第582話 老獪を討つ
ソラを追う為に先行したシドは、地下通路の先のT字路に辿り着いたところで立ち止まっていた。
「さて……どうしたものかな」
左右に続く道の先を見ながら、シドはどちらに進むかを考える。
普通に考えればどちらかが正解の道で、もう片方は行き止まりに続いていると思われるが、できれば無駄な時間を過ごしたくはなかった。
「適当に進んでもいいが……」
有効な手立があるのに、それを使わないという手はないだろう。
自分も常人より優れた鼻を持っている自覚はあるが、それでも巨大な狼であるロキの足元に及ばないのは重々承知している。
「そもそもあたしじゃ、ソラの匂いまではわからないからな……」
コーイチの匂いならすぐにでもわかるんだけどな……なんて思いながら大きく欠伸をしたシドは、ガリガリと頭を掻きながらここにはいない巨大狼の到着を待つことにする。
そうして暫くして、
「……わん」
「終わったか」
万が一を想定して、ラドロが援護できる位置に待機していたロキがやって来る。
シドはやって来たロキを労うように頭を撫でながら、自分がやって来た通路の先を見る。
「あいつ……勝ったんだよな?」
「わん!」
「そうか、戦いの素人にしては中々根性を見せたじゃないか」
「わんわん」
「何だよ。あたしがあいつのことを気にかけるのがそんなにおかしいのか?」
言葉はわからなくとも、浩一やミーファとの会話で何となくロキの言っていることを察したシドは、黒い狼の頭を撫でながら薄く笑う。
「あいつのことはどうでもいいが、あいつが死んだら残されたあいつの姉が悲しむからな……それだけだよ」
「わん」
「本当だぜ? あたしにとっての一番は、あの日からずっとコーイチだからな…………」
そう言って恥ずかしくなったのか、
「――って、馬鹿! 何を言わせるんだよ!」
シドは照れを隠すようにロキの頭をもみくちゃにするように撫で回す。
「わ、わふぅ……」
シドにされるがままのロキは「やぶへびだった」と後悔するが、顔を赤くさせたシドは尚ももふもふの毛皮をもみくちゃにし続ける。
このままシドが落ち着くまで、されるがままにするしかないと思われたが、
「おや、今度は随分と変わったお客さんの登場ですな」
「「――っ!?」」
突如として響いた声に、シドとロキはすぐさま反応して警戒態勢へと移行する。
「……何だ。ジジィじゃねぇか」
暗闇の奥で杖を突いて佇む狼人を見て、シドは呆れたように嘆息する。
「おい、どうしてこんな時間にここにいるのか知らないが、枯れたジジィはもう寝る時間だぞ?」
「おやおや、これは口の悪いお嬢さんだ」
シドの罵詈雑言にも、老人は柔和な表情を崩すことなく歌うように楽しげに話す。
「だが、私が老人であると知った途端、そうやって気を抜くのは感心しませんな」
そう言った老人は、杖を振り上げて強く地面に叩き付ける。
老人が杖で地面をたたくコン、という軽やかな音が響くと同時に、シドたちの背後から音もなく現れた二匹のドーベルマンが襲いかかる。
「……フッ」
完全に虚を突いた攻撃に、老人は勝ちを確信して薄く笑う。
だが、
「ハッ、見え見えだぜ」
シドはくるりと回転しながら足を振り上げ、眼前まで迫っていたドーベルマンの首を容赦なく蹴り飛ばし、
「わん!」
ロキはドーベルマンの攻撃を紙一重で回避して、逆にドーベルマンの首筋に噛み付く。
次の瞬間、一匹目のドーベルマンは「ギャン!」という悲鳴を上げながら壁に叩き付けられ、ロキに噛み付かれたもう一匹のドーベルマンの首からゴキッ、という骨が折れる音がしてぐったりと動かなくなる。
「ク、クゥ~ン…………」
シドに蹴り飛ばされた一匹目のドーベルマンは、死ぬには至らずよろよろと立ち上がるが、
「どうした。まだやるか?」
「――っ、キャンキャン!」
シドの目を見た途端、恐怖に臆して悲鳴を上げながら尻尾を巻いて一目散に逃げて行った。
逃げ出したドーベルマンの姿が完全に見えなくなるのを確認したシドは、ゆっくりと振り返って老人へと向き直る。
「それで、誰が気を抜いているって?」
「クッ……」
シドに睨まれた老人は、そこではじめて動揺をみせるように後退りする。
「ど、どうやらあなたたちはそれなりの戦闘能力がおわりのようですな」
「そういうことだ。わかったらとっとと地下から出る道を教えな」
「わかりました」
自分の力では敵わないと踏んだ老人は、がっくりと項垂れたかと思うと、
「この私を倒せたら教えて差し上げますよ」
そう捨て台詞を吐くと、背中を向けて一目散に逃げ出す。
「………………えっ?」
老人のまさかの行動に、シドは呆気にとられたように立ち尽くすが、
「……ハッ!? しまった。ロキ、奴を追うぞ」
「わん!」
シドの声に、同じように呆気に取られていたロキは頷くと、杖を突いていたとは思えないほど軽快な足取りで駆ける老人の後を追って走り出した。
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