一つが太ももに掠り鮮血が舞う。


 体勢を崩した黒フードに上段から斬りつけ、左腕に掠る、そこから二度、三度斬りつけて両手、両足の自由を奪う。


 立っていられなくなった黒フードはがくりと膝をつくと、そのまま動かない。


 観念したのかな?ちなみに両手を斬り飛ばさなかったのは、もし、もしも黒フードの持っている手紙が全くセリスに関係なかったら、ちょっと俺が困ってしまうからだ。

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